わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第ニ十六章
絵江府大臣は、各閣僚との話し合いの後、全員で官邸に向かった。
言うまでもなくなく、杖出首相に辞職の進言をするためである。
何時の間にか、野党の党首も合流していた。
もし、聞き入れなければ、野党と共同で衆議院で内閣不信任案の決議を目指す。
現役与党の大臣たちがそう言うのだから、常識ではあり得ないことがらだ。
内閣総辞職の後、政党の再編・相互協力を行って、絵江府大臣を中心とした挙国一致の新政府を発足させようとの算段であるらしい。
もちろん、火星帝国への全面的な支持を表明することになるだろう。
こうした行動が、第一王女の意向と、その能力によってもたらされていることは明らかな事実だが、なぜかそうした意識は、彼らにはほとんど無かった。
自主的にやっているのだと、信じているのだから。
ところが、総理にはすっぽかされてしまったわけである。
「どこに行ったんだ?」
絵江府大臣は、おかんむり状態になった。
「それが、秘書と一緒に出掛けたことは確認できましたがね。警備を強化する前だったので、ぬかりましたかなあ。われわれの罷免は、彼の任意で可能だから。」
四日総務大臣が申し訳なさそうに申し出た。
「同じことさ。すでにね。しかし、秘書?なんだそれは?」
「『不感応者』の秘書がいたようですな。もっとも、不感応だから秘書になれないということは、ないですからな。今のところは。」
「けしからん。改善が必要だ。」
「ええ、まあ新内閣でということになりますが。」
「しかし、どっちにしろ、やっかいだな。探さないわけにはゆかないが、死んだわけでもない。」
「対策を考えましょう。総理が行方不明と言う事態なのか。ちょっと、外に出ただけなのか、まだ分からない。こちらの動きを察知した可能性もあります。ただし、圧倒的な国民の意思があるのだから、彼には逃げ道はないですよ。」
「ふうん。研修所送りとか、再教育とか、そうした荒っぽいことは、まあ避けて、どこかの田舎でゆったり楽しく引退ということで、なんとか納得させたいものだからな。携帯に連絡できないの?」
「はあ、電源が切れてます。」
「あの、大臣・・・」
職員の一人が申し出た。
「なにかね?」
「ぐるぐる巻きで監禁されていた秘書を、首相公邸の『開かずの間』で発見しました。睡眠薬でぐっすりお休みだったようです。」
「『開かずの間』?あの伝説の?」
「そうです。まあ、いろいろと。」
「ふうん。話ができるか?」
「あと半日くらいは無理でしょう。」
「じゃあ、付いて行った秘書は誰なの?」
「さああ?」
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オムライスなる料理を、最初に誰が作ったのかは諸説あるようだが、松村家のいわゆる「レジェンド」料理長(もちろん本名もあるらしいが)の作るオムライスは、基本的にはチキンライスにオムレツを乗せ、その上から、料理長秘伝のソースをかけた、まあ割と当たり前のものである。ただし、『第一王女』、つまりここでは弘子さんだけれど、だけには特別変形メニューがあるらしいという噂が、家庭内では飛んでいた。これは『伝説』であって、事実ではないのかもしれなかったが。
それでも、この国内においては、あくまで『王女』ではなくて、ただの高校生であることが『基本』とは言え、さすがに家族全員がタルレジャ教徒である家庭内で、『第一の巫女』さまを、必要以上に詮索することは、けっこうはばかられていたことも確かなのである。
しかし、そこを踏まえたうえで、なお、第二王女がこの件を詮索したことが、かつてあった。
第二王女だって、『第二の巫女』さまであり、タルレジャ教徒にとっては、神様のような存在なのだ。
道子は、料理長を直撃したのだ。
『食』の面で、絶大な権力を家庭内で持つ料理長も、この二人にはかなり弱い。
夕食に食べたいものの希望があれば、前の日の昼ごはんまでに、料理長に申告しなければならず、例外は無しとされている。朝ご飯とお昼ご飯は、文句不可である。
まあ、他の兄妹姉妹たちは、みなそうである。
しかし、『双子』だけは、秘密に(みんな知っているけれど)相当の我儘が通っている。
これは、二人の置かれた状況が、非常に厳しい、超過密スケジュールの中にあるため、料理長が見かねて取っている『やむ負えない措置』なのだった。
「ぜひ、作り方を教えてください。」
ある日、道子は喰いついた。
「はいはい。ですのよ。ほら、こうして、こうねよね。」
料理長はあっさりと作って見せた。
「問題は、ソースと具ですわ。特に弘子お姉さまのレシピ。」
「ソースの作り方は、秘密だよですよ。」
「お肉は?普通は、ほらチキンでしょう? お姉さまの『トクオム』って、何が入っていますの?」
「おやまあ、その言葉、どこで聞いたのですか?ふんふん。それも秘密ですだよですよ。」
『そんなこと、言わないで教えてください。」
