わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第二百ニ十七回
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ヘレナ=弘子の肉体の再生を行っているのは、もちろん、マムル医師である。
かなり、ずたずたにされてしまったので、いかに借りの不死化(まだ、身体は年は取る。)をされているとは言え、通常ならば命はなかっただろう。
しかし、そこは、火星随一の医師であったマムル医師である。
すでに、ヘレナの命は取り留めていた。
それでも、肉体の再生は容易ではなさそうだったが。
さらに、不思議なことに、彼女をしても、再生不可能な領域には、寸前のところで届いていなかったのだ。
「あきらかに、暗殺者は、意図的にやったと思われるわね。」
マムル医師は、つぶやく。
この状態を知っているのは、侍従長と、教母様だけだ。
普通なら、すべてを知っていてよいはずの、ルイーザ王女にも知らされてはいなかった。
それは、ヘレナ王女の意志だったが。
公式には、ヘレナ王女は、亡くなったとされている。
しかし、宗教的に言えば、ヘレナ王女は第一の巫女であり、もちろん教義上は、教母様が上だけれど、実質的な事を言うと、タルレジャ教団のナンバー・ワンであり、国王大権が発令されている今は、事実上の独裁者でもある。
誰しも、タルレジャ教徒ならば、ヘレナ王女は不死である、と暗に考えていた節がある。
もちろん、王国の中心は南島であり、そこは日本や欧米の都市生活や常識と大差はない。
だから、いかに第一の巫女であっても、死なないことなどあり得ないと、みな認識はしている。
それでも、タルレジャ教徒ならば、一種の期待がまったくないと言えば、嘘になるだろう。
もちろん、ヘレナ王女が亡くなったとなると、それは一大事なのだ。
そこは、停戦中とはいえ、内戦状態にある王国のことであり、事実上の戒厳令にあたる、非常事態宣言が出されている。
ただし、内戦中といっても、戦闘があったのは、北島の一部だけだ。
この王国の、『異常なシステム』、と海外の民主主義国からは揶揄されることもある体制が、こういう場合には、実にうまく作用している。
つまり、南島の経済や生活には、大きな変化がないのだ。
王国政府は、北島の王室と対立状態ではあるが、そもそも王室は政治に関与しないのが基本であり、独裁者であるはずのヘレナ王女が不在となれば、政府の通常の活動に口を挟むものは、まずいない。
地球総督であるルイーザ王女は、ヘレナ王女の代わりになり得る唯一の存在だが、なぜだか、姿を隠しているし、地球皇帝であるヘネシー王女は(どちらも、まだ、暫定ではあるが。)、王国からは離れているだけに、逆に口を挟みにくくなっている。
そうなってみると、王室否定論者のパブロ議員のような、内戦を指導したのではないかと思われている改革派の立場は、いささか、怪しくなってきていた。
王国民から絶大な人気のある、ヘレナ王女が殺害されたとなると、その犯人が謎の暗殺者で、改革派の刺客ではないとしても、王国民の同情は、ヘレナ王女様に傾く。
「頭のいい子だからなあ。」
マムル医師は思ったが、彼女は医師であって、政治には関わるつもりはない。
しかし、王女の再生を行いながらも、別に頼んだわけでもない中継をあえて見ようとは思わないし、音量も最低に絞っているが、どうしても、いくらかは眼に入る。
それでも、さらに、思うところはあった。
「思うに、このお芝居には、まだ登場してないらしき、重要人物はいるなあ。嫌な予感はする。」
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火星のリリカが、心配のあまり、現場を離れて、ここにやって来ていた。
他の誰も、あそこからは出られていなかったが、リリカだけは、誰にも邪魔されなかった。
それは、当然ながら、アニーさんの行ったことであったが。
もちろん、この王立病院の、隔離された病棟には、限られたロボット看護師以外入れなかったし、リリカも別室に待機させられている。
ここでも、なぜだか中継は行われていたから(それも、アニーさんの、配慮だが。)問題はなさそうだった。
ただ、リリカは、誰かに見張られていると感じていた。
アニーさんではない。
アニーさんには、気配がないのは、分かっている。
もちろん、誰の姿も見えない。
それでも、火星人類も地球人類も、理屈には合わない感性を、いまだ持ち合わせているらしい。
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