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わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第三十五章


 杖出首相は、与えられた部屋ではなくて、パレスの『図書室』の中で、さかんにデータや大量に置かれていた書物を睨んでいた。

 特に、『ブリューリ』という怪物の情報には、正直なところ震えあがった。


 とは言っても、彼が知る限りのどんな言語でもない書物や資料の方が圧倒的に多く、何が書かれているのかは想像するしかない。

 しかし、こういう時に助かるのは、写真や挿絵である。

 例えば、その髪型や衣服、靴やアクセサリーなどから、それがどの地域のどの時代なのかを推測することも可能だからである。

 また本の巻頭や巻末の出版データも役に立つ。


 確かに、タルレジャ王国で出版されたらしき書物が多い。

 英語の注釈がついているものもあったが、それは概ね19世紀からのもののようだった。

 そうではないが、どうやら同じ出版元が出したのであろうかなり古い本も、書棚の中にはたくさんあった。

 それらは、独自の表記方法だけれど、タルレジャ王国のカレンダーによる『出版年月』は、常にしっかりと刻まれているらしきことがわかってきた。

 それらを古い順に、ノートに書きだして並べてみた。

 そこで分かった事は、どうやらとてつもなく古い(らしい)本が混ざっているということだ。

 見る限りは、再版では無くて、初版本のように思える。

 再販物は、そのように、年号がきっちり入れてあるからだ。

 その中でも、もっとも古いモノと思われる本を、首相は手に取っていた。

「ばかばかしい、これで行くと、これは今から5万年は前の書物という事になる。旧石器時代かな。まさかね。つまりこのメモは間違っているわけだ。」


「いえいえ、正解ですわ。ほぼ。」

 いつの間にか、ヘレナ第一王女がすぐ傍らに現れた。

「うわ! ふう・・・あなたはいつもそうやって現れるのですか?」

「まあね。それは、あなたが推測なさったように5万5000年ほど前の本ですの。ヨーロッパではムスティエ文化が進行していた時代。でも、我が『タルレジャ王国』は約2憶5千万年前に建国されたので、桁が違います。ああ、これは非公式ですわ。その本は、当時のヨーロッパ地域の人類の、古いお葬式の儀式について書かれた研究書ですよ。研究者が現地に観察用の機械を潜り込ませて調べたものです。」

「またまた、まあ、こうしたものの偽造は、不可能なもんじゃない。」

「でも、内容は実際、なかなか面白いですよ。差し上げますわ。どうぞお持ち帰りください。そりゃもう

、研究者の方だったら、魂売ってもいいくらいに欲しがるでしょう。ネアンデルタール人の生きていた写真なんて、そうありませんわ。おまけに動画データ付きですよ。お値段なんか、付かないかもしれませんね。まあ、でもその本は、まだたくさん残っておりますから。ただ、すぐには、読めないかもしれませんけれどね。でも、それよりも、ここの深い地下にはね、秘密の格納室があります。そこには、それこそ二億年以上前の王国で出版した本や、さらにそれよりも前に、火星や金星で作られた本やデータも所蔵しています。どちらも滅んでしまった文明なので、超貴重品です。さすがに、いま、あなたが入ることは出来ませんが、ライヴ映像だけお見せしましょう。・・・ね!ほら。」


