わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第三十三章
「アニー!犯人発見! 教頭先生を確保しなさい!」
弘子は、ほんの小さな意識のリークを発見した。
「裏口から逃げました!」
アニーが答えた。
「ほら追いかけなさい。拘束がかからないわ。ミュータント化してる。」
「セキュリティーに追いかけさせてます。」
教頭先生は、学校の仕組みを知り尽くしている。
元体育教師だけあって、逃げ足も速い。
しかし、空から見ているアニーから逃げてしまうためには、アンジのように空間転移してしまうか、何か特殊な能力が必要だ。
彼には、どうやらそうした芸当は出来ないようだった。
五人のセキュリティーと、アニーに追いかけられて、教頭先生は次第に逃げ場を失っていた。
しかし、ぎりぎりまで追いつめられた時、彼は変態した。
『ヘレナ、ブリューリです! 抗ブリューリ薬を散布します。』
『あららら、それは気の毒な・・』
『ほっといたら、みんなブリューリになりますよ。』
『しかたない、やって!』
『はいな!』
何もない中空から、抗ブリューリ薬が降り注いだ。
むかしの薬と比べて、各段に良く効くことは明らかだった。
校長先生は、どんどん硬化して石のように固まってしまった。
「むむむむ。これは奇々怪々、うどんげな。」
追いかけていた、エージェントの一人がつぶやいた。
しかし、これではまだ、異常事態は止まらなかったのである。
やがて第二王女、すなわち総督閣下が乗った高級車が、お供の自動車三台に挟まれて、学校に近づいてきたのだ。
お忍びではあったが、帝国の旗が自動車の先端に取り付けられれているし、中の様子は見えないものの、住民たちも、乗ってる人物がただ者ではないことは、当然感じ取っていた。
街には、『街の情報屋』さんのような方たちがたくさん存在する。車の出発点が松村家であり、目的地が学校方面となれば、どうやら弘子さんは登校しているらしいから、これはもう『総督閣下』に間違いなし、という情報が携帯電話や、スマホで、アッとう間に巷を飛び交った。
そこで、多くの人びとが道路沿いに現れて手を振り歓声を送った。
すると、総督閣下の乗った車の窓の曇りがさっと上がって、総督閣下の姿が中から浮かび上がった。
それでなくても、学校は多数の警備陣やマスコミが包囲している。
これが、計画された宣伝活動ではないはずがない。
仕組んだのは、当然、弘子だったのである。
生徒と家族たちは、総督閣下の到着するニ十分前には校庭に整列した。
事態が事態だし、これはけっして、強制ではない。
あくまで自主的な参加である。
迎えにきた家族とすぐに帰宅しても、問題は全くないと、通知はされていた。
弘子も、きちんと、みんなといっしょに並んでいたのだが・・・
とはいえ、警備上校内に残っている先生や警備員たちは別として、『じゃあ、お先に。』と言って、そのまま帰ってしまうのは、非常に難しかったと言うべきだろう。
アンジは、もしもここにいたら、そうしたかもしれないが。
突然消えてしまった教頭先生のことは、まだその事実が校長先生にまでは伝わっていなかった。
最初にその結果を確認したのは、当然、その現場中継を見ていた第一王女だ。
次に、理事長に伝えられた。
彼女は、立場上も、ブリューリの事は知っていたのだ。
しかし、校長先生以下の教師たちは、そうした化け物の存在は知らないことだったのだ。
もと教頭先生だった固まりは、エージェントたちによって、さっさと片付けられてしまった。
やがて、総督閣下の自動車が、広い正門から校庭に入った。
同時に、ふたたび首都圏の防衛隊の基地と、在日アメリカ国の基地から戦闘機が発進した。
しかし、これは、ある意味緊急発進だったのだ。
正体不明の小型UFOが、首都圏上空に現れていた。
火星人からの通報もない。
飛行計画の提出もない。
おまけに飛んでいる場所が、高すぎる。
だから、これらの戦闘機は、総督閣下とは、特に関係のない飛行だったのである。
しかし、その五機の内の一機が、なぜかコースを離脱した。
そうして、こともあろうに、また学校の上空に現れたのである。
『きたきた、きました。ヘレナさんの予想通り。アブラシオが、緊急介入します。』
地球の近傍に来ていたアブラシオが、猛スピードで上空から降りてきたのだ。
しかし、くだんのUFOは、すでにどこかに消えていた。
ヘレナが飛ばせた、『おとり』だったのである。
戦闘機は、一回学校の上を通過した。
校庭は、ちょっとした騒ぎになっていた。
生徒たちは、その場で身を伏せるように指示されたが、総督閣下は、ばたばたと、校内に緊急避難させられた。
上空で大きく弧を描いた戦闘機が、降下してくるアブラシオに気が付いた。
しかし、お構いなしに、今度は本気で突っ込んできた。
それから、ふたたび、ミサイルを発射した。
けれどもそれは、猛スピードで学校上空に入り込んだアブラシオに命中したのである。
戦闘機は、急にバランスを崩し、そのまま、アブラシオに突っ込んでゆく。
その機体は、このままアブラシオに衝突して爆発する・・・という事には、なぜかならなかった。
アブラシオの体内に、すっと吸収されてしまったのである。
