わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第四十二章
松之山温泉郷は、良いとことろである。
街の中心街からも、市内電車でらくちんに通える。
一般の銭湯に通うように気楽に行けるところが素晴らしい。
それなりに由緒のある大学などもいくつかあって、ここは学生の街でもある。
洗面器とタオルをぶら下げて温泉通いする学生の姿が見られるのは、日常茶飯事のことであった。
この街の朝は、本館の太鼓の音で始まる。
本館の湯は、いくつかのランク別になっているが、最上級のクラスでは、部屋が一部屋割り当てられて、また温泉自体もお安いクラスとは別のものになる。ただし、ちょっと狭いけれど、込み合う時間を外せば、別世界のような雰囲気を楽しめてしまう。お湯から上がるとお茶とお菓子が出る。冬はちょっと寒いが、大きなテラスから外を眺めるのは最高なのだ。かの大文豪が、かつて使用した部屋も見せてもらえる。大方そのままという感じなのが実に良い。
また、どこか、フランスの絵画を思わせるところさえあるから不思議である。
温泉から出て出口まで降りたら、冷たいビン牛乳を買って、きゅわっと飲むのが常道であろう。
本館のすぐとなりの丘の上には有料駐車場があるのだが、ここからの眺めがまたなかなか良い。
しばらくは動きたくないような感じになる。
ブリューリが予約した宿は、本館から少し別の丘を登ったところにある高級温泉旅館である。
まだ時間も早いし、彼は本館から出て、そのまま散歩に出かけた。
浴衣に羽織をまとって、ちょっと大きめのぞうりで歩くのはよいものだ。
怪物ブリューリは、金星のビューナスにはあまり関わらなかった。
へレナよりも、はるかに扱いにくいミュータントだったからだ。
乗り移っても、するりと抜けられてしまう。
あんなことができたのは、さすがのブリューリもビューナス以外には見たことがない。
ただし、ビューナスの温泉好きには、大いに影響されたものである。
金星の温泉は良かった。
いまでも、地中深くに残っているに違いない。
しかし、地球の温泉は、特にこの国の温泉は、開放的で実に良い。
ホテルに帰ったら、豪華お食事を済ませて、こんどはそちらの温泉に入るつもりである。
人間は、当面食べないつもりでいる。
賑やかな商店街を抜けて、市電の駅に来てみた。
東京駅に負けないくらい、というとちょっと大げさかもしれないが、まあ、次から次にと電車が来るわ来るわ。それも、デザインも様々で楽しいし、ついには例の『蒸気機関車』もやって来る。
駅のちょっと先の線路の上で、ぐるっと車体をひっくり返すという、びっくりなパフォーマンスも見せてくれたりしている。
それから、温泉駅の前の『からくり時計』を眺めた。丁度5時のパフォーマンスが始まったところだ。
この宇宙の地球人類は、こうした細工が得意と見た。
ダレルさんが見たらきっと喜ぶに違いない。
そう思ったブリューリの隣に、一面、髭の中に顔がちょっとだけあるという、そこの高い鼻に、サングラスを粋にひっかけて、頭には山高帽子を深々と被っている国籍不明の男が現れた。
しかし、手には洗面器を抱えていて、タオルをぶら下げている。
服装は温泉ルックで、足元は、いわゆるこの国の伝統的な履物である、下駄であった。
街の中でならば、いささか怪しい姿にも見えそうだが、この格好で、温泉街の中ならば、違和感がほとんど感じられないのは、さすがはこの国有数の温泉地だけのことはある。
包容力が、規模自体は、はるかに巨大な割賦温泉にも負けないくらいに、高いのだ。
「ども、ブリさん。ダルちゃんです。また、会いましたな。ここは良いところですねえ。」
「ああ、なあんと、だるさんですか。いやいや、良いですなあ。」
時計塔からは、大きな音で音楽が聞こえてきている。
この国の伝統楽器の、おことや太鼓らしき音が響いて来る。
屋根が少し上がって、丸い時計の部分がくるっとひっくり返えると、小説『坊ちゃん』の中の『マドンナ』さんや『坊ちゃん』さんなど、登場人物らしき姿が現れる。
「割賦温泉では、ひと悶着起こってますな。」
「そうですか。」
「ここでは、どうなんでしょうか。」
「いやあ、ゆっくり休憩したいですよ。さすがに。」
「ほう・・・御馳走がいっぱいなのに? まあ、いいでしょう、それも。でも、一つ情報を差し上げましょう。怪しい宇宙船らしき物体が、銀河系に侵入して、この太陽系に向かっています。まだ、遠すぎですが、あれは多分、昔見た。あれだと思いますね。」
「なんですかあ、その、あれっていうのは・・・」
「はあ、真っ青な、あの海王星のような・・・ですな。」
「え? それってもしかして?」
「宇宙警察でしょう。2憶5千万年前には、この地球にも来ていた。警部「2051」とかいう。まあ、別のかもしれないですがね。」
「むむむ。そうですか・・・」
「はい。宇宙警察ならば、空間跳躍も可能なはず。すぐ来るかも。」
「ヘレナは?」
「当然知っているでしょう。まあ、このところお会いしてないですがね。」
時計台のパフォーマンスは終了したらしいが、まだ観光案内のアナウンスが流れていた。
そのときである。
二人の周囲に、あきらかに常人ではない雰囲気の、紺のスーツと赤のネクタイに包まれた一団が現れた。
それでも、手に手に洗面器とタオルを持っているのだが、さすがにこうなると、かえって変である。
周囲にいた人たちが、そろりと身を引く中で、捕り物が始まった。
「帝国警察だ。神妙にいたさしなさい。」
一人が おかしな日本語をしゃべった。
「あらららら、こりゃあ始めて見た。じゃあ、ブリさんさようなら。」
ダレルはさっさと逃亡体制を取った。
その前に、洗面器が立ちふさがった。
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「やましんさん、幸子さんを帰したのね。」
珍しく、第一王女様が現れました。
「まあ、お正月が来ますからね。」
「ふうん。お正月はどうするの?」
「いえ、なにも、『おせち料理』もしないつもりですし、まあ、大みそかには、おそばは食べに行くつもりですよ。でも、あとは、いつもと同じです。かまぼこと巻きずしくらいは、スーパーで買おうかな。ただ、ここに来て、安いかまぼこが、近所のスーパーさんから消滅したのは、ちょっとショックですけども。」
「ふうん。王国には特にお正月という習慣はないですが、わたくしは、日本でのお正月を楽しみますわ。」
「何して遊ぶの?」
「え?ああ、そうですねえ。道子も表向きは帝国におりますが、まあ夜は東京の部屋に来てもらって、二人でトランプさんでもしようかな。」
「じみですな。」
「いえいえ、トランプさんは、目下、最高に流行りですからね。」
「確かに。ぼくは、でもまあ、誇り高き孤独ですからね。」
「お掃除しなさいな。ほこり高いですよ。かなり。」
「あい、多少はしようかな・・・」
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