 ずらっと並んだ巨大な書棚。

 すべてを透明な被膜が覆っているらしいが、本の背中はよく見える。

「ほら、これが、火星で今から4億年前に作られた本です。女王様のことが描かれています。写真も満載の超豪華本です。5冊しか作られませんでした。」

 その大きな美しい本は、奇麗な展示ケースに収まっていた。

 表紙には、女王様だという、しかし、どう見ても『鬼』の姿としか思えない、でも人間に近い生き物らしきもの、が写された写真が載っている。いや、実に美しい。

 そこに赤い飾り文字が格調高く並べられていたが、まったく読めないものだ。

「『女王へレナ年代記』です。これはね、恐るべき内容が書かれた超希少本です。ブリューリによって改ざんされた、火星の歴史の常識をひっくり返すほどの内容が描かれているのですが、残り4冊の内、2冊は火星が焼けた時に消えました。もう1冊あります。ここではない、他の秘密の場所にね。それから、こちらが『タル・レジャ教』創始時に作られた超豪華版『経典』です。これも、おそらく大部分が燃えてしまったと思われますが、残されたわずかなものの、一冊です。実は、東京とわが王室に、もう一冊ずつあるのですわ。まあ、『タルレジャ教』は、今日の地球においても、かなりマイナーな宗教ですから、一般の方には、興味のないモノでしょうけれど、『第一の巫女』であるわたくしにとっては、それはもう、大切なものなのですのよ。それとか、これ、これは当時火星の宇宙船が撮影した、太陽系内の惑星や主な衛星の姿を映した写真集です。その原本ですわ。一般向けに編集されたもので、よく売れました。こちらがそのレプリカです。」

 第一王女は、目の前の棚から本を一冊ポンと取り出した。

「あれ、そんなもの、今まであったっけなあ?」

 首相はかなり、びっくりしてしまった。

 いやいや、間違いなく、その本は見えていないかったが・・・

「まあ、見落としたんでしょ。ほら、美しいでしょう?」

「いや、ああ確かによく映っていますな。」

「ほら、これが火星。」

「これが?」

「そう。まだ海が、残っているでしょう。」

「むむむ・・・」

「で、こっちが地球です。大陸が集合してますね。」

「ふうん。よく出来ている。」

「だって、本物ですからね。」

「ふん。・・・ああ、で、ぼくをどうすると言うのかね。」

「ああ、そうですわね。どうぞ、あちらで、おかけください。」


 首相と第一王女は、わりと豪華なソファに腰かけた。

 第一王女は17歳とは言え、現在事実上、王国の権力のすべてを握っている。

 それは、杖出首相も承知していた。

 つまり、これは非公式ではあるものの、首脳会談だったわけだ。

「はっきり言って、これは拉致ですな。」

「救出して差し上げたのですわ。ほら、絵江府さんたちの様子です。」


 空間スクリーンの中には、絵江府大臣と毛葉井大臣、それに四日大臣と、さらに恵留霧土木大臣も見えている。唯一の女性閣僚である野府のっぷ通信大臣の姿もあった。

「何やってるのかな?」


「あなたの処分について、の話し合いでしょう。」

「処分って?」

「皇帝陛下に、特別な処置を求めようと、しているのでしょう。あなたは『不感応者』です。でも日本の現在の法律では、まだ『不感応者』だから、どうだこうだとは言えないでしょう?そこで、行方不明のあなたを、首相の座から引きずり下ろす算段をしてるんでしょうね。」



    ************************

 


『首相の行方は分からない、この際、失踪という事で、特別な方策を取るしかないという、皇帝陛下のお墨付きが欲しいですなあ。』

『国内法で、処理したいです。特例はよくないです。首相が不感応者だという証拠さえない。誰かに連れ去られた可能性も高いのです。まずは捜索。失踪と決めるのはいくらなんでも、まだ早すぎですよ。」

 野府大臣が、反論した。

『あのね、野府さん、早い方が良いのだ。あいつが不感応だということは、その行動から間違いが無い。皇帝陛下の偉大なお姿に対して、挨拶ひとつもしなかったんだから。』

『あれは、映像です。』

『あなただって、ひざまずいていたでしょう。あれが自然なのだからね。』

『まあ、それは体がそう動いたのですから。』

『それが、自然なのです。彼はそうじゃない。排除すべきだ、一刻も早くね。』



 *************************



「あいつ、ひどく偉そうにしているな。まあ、昔からそうではあったが。」

「わたくしには、丁寧ですわ。」

「そりゃあ、あなたのお家は、大事なお客様だからね。彼の一家の家業からすれば。」

「まあ、日本のホテル王ですものね。」

「ああ、そう。しかし、やはりこうしちゃいられないなあ。」

「本当にそう思いますか? 逃げたくせに。それにけっこう強引な政策をやろうとしていたし。多少は柔軟な姿勢も必要ですわ。火星人に対してもね。」           

「いやあ、あの際はまあ、少し動転した。それは、確かに認めます。今後は国民に対して、真摯に丁寧に対応いたします。なぜ、自称火星人に、毅然として対抗しなければならないのかをもね。しかし、命は確かに危ないかもしれないが。」

