わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第三章
弘子は、がむしゃらに練習した。楽器演奏の鍛錬と言うものには終わりがない。
一日さぼったら能力が半減する。
まあ、そこまで言わなくても、すでによい音が出にくいような気がする。
二日もさぼったら、指がうまく動かなくなる。
まして、今回の相手はシベリウスである。
一切の手抜きは、すぐに白日の下にさらされ、手が付けられなくなる。
恐るべきコンチェルトなのだ。
地球征服と「シベコン」は、事実上両立不可能なのである。
案の定、納得できない。
「これじゃあ、ものにならないわねえ。もう一回、徹底的に分解整備!」
弘子は、冒頭から、細かく分割しながら、やり直しを始めた。
その状態において、無慈悲にも電話が入ったのだった。
大使館の大使である。責任上拒否は出来ない。
弘子は、長い髪をちょっと梳きながら、美しく輝く薄い褐色の腕を電話機に伸ばした。
『お忙しいところ、誠に、恐縮ではあります。第一王女様、緊急のお知らせです。』
「まあまあ、大使様、いま練習しておりますのよ。あなたもおいでになってくださるでしょう、今度の演奏会?」
『は、是非そうしたいのですが、事態が流動的であります。本国からの緊急連絡によりますと、皇帝陛下が、国王様を、逮捕なさいました。』
「は? た・い・ほ?」
『はい、そうです。『第三王女様』としてではなく、「皇帝陛下」としての、逮捕であります。』
「むむむ、それはまた、思い切ったことをやったわね。」
『はい。そうなのですが、実は「第一王女様」へのメッセージも、同時にいただいておりまして・・・』
「どんな?」
『はい、あの、どうかお怒りになりませんように。『第一王女様には、今回の事態に一切介入しない事。万が一、そのような事があれば、ただちに拘束いたします。』あの、以上で・・あります。』
「ふうん。そう、わかったわ、大使様ご苦労様です。でもね、わたくし、現状で口をはさむ余地はございませんの。ご心配なく。なので、練習に専念させてくださいね。じゃあね。」
弘子は勝手に電話を切った。
「やっぱり怒ってますなあ。」
大使は、一等書記官に向かって言った。
「まあ、そうでしょうね。しかし、状況は微妙ですよ。国王が異例の声明を出されたが、「非常大権」については、何もお述べにならなかったのです。」
「第一王女様の立場が不明確ですな。」
「そうです。しかし、国王自らがお立ちになったのですからね、その結果、帝国に逮捕されてしまった。第一王女様は国王の意向に沿った対応をしないと、下手したら国内的にはクーデターですよ。しかし、帝国からはお尋ね者です。」
「第三王女様は、動くなと言ってきたわけだから・・。」
「ええ、おそらくそのあたり考慮されて、第一王女様に、軽率な行動はするなと、動くのを止められたわけです。第二王女様のご意向かもしれないですね。」
「しかし、われわれは、帝国の反逆者かい?」
「はい、このまま、下手したら。」
「それは、まずいだろう。皇帝への忠誠心を見せなければ。先がなくなるかもしれない。」
「どうやって?」
「第一王女の身柄を『保護』するんだよ。大使館でね。」
「また?」
「そうさ。」
「来ないでしょう、絶対。今回は・・・」
「だから、行くんだよ、こっちからね。第一王女様の予定を調べて、適当なタイミングを把握してください。」
「ああ、分かりました。でも、相手は男十人、素手で放り投げてしまう強豪王女様ですが・・・」
「しかたないから、あいつを連れて行ってくれ。それなら、なんとかなるさ。それと、本国とよく連絡し合って、侍従長と教母様の動静を掴んでおいてほしい。」
「分かりました。」
第一王女が、練習を再開しようとした瞬間に、また電話が入った。
今度は、王宮からだった。
『第一王女さま。侍従長ですよおー。』
「はいはい、じい、お元気?」
『いえいえ、もう疲れ切っております。よろしいですかな?』
「まあ、良くも悪くも、じいのお話を聞かないわけにはゆきませぬ。」
『まあ、そうですな。いやあ、参りましたなあ。今回は。』
「そうですね。お父様は、いずこ?」
『はい、帝国が『特別収容所』を接収しました。その、中央監房にいらっしゃるようです。』
「接収って、何が根拠なのじゃ?」
『皇帝陛下の、「緊急時特別勅令」とか。』
「うそ。そんなやり方、指示してないわ・・・ダレルか。てめぇ、くそめ!。」
「王女様、お言葉がよくございません。』
「ああ、失礼いたしました。つい・・ね。まったく、ロボットにでも改造するする積りかしらね。まあ、「女王」として強制的に解放させることは可能だけれど、それでは、最初から内紛になってしまうわ。でも、おかしなことだけは、やらせちゃまずいわね。」
『はい、心配です。ダレルさんは、お若い頃よりも、ある種の、『卑怯』な手を使うようですな。』
「ええ、まあずっと地下暮らしだったから、ひねくれたとしても、無理もないけどね。」
『やはり、王女様に、似てこられたのではないかと。』
「じいじ、じいが、そのようなことを・・・まあ、あの、リリカ様とも、確執があるようだし。わかった、この際、リリカ様に連絡を取ってみるわ。」
『お願い申し上げます。』
「じい、お願いだから『不死化』の処置を受けてください。生きてらっしゃるうちに。」
『まあ、そのうち。』
「いいえ、命令を出します!」
『まあ、そうなれば、仕方ないですな。しかし、永遠に生きたまま苦労するのは、どうもねえ、それよりも、『真の都』に、すっきり入れてやっていただきたいものです。じいのお願いです。』
「むむむ・・・」
『ははは、まあでは、また、その様子を知らせてください。』
「ええ、わかりました。」
