わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第四十四章
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東京タルレジャ音楽大学の中村教授は、松村家の令嬢二人の、初めからのピアノ教師であった。
また一方ヴァイオリンの方は、東京在住のスカンジナビア国人ヴァイオリニストで、同大学の客員教授である、クークヤーシスト女史が、現在は指導にあたっていた。
ピアノにしてもヴァイオリンにしても、この混血の天才少女たちは、すでに大人と同程度の大きな体を持ち、技術的には十分成熟してしまっていたのである。
技術的な分野で、教えるべきことは、もはや何もなかった。
中村に言わせれば、「ぼくの方が教えてもらいたいくらいだ。」と、いうことだったのだ。
しかし、非常に驚くべきは、その精神年齢の異常な高さにあった。
単に技術的な部分以上に、すでに精神的な面でも、二人とも、並の大人が互角には太刀打ちできないようなレヴェルにあったのだ。
中村は、「恐らく彼女たちの方が、自分たちに合わせてやってくれているんだろう。」と、なんだか冗談とも真剣ともつかないような事を、よくマスコミあたりには語っていた。
ただし、世間的には王女様に対するお世辞もあるのでは、と受け止められては、いたのだが、実際に二人の演奏を聴いた、音楽の理解ができる人たちは、これが、けっしてお世辞や誇張ではない、と身にしみて感じていたのである。
ベートーヴェンやブラームスの協奏曲で聞く彼女たちの演奏は、世界の一流どころの演奏者たちに、まったく引けを取らなかったし、むしろ、より圧倒されることが常だったのだ。
ピアノでもヴァイオリンでもそうだったし、そこにもってきて、王女様と巫女様の職務を完璧に務め、学校の成績も、常にすべての科目で完璧。さまざまな発明品もさかんに世に送り出しては、王国や実家を潤してもいた。もちろん、例の『最終爆弾』のような、世間には内緒の、恐るべき発明品も中にはあったのだけれど。
まして、いまや妹の方は、地球でNo.2の地位を持つ『総督閣下』となった。
姉の方は、なぜか地球帝国での地位は持たなかったが、タルレジャ王国の次期女王様である。
もっと言えば、中村先生の勤める大学の、オーナーになるわけだ。
そうした生徒を持つ中村先生は、実に教師として、最高に誇らしかったはずなのではあるが、ここに来て彼にとって、大変にやりにくい世の中に、世界が変貌して行くのを、直に見る事になってしまったのである。
つまり、彼は『不感応者』であり、どちらかというと、この体制にはあまり迎合したくない、根っからの自由主義者であった。
けれども、彼の大切な奥様は(彼女は有名なソプラノ歌手だったのだが・・)ごく当たり前の『感応者』であり、結果的に地球帝国の熱烈な支持者になっていた。
皮肉な事には、彼女の生まれた家庭は、安司さんの親戚であった。
皮肉と言うよりも、おかげさまで、中村氏に双子のピアノ教師という名誉ある仕事が舞い込んできたと言った方が良かったが。
もちろん、彼が優秀であり、王国が関与する音楽大学の、若き看板教授だったことも事実だけれど。
中村氏の妻は、非常に心配していた。
今日、叔父から言われたばかりの言葉が、ずっしりと、彼女に、のしかかってきていたのである。
「お前の旦那だが、あれは『不感応者』だな。」
「それが、なにか・・・彼、『まじめに』やってますわ。」
「何か? いいかな、まあ、お前だから話してあげよう。実はな、世界に先駆けて、我が国は『不感応者』から『背徳者』が発生するというような、不名誉なことが起こらないように、『早期対策』を実施することが決定されたんだ。政府でだよ。」
「それは、つまり・・・どういうことなのでしょうか?」
「うん。まあ、杖出総理が、本件でもなかなか「うん」と言わなかったようだが、いくつか内容を緩和させたうえで、ほぼ合意を見たそうだ。ただし、まだ秘密だぞ。まあ、実際には、主要国全体で、まずは似たような制度が作られることになっているらしいが、その中でも、日本とタルレジャ王国と、南北アメリカ国が先導する形になる。『不感応者』に自主申告を行う様に努力義務を課して、さらに家族からの『協力申告』も可能とすることにするんだよ。そうして、『自主訓練』や、『予防訓練』さらには『指導的予防訓練』『指示的予防訓練』などを実施する。まあ、よりよい『地球帝国人民』となるための勉強会だよ。終了したら、その旨を示す『修了証書』が出されることになるだろう。これを常に携帯してもらうんだ。本人にとっての自覚を促すことにもなるし、社会的な信用の証にもなる。もし、自分に疑問を生じたら、いつでも『再訓練』を無料で受けられる特典も付くし、24時間対応の電話相談も同じく無料で、何回でも受けられるんだ。『感応者』は、すぐに皇帝陛下の最新のご意志を知ることができるが、『不感応者』にはそれができないんだ。それでは、不平等だろう? そこの不平等を解消して『不感応者』も、安心して暮らせる社会にしてゆくのだよ。素晴らしいシステムだとは思わないかね?」
「それは、素晴らしいですわ。」
「そうさ。君のご主人だって、それで、今の地位を維持できるさ。」
「ああ、それは、助かりますわあ。おじさま。心配はしていたのですもの。」
「そうだろうとも。まあ、君のご主人には関係ないだろうが、実際のところ『不感応者』の中には、かなりな『危険人物』が含まれていることは間違いないし、すでに『背徳者』化しているやつらもいる。そいつらが、あの子を連れ去ったんだ。」
「まあ、まだ見つからないのですね。」
「ああ、そうさ。しかも、『ミュータント』だ。この怪物どもが、そこに紛れ込んでおることは、間違いようがないのだ。まあ、見ていたまえよ。ここ1~2か月で、不埒な連中を、どんどんと、あぶり出してやる。さっき話した制度には、非常に危ないケースに対する『強制措置』も含まれているんだ。しかも、この制度の作成に当たっては、この私が、相当意見を述べさせてもらっているんだがな。まあ、そこは君たちには関係ないとしてだ、しかし、旦那には、早く区に申し出て、『自主訓練』を予約するように、言ってやってくれまいか。東京は、あすから受付を始めるんだ。知ってただろう?」
「ええ、まあ。私も勧める積りだったの。」
「ああ、そうだろうとも。お前は、この『地球』の愛国者だかなら。」
「ええ、もちろんですわ。」
そこで、妻は、さっそく今夜こそには、夫を説得するつもりになっていた。
まあ、つまり、これまでも、夫にはさんざん言ってきたこと、だった訳なのである。
夕飯の準備は、整っていた。
何時になく、豪華な料理が並んだ。
ところが、肝心の夫が、なぜか今日は、さっさと帰って来ないのである。
時刻は、もう午後九時を回っていた。
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