わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第四十三章
アンジの父親は、それなりの会社の社長であるとともに、町内会長という立場にもあった。
非常に一直線な性格であり、たとえ一般的には社会的に多少無理があることであっても、自分で決めた道は、誰に言われても決して譲らなかった。
彼にとっては、自分の決めた道を、ひたすら早く、けっして止まることなく追及するのが、信条だった。
おかげさまで、自動車が信号機で止まることも、踏切で止まることも大嫌いで、多少遠回りになっても、止まらないで行ける道があるのなら、わざわざ、わき道に入って行くように命令した。
「わが社に停止という文字はない!」
が口癖であった。
役所や郵便局で待つのも大嫌いだし、気に入らないと職員をすぐに怒鳴り飛ばし、さらに必ず上級官庁や本局に電話をして、該当職員を処分するように求めた。
ただし、結果がどうなったのか確かめることは、(どうやら意図的にだったらしいが)しなかったのだが。
さすがに融資してもらっている銀行でだけは、比較的大人しいらしいとも言われていたが。
その、人の言うことを決して聞かない『ワンマン独裁行動人』の唯一の例外が、マツムラの前社長、つまり現社長の父親、すなわち、現タルレジャ王国国王だったのである。
そこで、どうにもこうにもならない事態に陥った時は、企業の幹部も町内会の幹部も、マツムラの社長に解決を依頼したものであった。
それを基本的には断らないのが松村の社長であり、何かしらの道をつけて差し上げるのが常であった。
町内の有力企業と、世界最大の企業とでは、あまりにその差が大きいとはいえ、この二人は、小学生時代から大変な仲良しだったわけなのである。
そこで、アンジさんには、自分がやらなければならないと信ずる仕事が、また増えてしまった。
それこそが、『不感応者狩り』と『背徳者狩り』なのであった。
『狩り』といっても、銃を持って逮捕に乗り出すわけではない。
ここは、首都東京のど真ん中である。
まして、彼にはそうした権限はない。
当局に対して、この範疇に該当すると考えられる人物の、『情報』を提供するのである。
歴史的に言えば、このような行為は、しばしば見られたことである。
中世以降のいわゆる『魔女狩り』などは、そのもっとも悲惨な事例だろう。
だれかに一言「あのひと、魔女みたい。」
と、言われたら、まず人生が、それでお終いである。
市長さんクラスの、高い地位があるような人でさえ、この、魔の罠からは逃れられなかったようだ。
逮捕されてしまうと、あとはよほどの強者でも、拷問と尋問に堪えるのは困難だったと言われる。
自分は魔女だと白状し、仲間の名前を上げなければ、火あぶりになる。
素直に白状したら、罪を減じられて絞首刑で済んだとも聞く。
財産は、当然すべてが没収される。
もちろん地域や状況に違いはあっただろうし、研究者により犠牲者の数などにも違いがあるだろうけれど、本でその資料を見るだけでも、ぞっとすることは間違いない。
こうしたことは、遠い外国で大昔に行われていた夢物語だけではけっしてない事は、皆よく知っていることだろう。
これが、今に至って、『不感応者狩り』『背徳者狩り』という姿となって、この世界に蘇ってきたわけなのだ。
しかし、今回は当局の強力な指導が、まず先にあったという訳ではなかった。
むしろ、そうした行政指導は後手に回っていたし、本来、特に犯罪者を扱うような形ではなかったのだ。
『不感応者』は、犯罪者ではなく、一種の軽い『病気』であり、比較的簡単に治療も出来ると当局は言っていた。何よりも、本人が気を付けていれば、その『治療』でさえも必要はないと、されていたのだ。(皇帝陛下などへの行き過ぎた批判や、そうした行動をしなければ済むことである。)
また、本人が気になるようであれば、まずは『病院』ではなくて、地域の『教習所』に通えばよいものだとされていたのである。
しかし、その『教習施設』の設置は、大都市部を除けば、比較的のんびりと行われていた。
要するに当局も、まだそれほど『不感応者』については、ピリピリしてはいなかったのである。
『背徳者』は、実際に『帝国』に対する反対行動をとった人の中でも、『特に危険性あり』と判断された人のことである。いわゆる『危険人物』である。反体制的な言動をする人全てが『背徳者』なわけではないのだった。
例えば、会合などの宴席で、ちょっと口が滑って『皇帝陛下』の悪口を言ったからと言っても、それで逮捕というようなことでは、もともとはなかったのである。
さらに、制度的には、デモや集会も届ければ可能だった。
その内容が反政府的であっても、自国政府に対するものであれば、ほとんど制限はなかった。
