わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第三十二章
第二王女(地球帝国総督)の元に、皇帝陛下からの連絡が入っていた。
『その、ヘレナ様の学校を攻撃したものは何者なのじゃ?』
「実行者は、当局が拘束しました。しかし、おそらく意識をミュータントに操られたものと思われまする。姉上がこのあと本人の意識の中に潜入してみると仰せです。なにがしか、明らかになるかもしれませぬが、しかし、命令したもの自身の痕跡を残すような、おろかなミュータントはいないであろうとも、姉上は申されております。」
『ふむ。わしはミュータントではない故、そのあたりはわからぬ。まず、無事であったのは何よりじゃ。しかしその件は姉上にお任せして、総督、そなたは帰ってまいれ。今日にも。仕事はいくらでもあるのじゃからな。まだヴァイオリンとかピアノとかをやるお積りか?』
「はい、陛下。あれは、帝国民に対して重要な意味を持つのです。本日王国に戻ります。しかし、帝国として、学校襲撃の件はどうなさるのじゃ?」
『間もなく、犯人一味に対しての非難声明を出す。帝国の捜査官をただちに二人派遣する。そちらの政府と協力し、犯人を捕獲する。そういう事じゃ。そなたは早く帰って参れ。第二タワーが、主を待っておるのじゃ。・・・先日の件で、こだわりがあろうのう。」
「いえ、陛下。わしは陛下に忠誠をお誓いしておりますゆえ、腕輪の件は気にいたしませぬ。お戯れであったと思いまする。」
『そうか。しかし、姉上はどうかのう?』
「姉上とわしとは、現在あまり仲が良くありませぬ。」
「ふうん。ははは、まあよい、では待っておるぞ。』
「はい、陛下。」
道子は通信機を切った。
『まあ、あの腕輪は二度と効果がないと、お姉さまはおっしゃっておる。陛下がそこを知っているのかどうかはわからぬが、ダレルさんは当然分かっておるじゃろう。次に何をやって来るのか。とにかく連絡を付け直接会わねばならん。おそらく陛下は連絡方法を知っておるじゃろうが、確かに危険でもあるな。ブリューリが出て来るやも知れぬ。わしに阻止できるか?』
道子は自分の楽器を取り上げて、練習を再開した。
カール・ニルセンの協奏曲である。
いくらか狂気に近いような形相で、彼女は冒頭のカデンツァを弾き始めた。
またここに、いつ戻れるのかは、弘子が言う様に見当がつかない。
そこで、今日も大忙しの吉田さんから呼び出しが掛かった。
「予定を早めて、学校にご挨拶に行かれるのですね?」
「ええ、集会が終わったあと位を狙ってね。3時が目標。」
「承知いたしました。では準備を。」
「学校には、いま、明子お姉さまが行ってらっしゃるわ。」
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理事長先生が、単なる挨拶ではない話しをする為に、ここに立つのは、学校説明会と入学式と、それから卒業式くらいのものである。
だから、これは異例の事態だった。
「では、理事長先生から、まずお話があります。」
教頭先生が告げた。
明子はステージに登場した。
ここは、本格的なコンサートホール形式の作りになっている。
生徒たちは、けっこう豪華な客席に腰かけ、入口で配られたさまざまなパンとジュース類を握っていた。
また、集会が終わったらすぐに帰宅できるように、各自かばんや手提げ袋を準備していた。
生徒たちだけではなく、連絡を受けた多くの家族たちも、後方の席に座っていたのである。
「皆さん、こうしたお話をするのは、残念で仕方がありません。昨日、三年生のクラスで、非常に異常な現象が起こりました。ネットにも流出したしニュースでもすでに流されたので、多くの方がご覧になられたでしょう。一人の生徒の頭上に、突然核ミサイルと思しきような物体が出現したのです。ああ、これがその映像です。」
ステージのスクリーンに、その物体だけが大写しにされた。
会場内が沸き上がった。
「これは、そのクラスの全員が目撃しました。また、教師も同様に見ていました。これがいったい何だったのか?何らかの手段で集団的な幻覚を見せられたのではないか、あるいは先進的な技術で、空間に映像を投影をしたのではないか?という見解もありました。けれども、こうして写真に写っておりますし、室内の大気の分析やこの映像の分析から、虚像ではなさそうだ、という報告を受けています。でも、まだ真相は分かっておりません。さらに、お昼の休憩時間に、同じ生徒が、暴漢に襲われました。幸い、本人の方が大分強かったようで、逆に撃退して犯人たちは全員逮捕されました。警察のお話では、彼らには、襲撃した記憶はあるが、なぜそのような事をしたのかは全く分からないと言っているのだそうです。その時は、それが正しい事だと思っていたとか。まずあり得ないお話ですが。