わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第二十九章
杖出首相は、別に宇宙空間に出てしまった訳でも、異世界に連れて来られたわけでもなかった。
すなわち、ここはタルレジャ王国の北島列島にある小さな島だったのだから。
とは言え、この島の成立過程は自然なものではなかった。
かつて超巨大大陸パンゲアにあったこの『パレス』を、女王はそのままここに持って来て島にしてしまったのである。
ほとんど、今ではおとぎ話の世界なのだけれども。
実を言えば、『ホテル』も『温泉地球』も同じように、この群小離島の中に移設されて来ていた。
それぞれが、王室や教団の保養所や研修所として活用されているわけだ。
二億五千万年経っても、そのまま使える建物など、地球人の建築物ではちょっとあり得ないが、そこは女王様の作った建物なのだ。
もちろん、地球人の技術も、すでにばかにはならないものになって来てはいるから、今では宇宙空間から地上にある大概のものは見えてしまう。
北島本島や、北の北島、北の北の北島などの施設の一部は、巧妙に隠されていたが、『パレス』や『ホテル』などはそういう訳でもない。
一部のカルト系知識人や、タルレジャ王国マニアからは、『これらもただ物ではない施設に違いない』と指摘されていた。
『第一これらの島には、小型のボートが着く程度の簡易な桟橋しかなく、こうした巨大な施設がいつ建設されたのかもまったく資料がない。中世後半に漂着した欧州人が残した記録には『小さな島には、信じがたいほど巨大な建物が見えた。天に届くような姿だった。』などという記述が残っている。
また南島の18世紀の科学者は『北島のはずれには、紀元前からの巨大建築物があるが、どうしても王室に見せてもらえない。北島の住民は知ってはいるが決して話さない。』と書いている。
南島のある飛行機乗りは、20世紀前半に、これらの島の上を飛行しようとしたが『見たこともない、プロペラさえない飛行機が近づいてきて、進路を遮った。あきらめなければ落とされていただろう。』
と、王国のマスコミに証言した。』
など、さまざまな記録が実際にあるのだ。
もっとも、現在王室はこうした建物の存在は公式に認めていて、『王室と教団が使用する保養研修施設』と言っているが、建築年代などの詳細については、一切発表していない。
そこでマニアたちは『この施設の地下には、恐るべき秘密があるのだろう。軍事基地があり、そこにはかつて火星から移住してきた時に使った宇宙船も収蔵されている、また秘密の交通機関があり、世界中にその出入り口が隠されているのだ。』などと想像している。
しかし、実のところ、必ずしも、これらは大きな見当外れでもまんざらない、というところが、この話の良いところなのである。
杖出首相は、実に美味しい食事の後、庭に出ていた。
「ぼくは学者じゃないが、これらは裸子植物で、現在は絶滅したものばかりとみた。まあ、確かじゃないけどな。ふうん・・・いったいどこから持ってきたんだ?」
庭園は結構広い。
ぶらぶらと散歩していると、一人の老人がスケッチをしているではないか。
「あれ、貸し切りじゃなかったのかな?」
首相はつぶやきながら近寄って行った。
「これはね、いわゆる大陸移動説の証拠になった『グロッソプテリスの葉っぱ』の元の樹ですよ。よく残っているでしょう?」
「あなたは、どなたですか?」
「ここの施設長です。よろしく。ご挨拶にもゆきませんでしたが、まあこれは公式な外交ではないので勘弁してください。ぼくは苦手でね。格式ばったことは。もともと反体制派の、やな人間なので。」
「はああ。体制派は、アッという間に反体制派に変身しますからね。」
「そうです、そうです。時の流れは残酷なものですよ。ぼくなんかも、時間の流れに囚われてしまった。」
「ふうん。あなたは様々な事をご存じなのでしょう。火星の女王とは誰ですか?」
「わからないのです。誰も知らない。二億五千万年前に女王はいったん滅んだ。とされていますがね。事実は謎ですよ。」
「じゃあ、今言われている女王は誰なのですか?」
「まあ、女王は不死なのです。だから、闇から復活したのかもしれない。偽物かもしれないが。」
