わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第四十五章
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皇帝ヘネシーは、第一タルレジャタワーのてっぺんに、さっそく総督を呼び出していた。
「ご苦労であった。総督。」
妹の前にひざまずいて、最高の礼を行いながら、ルイーザは答えた。
「いいえ、お待たせいたしました。」
「いや、よい。どうじゃ、ブレスレットが外された気分は?」
「おそれいります。あれは、二度と嫌でございます。」
「はっきり申すな、そなたでなければ許されまいに。」
「お姉さまならば、いかがですか?」
「いやみを申すな。まあ、あれは、半分冗談であったのじゃやからな。」
「ああ、そうですか。冗談でございますか。」
大きな口をあけて、ルイーザはあきれたように答えた。
皇帝は、それにはまったく反応なしに、こう、言った。
「そうじゃ。さて、それはともかくも、そなたに、また頼みがあるのじゃが。」
「何でございましょうか?陛下。」
ヘネシーは、玉座から降りて、姉の前に膝を折って座った。
「実はな、間もなく東京のシブヤに、最新の『研修所』ができるであろうが?」
「はい、仰せの通りでございます。」
「そなたは、そのオープンには行かんのかな?」
「その予定は、ございませんが。」
「ふむ。ならば、姉上に行ってもらおうではないか。」
「は? ヘレナ様は、民間人ですが。一応、あそこでは、ですが。」
「そこじゃ。あの施設は、あくまで市民のための施設じゃ。違うかな?」
「いえ、合っていますよ。」
「ならば、王国の王女であると共に、かの国の市民でもある姉上が、そのオープンに立ち会うのは、実にふさわしい事とは思わぬか?」
「まあ、そう言う事も、あるかもしれませぬが・・・」
「そうなのじゃ。じゃから、そのように取り計らうのじゃ。よいかな?」
「ご命令ならば、是非もありませんが。」
「うむ。よい。で、ついでに、あの男・・・ほら・・姉上お二人のピアノの、先生がおったであろうが・・・」
「中村先生ですか?」
「そうじゃ。そやつじゃ。これも、ともに参加させよ。」
「はあ?」
「何じゃ、その気のない返事は?」
「いえ、あの、それは、どのような意図なのかが、わかりませんが。」
「ああ、そこか。いや、その教師は、不感応であろうが?」
「まあ、良くそのような細かい事をご存知ですこと。」
「ふふふ。いろいろと情報は来ておるんじゃ。そこで、そやつに、そこで最初の研修を受けさせよ。そうして、その感想を世間に公表するがよいぞ。」
「まあ・・・それはまた、ご名案ですこと。」
『これは、ちょっと困ったことになったぞ。』
ルイーザは内心、そう考えていた。
しかしながら皇帝の指示であれば、意見は言えても、最終的には断わる権限はない。
ヘネシーは、当然そこはわかっているので、少し、少女らしく、いたずらっぽくほほ笑みながら、追加して言った。
「非常に良い、宣伝効果があるであろうが?」
「まあ、そうですが、しかし問題もあります。」
「ほう? どのような?」
「先生のご機嫌を損ねる可能性がございます。それは、わたくしども二人にとってもですが、帝国にとっても、やや問題になるかもしれません。先生を敵に回す可能性が出てまいります。つまり、先生はあれで、かなりな力をお持ちです。」
「音楽家、がか?」
「陛下は、音楽家を少し見下しておられるようですが・・・先生は有名人です。社会的な影響力は小さくありません。何かあれば、ですが。つまり、見えない反対勢力に、利用される可能性があります。」
「ふうん・・・・」
ヘネシー皇帝は、少しだけ考えていた。
「いやいや、それはそなたたちがきちんと管理すればよい。研修所の効果を示したいのじゃ。わかるかな?」
『あったりまえですよ。まったく、この子は、偉そうに。』
とは思うものの、決められたらそこまでになる。
「いまは、非常に注意が必要な時期じゃと、姉上も申されています。あまり無理はない方が、良いのではと、思いますが。」
「ふうん・・・そなたは、反対かな?」
「はい。」
「そうか・・・わかった。しかし、ここは、ひとつやってみようではないか。日本語でも『モノハタ、メシ』とも、申すであろうが。」
『試されるのは、わたくしたちですわね。』
それは、明白だった。
しかし、まあ、そう言われれば、これ以上反対は出来まい。
「『ものはためし』、ですね。わかりました。陛下、そのように段取りいたしましょう。」
「さすが総督じゃ。頼むぞ。」
皇帝は立ち上がった。
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そこで、総督ルイーザは、第二タルレジャタワーの最上階の自室から、電話で姉に連絡をとった。
『いやですわ。わたくし、無役ですもの。』
自宅の部屋の中でひっくり返りながら、ヘレナは、当然あっさりと断った。
「いいえ、ダメですわ。お姉さまはアブラシオの中で、わたくしどもに忠誠を誓われましたでしょう?」
『おおお・・・そうきたか。ふうん。そこを言われると、キュウとも言えないわね。』
「でしょう?」
『まあ、どうせこれも、ダレルちゃんの入れ知恵でしょうねえ。実は松之山温泉で捕まえかけたんだけれどね、ブリューリと一緒にね。』
「え?それは、すごいですわ?で、どうなりましたか?」
『それがねえ、あ、ちょっと待って・・・。アニーさんこれ盗聴とか、されてない? わかった・・・ねえ、あなた、ちょっと、こっち来なさい。』
広い広い総督室の壁に、ふいにドアが開いた。
「まあ、お姉さまったら・・・」
ドアの向こうで、おいでおいでと、電話機を握った弘子が、手を振っていた。
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