幸い本人にも、また付近にいて目撃していた二人の生徒さんにも、けがなどはありませんでしたが、精神的なショックは非常に心配です。カウンセラーにも対応していただいております。これだけでも、もう非常事態なのですが、本日午前11時ごろには、我が国のジェット戦闘機が上空に現れまして、本校めがけて、なんとミサイルを実際に発射したというのです。多くの目撃者があり、撮影された映像も出て来始めていて、これが事実であることは、間違いがありません。幸い、ミサイルは海上にそれて空中で爆発し、生徒さんにも、また一般の国民にも被害はなかった模様です。わたくしは政府に先ほど電話で抗議し、あすには直接訪問いたします。なぜ、政府の攻撃機がわが校を襲撃したのでしょうか。今のところはっきりした説明はなされておりません。数日以内に、保護者集会を改めて開催し、状況のご説明を申し上げますが、まずは、大きなご心配をお掛け致しておりますことにつき、深くお詫び申しあげます。」
会場内は、再びざわざわとした。
「また、まだはっきりはいたしませんが、少なくとも、最初二回の攻撃対象になった生徒が、私、理事長の妹であったと思われますことについて、生徒さんまたご家族の皆様方を巻き添えにしてしまったと考えられることについても、深くお詫び申し上げます。真相がどうでありましても、このまま登校を続けさせることは適当ではないだろうと、私は思っております。ただ、その先は、妹には、国籍上やや複雑な事情がありますので、本人の本国とも協議は致しますが、当面、登校はさせませんし、復帰はかなり困難だろうと考えております。本国の学校に転校させる事が妥当な気がしております。」
再びざわざわとした。
「質問良いですか?」
家族席から発言が出た。
「はい。どうぞ。」
一人の女性が立ちあがった。
「あの、畏れ多くも、理事長様は皇帝陛下並びに総督閣下の姉上様であらせられます。このような事態は、我々家族としても許せないわけなのですが、弘子様には、あの実名ですみません。有名人なので。罪はないはずです。一部のミュータントか不感応者か背徳者の仕業で、ご本人様の、退学などの事態が起これば、皇帝陛下や総督閣下に対しての恥となる行為ではないでしょうか?逆に帝国からの、なんといいますか、お叱りなどが、実は心配です。すでに、お怒りかとも思いますし。ここは、それは避けるべきだと、私は思いますが。弘子様にも、ぜひわたくし共の真意を汲み取っていただきたいのです。この『日本共同州合国』を、見捨てないでください。」
拍手が上がった。
『ふうん。皇帝と総督の怒りという『事態』は、確かに人々の恐怖を実際に生んでいるわね。効果はてきめんだったわけよね。』
弘子は、一応満足だったが・・・。
『ちょっと、何だか芝居がかってしまうなあ。もう少し自然体でお付き合いできなきゃあだめだな。今夜、また少し修正しますか。』
「はい。ご意見承りましたが、さらに本人とも相談してみましょう。なお、その、我らが『総督閣下』でありますが、こちらはすでに転校が決まっておりまして、『皆様にご挨拶もしなくて申し訳ないお許しください』との伝言をいただいておりますので、ここでお伝えいたします。また、実は急なことで恐縮なのでございますが、実は今、実家においでになっております。今回は個人事情による非公式訪問でありましたが、この後三時前には、『総督閣下』が学校に、ごあいさつに訪れます。」
「おおー!!」
「ナントー!」
などの声が、生徒からも家族からも上がった。
「もし、お時間があれば、校庭でお迎え、また、お見送りを頂ければと思います。『総督閣下』はそのあとすぐに帝国にお戻りになられます。今後の来日予定は当面ございません。では、集会を続けます。さらにご意見等は、この後校長先生のお話があり、最後に少し討論時間を取りますので、そちらでどうぞ。では、校長先生に代わります。」
明子はステージから降りた。
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ブリューリは、椅子に座ってテレビを見ていた。
この怪物が、人間形態も自由に取れることは、火星の支配をしていた時代から、何も変わってはいない。
ただ、特殊な小さなチップを、体内に埋め込んでおくことで、ブリューリ特有の信号を隠してしまっているから、あのやっかいなアニーなどにも発見されることは、まずないだろう。
『とはいえ、用心の上にも用心が肝要だな。相手がへレナじゃあ、気は抜けないさ。まあ、もう少しゆっくりしてからだな。どれ、温泉でも行ってみるかな。』
彼はパソコンで、ある有名温泉に、宿泊の予約をしはじめたのである。
当然ながら、彼は日本に滞在していた。
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