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第二王女、つまり総督閣下は、ヘネシー皇帝の前にひざまずいていた。
「多少手荒じゃが、仕方あるまい。これで、恐らく大使は、姉上を拘束するであろう。」
「はい、あの大使なら、そうすると思います。」
「では、この腕輪をそなたに託すから、姉上の腕にもはめるのじゃ。そうすれば、心底、我が良き僕となってくれるじゃろう。」
「ええ、では、すぐに東京に行きます。」
「頼むぞ。総督。」
「はい、陛下。」
ルイーザの右腕には、すでに、それとそっくり同じ腕輪がはめられていた。
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アリムは、王国の奥深くに潜入していた。
「取調官長」は、いくばくかの疑いをぬぐい切れてはいなかったが、アリムを部下として使う決断をした。
アリムは、自分は未来人なのだと言う。(ジャヌアンと名乗ることもあるらしい。)
目的は、第三王女、すなわち、地球皇帝の暗殺。
「地球帝国成立祝典」の最中に、暗殺するという。
アリムによれば、このままならば、歴史において、「取調官長」は、三か月後に処刑されるのだという。
お互いの利害の為に、協力したいと言うのだ。
アリムの意識は洗脳されて、「取調官長」に忠誠心を抱くようになった・・・はず・・だ。
上手く行けば、彼を「地球帝国」の指導者の一人として扱うように取り計らうという。
つまり、「地球帝国」の支配権を、第一王女に手渡す手筈なのだと。
まあ、一般的に考えて、なぜ第一王女が、妹二人によって排除されたのかは不思議だった。
こうした陰謀があって、むしろ当たり前だろうと、彼には思われたのだ。
ただし「取調官長」は、あまり自惚れするタイプではなかった。
どちらかと言えば、すべてに懐疑的であり、ニヒリズムの体現者のようなものだった。
だから、トップに立ちたいなどと言う思い上がりは持っていなかったのだ。
適当な、安全な地位があれば、それでよい。
後は、好きな「音楽」を聴くことができれば、幸せである。
彼はモーツアルトが大好きであった。
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「リリカ様、ご機嫌麗しゅう。」
『まあ、ヘレナ様。ご機嫌麗しゅうございますか?』
「それがさっぱりなのよねえ。リリカ様、ダレルが良からぬことを企んでるのを、ご存じないですか?」
『ああ、やはり、なにかしでかしましたか?』
「やはり・・・ですか。そうなんです。妹たちが、お父様を逮捕した様です。もし、わたくしが口出ししたら、拘束するとか、脅してきてます。お二人の考えと言うよりは、ダレルさんが糸を引いているのでしょう。で、たぶん大使様は、わたくしを、大使館あたりに、連れ込む決断に至るでしょう。大方、どこかの路上で拉致する考えでしょうね。お父様がお出しになった『声明』のことは、ご存知ですか?」
『ええ、先ほど届きました。しかし、国王様は、おそらく、あなたの事を考慮して、あえて、そのようなことをなさったのでしょう。』
「そう、思いますか?」
『はい。そうだと思いますよ。詳細は解りかねますが、世界に呼び掛けると同時に、あなたには『緊急警報』をお出しになった。よほど切迫した何かがあるのではないでしょうか? いま、捕まったらだめです。少し身を隠すべきです。すぐに「忍者連絡艇」をお出しいたします。お屋敷の上に行かせますから、脱出してください。』
「いま、どこにいらっしゃるの?」
『月の裏側です。』
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「第一王女は、このあと演奏会の打ち合わせで、「首都パーラーパレス・アナザー」に向かいます。
一等書記官が、大使に告げた。
「途中で、確保可能かな?」
「ええ、大丈夫でしょう。大通りに出る直前に、身柄を確保しましょう。」
「よし、じゃあ、頼む、ああ、夕食は第一王女様好みのものをね。お酒も。」
「はい。」
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弘子は、屋敷の屋上に身を隠していた。
手には、大切な楽器を抱えている。
「アニーさん。わたくしが脱出した事は、絶対内緒よ。ルイーザにもね。いい、何かの干渉があっても、負けるな! この件は記憶消去。特別指示。『銀座は今日も、退屈よ。あらま!』。わたくしが、いいというまで、しばらく忘れなさい。」
『アニー了解。』
突然上空に飛行艇が出現した。
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吉田さんは、ヘレナ用の送迎自動車を、『フィガロ』を口ずさみながら運転していた。
大通りの手前で、突然数台の大型乗用車が現れて、行く手をふさいだ。
「ハぁーイ。降りてクラサイな。あれ、王女様はドコレスカ?」
とてつもない大男が言った。
「さあ? ぼくは、回送中ですよ。」
「シマッタか。車、回ワセナサーイ! ウワ!オー。」
超大型トラックが、前と後ろから突っ込んできた。
「こらー、どけろー、回るんじゃい、どけーやー!」
前の運転手が叫んだ。
「なにおー、てめえ、こちとら江戸っ子だーい。そっちが先にどきやがれー!」
「なにおー!」
近所中の窓から、戸口から、人が覗きだした。
「あっらー、松村さんの運転手さん。どしたのお?」
ラーメン店の奥さんが吉田さんに呼びかけてきた。
吉田は、前と後ろを指さしながら言った。
「お手上げだよ!」
「オー・カミサマ、無慈悲ナアコトレス!」
大男は叫んだ。
パトカーのサイレンが、近づいて来ていた。
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