表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/230

わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第四十七章 


 中村教授は大学を出た後、楽器店に寄って輸入楽譜を漁っていた。

 さしあたって目当てのものはなかったのだが、これは半分は気休めでもあった。


 明日、シブヤに新しい「研修所」とかいうものができることは、妻から散々聞かされていたし、大学内でも文書が回っていたから、知らないわけでは済まされなかったのだ。

 大学の職員の間でも、「不感応者」は誰なのか、という噂が様々に飛び交っていた。

 中村先生は、非常に慎重にこの話題は避けていた。

 なにしろ教え子が総督閣下であり、本物の王女様であるがゆえに、マスコミ関係からの取材依頼もかなりあった。

 上手い具合に、非常に忙しくてスケジュールが組めない状況だったことも確かだったので、取材は一切断ってきていた。それに、もともと中村教授は、マスコミ嫌いで知られていたから、まあいつもの事でもあった。

 しかし、今日、学長に呼ばれて、まともに質問されたのにはまいった。


「ああ、中村先生は「不感応者」それとも、普通の「感応者」かね?」

「はあ、学長、それが何か問題ですか?」

「いやいや、今のところは、まだ特に。しかし、理事長から(つまり、これもまた明子なのだが)今後に備えてほしいという話が昨日あってね。「不感応者」は、自主的に「研修所」に名乗り出て、『自主研修』を受けることが、『努力義務』になるだろうと。また一定期間後には、『努力義務』じゃあなくて、『義務』になるだろうと、ね。本学は、ご承知のように、タルレジャ王国が設立母体で、多くの資金が提供されているわけです。だから、他大学に比べても、非常に恵まれた経営環境にあります。しかし、それだけに、理事長の妹さんである皇帝陛下のご意志というものは、まことに大切な訳です。まして、総督閣下はあなたの生徒さんでもあり、第一王女様は、やがてオーナーになる方です。おわかり?」

「まあ、それはもう、嫌というほど聞かされてますよ。妻からもね。」

「ああ、そうそう、あなたは、安司さんのご親戚筋になりますわけですなあ。」

 世界的な音楽学者として著名な学長は、いんぎん丁寧なことでも知られている。

「まあ、だから、そこんところをよく斟酌していただいて、行動していただきたい。という訳ですな。まあ、今それ以上は突っ込むことはいたしませんので。はははは!まあ、あなたは世界的な『教育者』ですから。失礼な事を言っては、あとから大変ですから。ははははははは。」



『くそ、「世界的な教育者」か!』

 中村教授は、それこそ十代の半ばには、もう世界的な名ピアニストだった。

 大学に行き、ヨーロッパに留学し、国内のコンクールは総なめにしてしまい、ついには『マータ・クルベ国際音楽コンクール』で優勝した。世界最高のコンクールだ。大手レコード会社とも契約が成立し、演奏会の契約は数年先まで溢れていた。

 そこに持ってきて、突然の筋肉の病気・・・

 まあ、悪くすれば動けなくなることも心配されたが、なぜか症状は比較的軽いうちに、今は固定化している。

 そこに、弟子が関与しているとは、これまで考えてはいなかったが、昨今の状況を見ると、あの天才少女二人は、やはりただ者ではなさそうだ。つまり、宇宙人か、魔女か、怪物か・・・。

 

 いずれにせよ、彼は「教育者」として、身を立てなければならなくなったのである。


 まあ、大体において、自分は「不感応者であるぞ!」などと公表して歩く人は、確かに皇帝陛下が誕生した直後には、反発を感じた有名人・著名人の中でも、いくつかはあったのだが、その後時間がたつにつれて、多くの人たちは口をつぐむ様になってきていたし、まして新しく名乗りを上げる有名人は、すでに一部の覚悟を固めた人以外には、ほとんど見当たらなくなっている。

