わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第四十九章
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もう一人のヘレナは、かなりの時間、大人しく待たされていたので、さすがにもう嫌になって来ていたのだ。
「あまりにも、あまりにですわねえ。立場上やむおえないとも思いますが、火星で長年『女王』を張ってきたのは、ほかならぬ「わ た く し」なのじゃからのう、そこは考えてもらわなければ。とはいえ、あちらのヘレナ様はわたくしの母体であり、一瞬にして吸収されてしまうのですから、圧倒的に分が悪い。命を握られている気分は、やはり良いものではございませんわ。気が付かないでいたうちが、花ですわね。ここは、分身をつくって、脱走と行きましょうか・・・・あららら。出来ないわ。まあまあ、しっかり能力制限してくれてますか。やれやれ・・・なぜかこの部屋は厳重に仕切られていて、外が見えませんし、脱出も無理と見た。しかたがないか、この『テレビ』とかでも見ましょうか。」
もう一人のヘレナは、大きな『液晶テレビ』を稼働させたのである。
「まあ、地球の文明はまだこの程度ですか・・・」
リモコンでいろいろとチャンネルをいじっていたところ、たまたま、あの『松之山温泉』での怪しいチャンバラ風景を、観光客が撮影した映像が流されていた。
リポーターと、解説者らしき人物が会話を交わしている。
「いずれ、これはミュータントと見て、間違いないでしょうか。」
「まあ、そうですな。他に解釈のしようがないが、首が飛んでも復活するなんていうのは、まるでアニメのようですね。しかし、これは実写ですから。信じがたいですが、そうとしか考えられない。」
「む、これはあのブリューリに間違いが無い。この無機的で無感動な目。間違えるはずもない、なんと、この世界で復活していたおったのか。おのれブリューリ、再び我が前に現れるなど言語道断じゃ。ただちに成敗いたさねば。・・・・といって、この檻の中では手が出せぬ。おーい、ヘレナ様。何をしておられるのか!」
ブリューリらしき男の首が飛ぶところは、画面上では巧みに細工されていたが、それでも何が起こったののかは一目瞭然である。
「おのれ、おのれ、こうしてはいられぬのじゃ。あいつの弱点ならば、わたくしが一番よう知っておるというのに。ヘレナ様はなぜ声をかけてくださらぬのか。」
「ふうん。お姉さん強いんだ。」
小さな声がした。
みれば、目に前にちょっと小太りな、背の低い、不思議な女の子が立っているではないか。
「あらら、あなたどなた?」
もう一人のヘレナが、不思議そうに尋ねた。
「あたし、雪子。」
「ユ・キ・コとな。そなた、地球人か?」
「まあね。」
「『まあね』とは、いかなる範疇の言葉かな・・・・・それはつまり同意したのか、否定したのか、どっちなのですか?」
「一応同意。」
「『イチオウ』というのは、これまた何であろうか?」
「おねえさん、火星の女王さまでしょう?」
「おお、なぜ、そなたそれが解るのですか?」
「ふふふふ・・・・・ねえ、おねえさん?」
「なんじゃ?」
「おねえさん、また地球で一番偉い人になりたくない?」
「それもまた、意味がよくわからぬ表現じゃな。つまり、地球の女王にならなぬか?という意味の誘いなのか?」
「まあ、そう。簡単に言えばね。」
「ふうん。しかし、それは無理じゃ。ヘレナ様がいらっしゃる限りは、歯が立たぬ。」
「ふうん・・・でも、ヘレちゃんが認めたら?」
「ヘレちゃん?へレナさまは、ここでは『へれちゃん』と呼ばれているのか?」
「まあ、あたしはね。でも、本人は知らないよ。もっとも雪子のことは知ってるけども。」
「さっぱりわからぬなあ。だいたい、そなた、何処から、ここに侵入したのじゃ?」
「どこでも、入れるよ。あたしの妨げになるものなどは、どこにもないもの。あらゆる物質も、あたしの邪魔にはならない。すべての空間も時間も意味はない。」
「そなた、何者なのじゃ?」
「ヘレちゃんの妹だよ。」
「イモウト・・・ああ、少しわかってきた。この地球に於ける、肉体的な、妹なのじゃな。」