「よくわからないなあ。第一王女様とは、何なのですか?」
「第一王女は、女王の生まれ変わりとも言われますが、それはあくまで比喩でしょう。しかし、大いなる力を継承していることは事実だと思います。魔女ですよ。事実です。気を付けた方がいい。火星が滅亡したあと、ビュリアと言う魔女がこの地に王国を作りました。これはあなた方には知られていない事実です。そうしてタル・レジャ教を創始しました。ビュリアの中には女王の意志と力が宿っていたと、私は考えています。それが女王そのものかどうかは、はっきりしないのですが。まあ、これだけ時間がたてば、すでにすべては混とんの中であるはずですが、実際、今の王女は、ビュリアの子孫ですよ。その力は絶大だった。ちょっと、とぼけたようなところもある女だったが、その魔力はすさまじかったのです。」
「あなたは、なぜ知っているのですか?」
「そりゃあ、本人と知り合いだったからね。」
「はあ?二億年以上前の?」
「そうそう。二億年なんて、経ってみりゃあすぐですよ。」
「ううん。ここは全体どこなんですか?」
「まあ、お話しましょう。ここはタルレジャ王国の北島列島の中の小さな島ですよ。」
「ばかな、飛行機にさえ乗っていないのに?」
「そこが、王女様なのです。」
「非科学的、まやかしでしょうなあ。よくできたセットだが。あの大金持ちなら、何でも可能だろう。」
「まあ、この木を調べてみて下さい。標本を採ってもいいですよ。画期的なものになるでしょうなあ。それに首相、あなた、たとえ東京駅にだって、あそこから行けてないでしょう?」
施設長は、どこかに歩いて行ってしまった。
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真夜中の、海沿いにある廃工場の地下。
だいたい、映画でもこういうところに、怪しい軍団は潜むものだ。
とはいえ、ここは松村家の関係会社が保有している土地である。
割と奇麗に整備されていて、工場内はすっきりとしている。
最低限の照明が灯っていた。
地下に降りる階段も、けっしてぐらぐら状態などではない。
さらに、地下事務所は「よくない娘」たちの、『ねぐら』などと言うイメージのものではなく、ちょっとした金持ち宇宙人の「地球侵略基地」より、よほど高級な場所になっていた。
そこに、同じ制服姿の女子たち、約30人ほどが、ずらりと整列していた。
軍団リーダーが訓示を述べているところであった。
「諸君、今日は『組長』と『副組長』、お二人でここにおいでになる予定じゃ。このようなことは、初めてなのじゃ。「そそうの」ないようにしてほしい。ワイの顔を潰さんようにしてほしい。」
「あい!」
全員が叫んだ。
「今日は、なにか特別作戦の指示でありますか?」
一人が質問した。
「ワイにもわからん。直接聞いてほしい。」
「あい!」
また全員が叫んだ。
その時、吉田さんの運転する車が地上に到着した。
双子の姉妹は、工場内に入り、階段を下りた。
『敬礼!』
リーダーが叫ぶ。
組員全員が軍隊式の敬礼をした。
その中を、双子は歩いて行った。
もちろん素足のままである。
しかし、髪は虹色に染められ、大きなサングラスを着用している。『学ラン』に『軍服』が合体したような大きめの制服を着用しているので、ちょっとこれが弘子と道子とは認識しかねる。
弘子が一段高い壇上に上がった。
全員を見まわすその姿からは、恐怖の威厳が実際に発散していた。
それはすさまじい、目には見えない、光の圧力のようなものだ。
組員の少女たちは、後ろに吹き飛ばされそうな力を感じて、それに耐えていたのだ。
『あなたも、これからこうしなさい。お手本よ。』
弘子の意思が、道子に伝わった。
「休め!」
リーダーが叫んだ。
「皆、元気であろうな。初顔もあろうから挨拶しておく。わしが、組長のヒトミじゃ。こちらが副組長のジュンコ様じゃ。今日は、特に頼みごとがあってこうして参ったのじゃが、まずは副組長が挨拶する。」
道子が壇上に上がった。
「ああ、わしは『紅ばら組』組長ハシモトヒトミの妹、ジュンコじゃ。二人で来ることはこれまで無かったが、今日は特別じゃ。組長の話をよく聞いてもらいたい。これは、いわば地球規模の作戦じゃ。わしからは、それだけじゃ。」