「だ~め! 第一王女様の許可、出ないとだめなのねよねよ。」
「けち!」
「はいはい。レジェンドは昔から『けち』でありますのですのよ。」
そこで、今夜は道子が姉に尋ねていた。
「お姉さまの、トクオム?」
「ぶ!ぶ!それは、禁句ですわ。」
「あら、どうして?いまここには、二人しかおりませぬ。良いではございませぬか。今やわたくしは、お姉さまご自身なのですから。でも、わたくしの頭の中に、その情報はございませんの。」
「ふうん。まあ、そうね。じゃあ、帝国の創立セレモニーの後で、教えて差し上げましょう。その際は、トクオムどころか、お約束のメインメニューもですわ。」
「おお。やったあ。楽しみですわー。」
「料理長にも、王国に同行していただくつもりでは、おりますのよ。」
「おお。素晴らしいですわ!」
「はいはい。まあ、それにしても、わたくしが想定していたよりも、ずっとややこしい事態になりましたわ。」
「お姉さまは、いえお母様は、ミュータントの出現は必然だとおっしゃっておりました。」
「そう。必然。アンジがそうだとは思っていなかったけども。」
「どのくらいの人が、そうなっているのでしょうか?」
「副作用でミュータントが出現する確率は、アニーの推測では50万人にひとりです。しかし、どうやら地球人の出現率は、もっと高いようです。そこには、どうやら、何がしかの操作が潜んでいるのだ、と、わたくしは考えております。つまり、かつて誰かが、地球人の中に、秘密裏に、そのような資質を、あらかじめ植え込んでいた、と思いますの。いまさらですけどね。」
「誰が?」
「さあて、そこですわ。そのような事を行う力と機会とを持っていたのは誰か?」
「ダレルさん、リリカさん、その腹心だった、ソーさん、アリーシャさん・・・」
「ええ。まあそこは確実にあり得るけれど、しかしリリカがそんなことするのは考えにくいわ。彼女はまあ、良くも悪くもわたくしの『しもべ』だもの。ダレルちゃんは、だから一番怪しい。でもその動機がわからない。だって、そんなことしたら、将来自分が困るだけよ。ソーさんとアリーシャさんは、地球移住時代から、恋人同士だった。でも、ここも動機が分からない。」
「じゃあ、もしかして、それ以外に犯人が居るかもしれないですわ。」
「そう言う事かもしれないの。それは、誰か?知ってる人なのか、それとも隠れている誰かなのか?まあ、セレモニーまでには、一応の結論が欲しいのよね。アニーにもそう命じているわ。」
「なにか、ご協力できれば・・・」
「そうね、あなたはまず、偉そうにしなさい。お家の中でも外でも、わたくしをこき使うのよ。わたくしは、猛烈にあなたの下手に出るからね。絶対あなたが先に歩くのです。いい?いますぐ、ここからね。よろしゅうございましょうか?総督閣下?」
「あの、はい。わかった。」
「『あの』、『はい』、は、余計。『王室言葉形態』で命令していいわ。兄弟たちの前で、あなたが偉いんだと、はっきり示すのよ。」
「ああ、分かった。あの、なんと、あなたを呼べばよいのか、のう。」
「まあ、『弘子どの』とか、『そなた』とか、『そち』とか、『てめぇ』とか。」
「最後のは、わしの範疇ではない、ぞ。そちのじゃ。」
「は、仰せの通りでございます。総督閣下。その調子ですわ。じゃあまあ、食べてしまいましょう。それから多少練習しないとまずいわ。この状態では、スケールもまともに弾けないわよ。」
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「やましんさん、調子はいかがですか?」
幸子さんである。
「いやあ・・・・ほんとに生きててよいのか、毎晩お風呂で悩んでいます。」
「あらら、生きていてくれないと、幸子が主人公になれないじゃあないですかあ。」
「はあ、そうですよねえ・・・え?」
「そうですよ。だって、約束したでしょう。第三部の後半では、幸子が主人公として活躍するって。」
「ああ、覚えてましたか。あら、少し違ったような気も・・・」
「あったりまえ。お饅頭にかけて、誓ったでしょう。」
「そう、でしたっけ・・・?」
「そうです!」
「はあ、そうなのかなあ・・・」
「お饅頭の誓いは、何より重いのです。真田丸より堅いのです。」
「なるほど。」
「でも、第二王女様がこの先心配してますよ。ますます、怪物にされるんじゃないかって。」
「うん。まあ、そこは、まだあんまり考えて無くって。」
「え?」
「うん。まあね。」
「何を食べさせる気ですか?」
「まあ、に・・・・・」
「あ、にくまん、ですね!」
「あ!そうそう。」
「にくまん、とお伝えいたします。」
「ああ、はい、どうも。」
「お風呂で、あまり悩んじゃだめですよ。寝る前に、嫌なこと思い出さないでください。『トリウマ』になりますから。」
「はあ、トリウマですか。」
「はい!」
「ああ、そうそう、今夜はチキンにしましょう。」
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