「あたり。さすが女王様。」
「でも、それでは、先ほどの言葉と矛盾する。人間がまったく物質に妨げられずに動けるということはない。避けるか、穴をぶち抜くか、ドアを付けるか・・・」
「まあね。でも、そのあたりは置いといて、また本当の女王様に、なりたくない?」
「むむむ、そなた、悪魔、魔女・・・そういう類のものじゃな。確か、アンドロメダ銀河で聞いたことがある。そのような完全な『負』の存在がいると。わたくしとは、まったく別の起源があるらしいと。」
「それは、おとぎ話よ。あ、ヘレちゃんが来た。考えといてね。この話、内緒よ。ヘレちゃんに言ったら、もう二度と来ないからね。あ、そのまえに、あなたを、消しちゃうかも。じゃね。」
「消えてしもうた・・・・ううん。これはなんであろうか。」
「おまたせー!ヘレナさんごめんなさい。待たせてしまいました。ちょっと面倒があってね。お久しぶりですね。元気そうでなにより。あら。どうかしたの?」
もう一人のヘレナの様子さぐりながら、ヘレナ(弘子)が尋ねた。
「いえ、ああ、なんだかテレビに見入っておりました。ヘレナ様、ご機嫌よろしゅう。お懐かしゅうございます。母上さま。」
「うん。いやあ、そう言われると、ちょっと弘子の心がずきずきしておりますわ。あなた、怨んでるでしょ?」
「いえ、この体は、プロキシマケンタウリで作ってもらった、疑似人体ですから、心を持ちませぬ。ゆえに恨みは生じませぬ。」
「あ、そう・・・。まあ、あそこの技術には謎も多いけど・・・ウナさんのも昔、頼んだことがあったなあ。」
「それよりも、ヘレナ様、ブリューリが出ております。これは、いかなことか?」
「ああ、もう見たか。うん。そうなんだなあ。まあ、今のところ、『泳がせてる』状態ですけどね。ダレルちゃんが絡んでるみたいで、『抗ブリューリ剤』の対抗薬なんかを作ったみたいなんだ。でも、ダレルちゃんは身柄を確保した。これから尋問するんだ。あなた、ルイーザと一緒に来ない?」
「ルイーザさまと申しますは、どなた?」
「この世の妹よ。双子のね。」
「何とほかにも、まだ・・・」
「は?何よ。それ。」
「いやいや、お気になさらずに。わたくしも会いとうございます、ダレルちゃんには。」
「でしょうね。わかった、まあ積もる話は後にして、先に行きましょう。あなたに害が及ばないよう、監禁したみたいになっていたげど、ごめんなさいね。」
「あ、いえいえ、もう、そうであろうと思うておりましたゆえ。」
「そう。」
ヘレナ(弘子)は、かなり疑りぶかそうに分身のヘレナを見渡した。
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「やましんさまあ、お池が凍ってしまいました。幸子、まだ帰っちゃだめですか?」
「幸子さんのお家は、そっちでしょう?」
「やましんさまが、孤独ってると女王様からお伺いしましたよ。」
「う・・・いやまあ、ははは、なんのなんの(確かに生きてていいのかって疑問あり・・・)・・・いいですよ。もう来てもらっても。」
「やた。これじゃあ、お客さん来ないですよ。まるで北極か南極みたいだもの。」
「幸子さんの、炎で溶かしては?」
「それが、直ぐ凍っちゃうんです。こういう事は、久しぶりです。むかし、すっごく寒かったり暖かかったりした変な時期があったんだけど。」
「それって、火山の大噴火のあとくらいじゃなかった?天明の時期じゃなかった?」
「女王さまが、そのような事、おっしゃっていましたねえ。大飢饉が起こってるって。遠い外国で大噴火があったとかも。このあたりでも噴火があったし。」
「でもお池の底はあったかいんでしょう?」
「うん。ここは、まあそれなりにいい。ちょっと前にエアコンが壊れちゃって、困ったことがあったけど
も。でも、そっちの方が楽しいしなあ。」
「なんか、訓練するとか?」
「そうそう、そてはもうちょっと。だから二月になったら、すぐ行きま~す。じゃあね。」
「むむ、この静寂が破れる時がついに来たか。」
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