直接『帝国』に脅威でさえなければ、別に禁止する理由などは、なかったのである。
しかし、実際のところは、帝国政府が思う道筋とは、少しずつだが、最初から、ずれて行き始めていたのだった。
ヘレナ自身も、『最初から、そう、うまくはゆかないだろうな・・・』とは、経験上も考えていた。
しかし、そこは妹二人が、適正に各国政府を誘導してゆけば、結果的にはきっとそれで上手くゆくだろう、と考えていたのである。
妹たちの理想は、自分よりもむしろ高かったのだから、任せてみようとも、思っていたのだ。
ダレルが一定の介入をしてくることも、予想の範囲の内だった。
ただし、『ブリューリ』は、確かに不確定要素のひとつだったけれども。
けれど、そのヘレナも、状況をみながら、もし、やり過ぎがあったら、直してゆく考えではいたのだ。
当初、人々の意識には、『皇帝』と『総督』、そうして、いまだ姿の見えていない『火星の女王』に対する『忠誠心』と共に『自由・友愛・信頼・相互扶助、正義、平等、平和』の精神を強く印象付けたつもりである。
しかし、『人間』という生き物にも、個体差はあるけれど、どうも隙間を見つけては、相対的な弱い者いじめや、ライバルの排除、をやりたがる習性があるものだ。
ここの部分を完全に覆い尽くそうとしたら、先ほどの基本的な精神自体が停止してしまうかもしれない。
なぜならば、『競争』は、人間が不断に行動するためには、ぜひ必要なものだから。
ともかくも、この帝国誕生最初期から、アンジの父親は、せっせと『不感応者』と『背徳者』の通告を行い始めた。
ただし、大切な娘が行方不明になってるという事実が、父親にやみくもな行動をさせている大きな要因なのは、間違いが無い事だったのだが。
彼は、『不感応者』もしくは『背徳者』あるいは、特に『ミュータント』が間違いなくからんでいると考えていたのだから。
こうした動きは、お互いに関連性なしにでも、世界のあちこちで同時発生した。
おかげで、行政側は、どこでも、まったく、すでに実情に追い付かなくなってしまっていたのだ。
したがって、何らかの早急な対応策が必要だった。
そこで、もともと当局は、強制的手段ではなくて、『精神カウンセラー』のような方法が、『不感応者』や初期の『背徳者』への対応には重要と考えていたものが、ここに来て『機械』の導入論が急速に浮上していったのである。
ヘレナは、当然この方法を、一定の条件を付けて、慎重に、しかし、確実に使わせるつもりでいた。
そのための『機械』・・・つまり洗脳装置だが・・・の作り方は、すでにルイーザに教えていたし、実家と王国の工場に於いて、量産も始めていたのである。
その傍ら、『よい独裁者』の心得のようなものも、妹二人には伝授していたし、『機械や能力を多用する』のは、便利ではあっても、必ずしもよい『心得』ではないとも伝えてあった。
つまり、ヘレナ自身は、火星での失敗から、いろいろと学んだことを、今回地球でしっかりと生かそうとしていたのだ。
もちろん、ブリューリなしで。
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「また、大量の通報が来ていますよ、区長。」
「ふう。最初からこんなに集まるなんて、思っていなかったよ。」
「あの、余計な事ですが、区が強制的に対処する『掟』は、まだないですからね。」
生活安全局長が念を押した。
「そうなんだが、『何もしない』と市民から言われると、困るんだよ。国に対応策を確認しているの?」
「はい、もう二回も出していますが。もうちょっと待てと。政府内も少しごっちゃごちゃしてるようですなあ。杖出首相が、一晩行方不明になったという噂もありましたが、どうやらタルレジャの第一王女と会談してたらしいです。」
「ふうん。でも、あまり待てない。わかった。ぼくがちょっと行って来るよ。アポ取っといて。」
「あの、どなたと?」
「絵江府内務大臣兼財務大臣兼副首相さま、に決まってるだろうが。」
「いや、そうなのですが・・・・、あなたは、あの方はお嫌いだとか・・・首相の方がよかないですか?」
「こらこら、まあ、そうなんだけれど、ここはまあ、仕方ないさ。いきなり首相に行ったら、僕はそのほうがやり易いが、まあ、色々各方面の気に、あまり障ったら、さすがにまずいからな。」
「わかりました。まあ、いずれにせよ、確かにここは、第一王女様のおひざ元ですからねえ。事実上、都知事を飛ばしてしまえるのは、あなた位ですし。」
区長は、少し嬉しそうに答えた。
「まあ、そうなんだよ。でも、とにかく早く対処しなければ。たちまち、次の選挙が危なくなる。」
「次の選挙なんて、あるんですかなあ?」
「なんて?」
区長が局長を、こんどは睨みつけた。
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