『ふうん、威厳が足りない。もっと『気』をしっかり出しなさい。後でまた機会を与える。』
弘子が批判した。
『はい。』
「さて諸君、地球はいま、新しい地球帝国として生まれ変わることになった。諸君は、この先、秘かにこの首都の状況を確認し、わしや、副組長が今後指示する対応を的確に行ってほしい。諸君は特別な待遇の元に置かれることになる。それなりの報酬も与えられるじゃろう。ただし、諸君の立場はあくまで極秘じゃ。よいかな?」
「あい!」
「よろしい。では、概略を指示する。諸君の対応する相手は、この首都の全住民じゃ。とはいえ、この人数では到底対応できまい。そこでこの先、組員を拡大する。さらに、この組織を全国に拡大する。諸君はその先駆けなのじゃから、誇りと自信を持ってほしい。」
「あい!」
「諸君の究極の指導者は、『女王様』御自らなのじゃ!帝国ではない。」
「おおおおお~~~~!!」
「しかし、それも極秘じゃ。あくまで、わしと副組長に従うのじゃ。ただし通常は、リーダーに任せる。あとで細かい話があるじゃろう。」
リーダーが肯いた。
「今日は武器を与える。ただしこれでは、人は殺せぬ。体を麻痺させることまでしかできん。それでも扱いは難しい。使用方法は、リーダーが後で説明するじゃろう。」
弘子は、その銃を取り出して見せた。
「あい!!」
「ここに、ひとりスパイがおる。」
弘子は、突然一人の少女に向けて、その銃を発砲した。
「おお!」
少女の体は、まったく動けなくなってしまった。
しかし意識はある。
「そやつは、ある政府のスパイじゃ。尋問して、記憶を消去し、放り出すがよい。やり方は、リーダーに指示してあるが、ケガをさせてはならんぞ。それはわしらのやり方ではない。」
弘子は、その後いくつかさらに訓示をした。
「では、最後は副組長からじゃ。」
道子が右手を上げて大声で叫んだ。
「では、諸君、諸君は誇り高き『紅ばら』として、『紅ばら組』の掟に従い、闘う事を誓うのじゃ!」
不思議と、先ほどよりも、はるかに気合いが入った。
「おお!!」
「『紅ばら万歳!』」
「『紅ばら万歳!! 紅ばら万歳!!』」
全員が叫び声をあげた。
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もう、明け方近く。
弘子は・・・ヘレナは・・・・全地球を包み込んで、人類を再洗脳した。
ただし、ほんの少しだけだ。
皇帝陛下と、総督閣下の誇らしい姿を、また二人に対する強い従属欲求を、さらに強く印象付けただけである。
雪子は、また弘志の意識に少しだけ手を加えた。
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翌日、はたして弘子は登校して来るのか?
皆の興味は、またそのことに集中していた。
だから、ほとんどの生徒が早く登校してきていたのである。
学校側は、休校措置も考えてはいたが、生徒の特質から言って、休校すると補習がさらに必要になる。
警察側は、休校してほしいと言ってきていた。
しかし、理事長が(明子が)、休校はしないと判断した。
おかげで、かなり多くの警察官が、この学校の為に動員されて来ていた。
生徒の顔をよく知っている先生方も、大勢が学校の周囲に立たされていた。
厳戒態勢になった。
実際のところ、弘子はいつものように高級車で登校してきたのだが、アンジの姿はいまだ見えなかった。
彼女が行方不明になっていることは、すでに学校側も把握していたようだが、生徒たちには、もちろんまだ知らされていない。
ミアは、弘子の席に寄って行った。
「あの、話しかけていいですか?」
「あら、おはよう。どうぞ、そうぞ。」
「弘子、大丈夫?」
「はい、まったく。あなたの方こそ心配だわ。くっこは?」
「まだ来てませんよ。」
「そう・・・でも、まあ来るさ、きっとね。」
そう言っている間に、くっこが登校してきた。
「おはよう!」
「おはよう!アンジは?」
「来てないの。」
「そうか・・・」
二人は会話を交わした。
しかし、弘子はちょっと考えていた。
「札幌かあ・・・・・」
シモンズは、契約通りに、きちんと情報を送ってきていたのである。
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