「危ないですよ。実際にね。相当の覚悟が必要ですね。ただし、もしも、わたくしと組むというのならば、少し違います。あなたを保護してさしあげまましょう。首相として存続できるようにご協力いたしましょう。いかがですか?」

「そんなことは不可能だろうし、大体あなたは、だって、皇帝一味の仲間でしょう?」

「そう。でも、多少、路線が違います。わたくし、全地球人類の味方ですわ。それと、わが国王様との協力も仲介いたしましょう。わが王国が持つ技術と経験は、あなたのお国にとっても貴重な力になります。たとえば、いま、地球上には、恐ろしい怪物が上陸しております。火星を絶滅の危機に陥れた怪物です。資料はご覧になったでしょう。ブリューリの事。」

「信じられないよ。あんなこと。」

「でも、事実ですよ。それが地球でも起ころうとしています。妹たちには経験も知識もない。第一王女のみがそれらを継承しているのです。その対策をね。しかも、現在ブリューリは、あなたのお国に潜んでいる可能性が高いと思われるのです。国民の多くが、恐ろしい人喰いエリアンに変貌しかねませんよ。」

「怪しいなあ。しかし、ふむ、証拠が欲しいな。あなたが実際、我々の役に立つという。」

「いいでしょう。あなたはこれからお国にお戻りなさいませ。そうしたら、すべてがわかるわ。」

「逮捕されるんじゃないかな。」

「いいえ、もう、違います。」

「信じがたい。信じられない。」

「いいでしょう。じゃあ、さようなら・・・後はご自由に。」

「いやいや、ここで放り出されたら困る。」

「でしたら、こちらの護衛を付けてお返しします。いざとなったら、貴国の防衛隊と銃撃戦をしてでもお守りいたしましょう。相手があなたを首相として受け入れないのならば、我が国があなたを保護いたします。でも、受け入れたら、そこはそれで、一定の協力はしてください。その代り、それなりのお返しも、あなたに致します。いいですか、『火星』が必ずしもすべてを支配するのではありません。地球人の自治は守られます。さらに、貴国の主張を尊重するように、わたくしが常に仲立ちいたしましょう。わたくしは、東京生まれの東京育ちですからね。そうして、あなたが、いつも、世界の中心にいるように取り計らいましょう。世界中でのお話し合いにも、火星とのお話し合いにも、常に協力いたしましょう。ただ、核の廃絶は早急に実施されますわ。まあ、わたくしは妹たちとは一線を画しておりますし、あくまで無役ですから。しかし、核の廃絶、それはあなた方の悲願でしょう? 否定する理由なんか、もうないはずですよね。一方で、わたくしの持つ、わがお父様のおっしゃる『最終爆弾』も、ちゃんと破棄します。それでいかが?」

「ちょっと、いいかげんで、自分勝手な、ある種の誘惑のような・・・ふん。でもまあ、いいでしょう。国に帰って、確かめて見ましょう。うん、この際、やってみよう。こうなれば『毒を食らわば皿まで』だ。」

「毒ではありませんわ。よかった、さあ、お食事にいたしましょう。首相様。」

「ああ、それは良い。あなたがお持ちという、『最終爆弾』のことも少し詳しくお尋ねしたい。」

「いいでしょう。じゃあ、ここではなんですから、賓客用の応接室にどうぞ。」

「なんだ、そういう部屋もある訳ですかな?」

「そう、いろいろと、見学出来て楽しいでしょう? あなたは首相様です。特別扱いですわ。もっと変わったものも、お見せいたしましょう。害はないですけど、多少ショッキングかもしれませんが。」

「ふん。全体、あなたは何なのですか?」

「日本の、高校生ですの。」

「む。この期に及んで、よくもまあ。」

「事実ですもの。そうしてタルレジャ王国の第一王女であり、第一の巫女でもであります。巫女はある種の超能力者、魔法使いですよ。ほら、どうぞ。」

 杖出首相の目の前に、突然扉が現れて、すっと開いた。

 その向こうには、豪華な食卓が見えている。

「これが、魔法?」

「まあ、魔法なんていうのは、未知の技術なんですから。さあ、そうぞ。」



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