 まあ、潜伏状態というところである。


 中村先生の奥さんは、現役の大ソプラノ歌手である。

 国内にいることは、これまでほとんどないくらいだったが、最近は海外の仕事はもう減らして、国内での演奏会や教育に重点を置きたいと言っている。

 ひとり娘は、今年、なぜだか、プロのオーボエ奏者として海外の準有名オケに就職した。

 まあ、やれやれというところでもあった。


 先生は、あれこれと、知らないものなんか、もうないくらいに良く知っている様々な楽譜を、表向きぱらぱらとめくりながら、考え事にひたすら陥っていた。


 そこで、携帯に電話が入ったのだ。

「先生、弘子です。あ、ちょっとそこから動かないでくださいね!」

「は?」

 周囲には誰もいなかった。監視カメラがぼつぼつと画面移動している瞬間に、彼は消えた。


 **********   **********


 『パレス』の例の大食堂である。

 中村教授は、双子の弟子と対面していた。


「ふうん。何がどうなってるのかな?そこから説明してほしいな。ここは、どこ?」

 美味しそうなケーキとお茶が出ているが、教授はまだ手を付けてはいない。

「まあ、先生お茶をどうぞ。」

「話が先だよ。」

 中村は譲らない。

「はい。そうですか。あのですね、先生、これは瞬間空間移動です。ここは、タルレジャ王国の北島のまだ向こう側にある小さな島です。」

「そんな技術、地球にあったのか?」

「ああ、そうですね。先生。あったのかと言われれば、ありました。今のが証拠です。ただし、これは我が王国のみが所有する技術です。南北アメリカ国なども研究はしておりますが、ここまでは来ておりません。失敗続きですからね。」

「誰が発明したの?」

「ああ・・・わたくしですわ。」

 少しだけ頭を下げながら、弘子が答えた。

「ふうん・・・」

 中村教授は、お茶を一口飲み込んだ。

「ああ、で、何の用だったのかな?」

 双子は顔を見合わせた。

 それから、道子が説明し始めたのである。

「実は、つい先ほど、一時間ほど前ですが、皇帝陛下からわたくしにご命令が下りました。」

「ほう・・・」

「つまり、先生を、明日行われる、シブヤの「研修センター」の開所式にご案内し、最初の研修生としてのご経験をなさっていただきましたうえで、そのご感想を公表していただくように、・・・というご命令でございました。」

「ふうん・・・で、ぼくを逃げられないように拘束した、という訳、なのかな?」

「まあ、そうでございますわ。」

「ふうん。君たち、すっかりあの『火星人』とか言う連中の仲間になってるんだね。」

 双子の弟子は、また顔を見合わせた。

「道子は、皇帝陛下に反対申しあげたのです。」

 弘子が答えた。

「ほう・・・で?」

「しかし、陛下はその反対意見を却下なさいました。」

「ふうん、で?」

「そうなると、さすがの総督閣下も、皇帝陛下には従わざるを得なくなります。」

「ふうん。ぼくは、君たちの妹さんには、会ったことがあったかなあ?」

「はい。一度あります。二年前にあの子が日本に公式訪問した時です。」

「あああ、そうそう。紹介されたよね。」

「はい。」

「彼女は、その時とは変わっているの?」

「それは、つまり?」

「火星人に改造されたとか、ね。」

「もう先生、SF映画見たいですわ、ほほほほ。」

 弘子が笑った。

「ほほほ・・・でも、まあ、大体。そんなところですわね。」

「ふうん・・・で、君たちも、かな?」

「ああ、わたくしたちは、特に火星人にいじくられたりはしておりませんわ。」

「じゃあ、君たちは、もとから火星人の仲間・・・かな?」

「ううん・・・そこは非常に難しいのです。」

「難しい?」

「そうなのです。先生。一言では解決できません。でも、いま、わたくしとしては、先生に信じていただきたいの。わたくしたちのこと。」

「ふうん・・・・いま、この時になってかい?」

「そうですわ。先生。」

「で、ぼくにあす、その研修所に行き、火星人の言いなりになる様に、されるようにと、指示する訳?」

「まあ、そうです。ただし・・・」

 弘子は右手の人差し指を立てながら言った。

「いくつかの対策がございますの。先生。」

「対策?」

「そうです。これから申し上げますから、選択してください。」

「全部、嫌だよ。」

「まあ、先生ったら。まだ何も言ってませんわ。」

「ぼくは、自分で対策を立てたいんだ。君たちに作ってもらう必要などないんだよ。」

「でも、さっき悩んでおられたでしょう?」

「そりゃあ、まあ、ね。でも、もうすぐ考え付くところだったんだ。」

「ホント、に?」

「そうさ、ホントに、ね。」

「ふうん・・・でも、先生、わたくしの対策も、聞いてみたって、いいでしょう?タダですわ。」

「ふうん。タダ、ね。」

「そう。タダですの。ケーキいかがですか、先生、お好きでしょう?」

「うん、ありがとう。」

 中村教授は、小さなフォークを取り上げた。


 ************   ************























































 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