『まあ、大変。あぶなっかしいやり方でしたね。もうちょっと無難なやり方もあったでしょうに。』
『あなたの指示です。』
アニーが言った。
『戦闘機確保。パイロットは無事です。』
アブラシオが報告してきた。
『いいわ、そのまま隔離。脳の内部と全身を徹底的にスキャン。その後わたくしが、頭の中を見て差し上げましょう。ちょっと待ってて。』
『了解。』
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総督閣下は、そのまま貴賓室に案内された。
理事長と校長、それから生徒会長と副会長、さらにPTAの会長さんが呼ばれていた。
しかし、弘子は呼ばれていないかった。
そのまま、校庭で待機していたのである。
「どうして、弘子は呼ばれないの?」
ミアが不思議がった。
「そりゃあ、今朝まで一緒にいたからね。必要なしよ。」
「ふうん・・・。そんなものなの?」
「そう。そんなもの、相手は総督閣下。あたしは第一王女だけど、王国では無役だもん。この国では基本的には普通の国民なわけよ。」
「はあ・・・なんか待遇が違い過ぎない?」
「いえいえ、あたくしだって、そうは言っても車の送迎と警備員付きだもの。立派なモノでしょう?」
「まあ、そう言われれば、そうだけどな。送迎付きの生徒はいまどきは、そう珍しくはないし、なんか冷たいような。それにしても、総督閣下の服。カッコいい。あれは軍服でしょう?」
「はい、帝国の次席指揮官の制服。」
「地球で二番目に偉い人よねえ。なんか憧れ・・・」
『ふんふん。それでよいのですわ。ミアさん。』
恋人を見つめるような、ややとろんとしたミアの目を眺めながら、弘子は大いに納得していたのである。
これで、総督と自分の格差は、ぐんと広がって見えるだろうから。
やがて、挨拶を終えた総督閣下が、理事長や校長たちと共に、玄関から出てきた。
戦闘機の攻撃など、まったくなかった事のようである。
これも、あまり正常なできごとではないはずだけれど、気にしている人は見られない。
上空には、アブラシオがどっしりと構えている。
かなり高いところにいるのだが、大きいので存在感が圧倒的だ。
訪問時に混乱した分、生徒たちは一生けん命に配られていた旗を振って、見送った。
「総督閣下あー。さようならあ!」
「また来てくださいねえー!」
「忘れないでー!あたしの事もう~!」
「おーい、俺たちもよろしく~!」
いろいろな声が飛び交っていた。
道子・・総督閣下は手を振って、軽い笑顔で生徒たちに答えた。
あくまで、格調高くである。
女子生徒たちの多くは泣いていた。
「はあ・・・確かに感動的なお別れね。三月になったら、わたくしは卒業式の後、静かに居なくなることにしましょう。それがいい。でもまあ、こんなに良い青春は、他には無かったものな。まあたぶんね。これが何百万回目の青春かは、ともかくとして。本当はもう少し、ここでゆっくりしたいわね。でも、来週は王国で演奏会か、巫女様のお仕事もあるしな。それにしてもあの子、大丈夫なのかしらねえ。って、自分の方も怪しいな。しべ先生は、そう甘くないわ。帰って練習しよう。まずはその前に・・・」
総督閣下は、そのまま、空港に向かい、帝国に旅立った。
帝国の首都は、王国の北島に置くことが、すでに正式決定されていたのである。
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アブラシオの中で、深い霧に包まれたような状態で、パイロットは中空に浮かんでいた。
脳の中を徹底的に探索されていた。
体の方もだ。
『不感応者ではないですね、ヘレナ様。体も、特に改造されてはいない。脳自体にも、細工の跡はないです。しかし、こうして周囲と遮断すると、少しだけ意識の混濁が見られます。外部からコントロールされたことは明らかです。ただし、長期間にわたってではないですね。ごく短時間です。非常に強力な力で、突然意識を捕縛されたのでしょう。』
『そうでしょうねえ。相手が誰だか、知ってる可能性は、ほぼないけど、でもね、ミュータントには実は個性があるの。操り方にもね、特徴があるのよね。そこを確かめて見ましょう。入り込めるぎりぎりにまで入ってみるわ。人間の意識にはね、ブラックホールみたいに隔絶されたところがある。そこは誰でも不感応な領域なんだけど、ほんの極小な領域で、下手につっつくと、知性全体が危なくなるの。どんな強力なミュータントもそこには手が出せないわ。』
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「なんだか、やましんさん、頭っから、漢字間違ってますよお。」
幸子さんに指摘されて、今回はやっと修正しましたが・・・
「全部見直して、直さないと!」
まあ、確かにぼつぼつ読み返しては直すのですが・・・
幸子さんは、お饅頭をくわえながら、気が向くと見直してくれています。
ありがたい事です。
「やましんさん、お風呂、お水のままですよお!」
あららら・・・まあ、まだ入っているだけましか。
この前は、浴槽に入ってみたら、お湯もお水も、なあんにも入っていなかったしなあ・・・
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