わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第二百十二回
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タルレジャ王国内の『教育会館』とか、『教育センター』とか呼ばれる再教育機関は、自称『池の女神様』たちによって、すべて制圧されてしまった。
今は、政府は、北島側に、手を取られている。
本来、人員も少ない軍の主要部分は、そちらに注力されているし、警察は、実際に、歯がたたなかった。
ただし、北島には、教育会館もないし、アヤ姫様の祟りも、今のところ、特にない。
いずれ、これは、王国政府にとっては、大変に具合の良くないことがらである。
政教分離を基本とし、科学的な考え方を中心に社会が組み立てられてきた『南島』にとっては、特にそうだった。
『アヤ姫様』は、王国全体の、貴重な歴史の一部であり、実在した人物である。
しかし、その、亡霊というような存在が、うわさや都市伝説の域を超え、社会のど真ん中に、現実に現れると言うことは、もちろん政府にとっては、肯定不可能な事態だから。
おまけに、アヤ姫様だけではなく、世界中の伝説的存在になっている、池の女神様や妖怪たちが、多数現れているなどと、公表できるわけがない。
そこで、『テロリスト』による『攻撃と思われるが、いまだ確認作業中である』、と言わざるを得なかった。
パブロ議員は、内戦の発生が、結果的には南島に有利に働くと、計算していた。
北島は、当然、解体される。
しかし、この事態は、やはり、とにかく、まずい状況である。
マスコミは、常に自由であるべきだ、と、常日頃から主張していただけに、政府の公表とは関係なく、つぎつぎに報道される奇妙な内容には、すっかり手を焼いていた。
中には、職員が撮影した映像というものも登場していたのだ。
そこには、はっきりと、攻撃している正体不明の女神様たちが映っていたのである。
ついに、タルレジャ放送協会による、『アヤ姫様のインタヴュー』が行われる、となった時は、彼は即座に放送の中止を申し入れた。
首相は、だんまりを決め込んでいる。
それは、だから、当然、無視された。
元王女様(王国では、一番人気が高い。その点では、現在の3王女に勝る。)幽霊による、公式会見など、誰も聞いたことがない。
なおさら、価値が高い。
一方、北島側は、これも、静観したままである。
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「おかしな事態ですなあ。侍従長殿。」
滅多に表には登場しない、まだ割合に若い副侍従長が、濃いコーヒーをすすりながら言った。
現在、王女様がたの『婚約の儀』が進行しているが、侍従長たちには、ほぼ出番がない。
しかし、終了までは、寝るわけにはゆかない。
実際の出番があるのは、『教母様』(と、その一部の部下)、だけである。
警護などは、『王女様自前の警備員』(つまりは、コピー兵士たちだが。)、によって行なわれている。
「『第1王女』様はすでに、この世に、いらっしゃらないのに、粛々と儀式は行われているらしい。ぼくには、経験もないですし、聞いたこともない。アヤ姫様も、『婚約の儀』の際は、生きておられた。これは、死者との婚礼ですか? そうした例は、欧州にも日本にもあるようですが、むしろありそうな我が王国では、事例が見当たらないですな。これは、やはり、秘密の儀式の内ですか。私の知らない儀式は、山とあると思いますが。」
「そうですな。」
もう、年老いた侍従長は、けだるく答えた。
「侍従長殿は、この事態がお判りなのですか? 聞いておきたいのです。今後の為にも。そうした、一種の秘密の約束事とか、あるのでしょうか。文献など、調べても、まったくないですし。おまけに、アヤ姫様の、テレビ出演とか。なんでしょう、それは。」
『そりゃあ、こっちが、聞きたいよな。まったく。』
侍従長も、そんなことは、聞いたことがない。
しかし、相手がへレナ王女ならば、何があっても、そうおかしくはないが。
まして、火星人はすでに、現れ済みで、こんどは、金星人が攻めて来そうだとか。
さらに、太陽系の最果てから、多数の宇宙船が現れた。
そうした情報は、聞いている。
けれども、あす正式発足する、地球帝国政府も、まだ、公表は一切、おこなってはいない。
呑気に、祭典などやっていられるのだろうか。
もう、地球人類の理解を、遥かに超えているのだ。
南島育ちで、欧州への留学経験もある副侍従長には、なおさら、納得しずらいことがらばかりであろう。
しかし、彼を推薦してきたのは、他なぬ、ヘレナ王女だった。
たしかに、極めて優秀であり、信頼できる人物ではある。
『第3王女』、つまり、『地球帝国皇帝陛下』は、北島の改革に並々ならぬ熱意があった。
『第1王女』も、それに、理解を示しておられたし、自ら改革を行ってきていた。
外部育ちの、副侍従長を入れてきたのは、それなりの意図があってのことだろう。
もう一人の、副侍従長は、王室育ちのエリートである。
彼は、現在は、休憩時間である。
「あいつは、なんにも、聞いても来ないがなあ。」
侍従長は、こいつには、きちんと、答えなくてはならないと思った。
そこに、『帝国の使者』が、来ているという知らせが入ったのである。
使者と言っても、今は、もう、ここの、目の前に来ているわけだ。
王宮の裏側の丘の上に、どかんと立ち上がった、みっつの巨大なビル。
第1タワーは、皇帝陛下専用。
第2タワーは、総督閣下と、地球帝国。
第3タワーは、今のところ、公には、ほぼ空いたままである。
予定としては、やがて決まるであろう『帝母』さまの拠点となるはずである。
皇帝陛下は、姉である『第1王女様』に、入ってほしいと考えていたが、『第1王女様』は、拒否していた。
王国の王女(王子)を、トウキョウの他の兄妹などに譲る考えはない、と、して。
そのまま、あのような形で死去されるとは、まったくの、予想外であった。
あすの祭典が終わったら、国王様は、第1王女様の死を公式発表し、さらに、後継ぎを指名することになるはずだが、未だに拘禁されたままである。
皇帝陛下は、いったい、どうなさるおつもりだろうか。
日本政府も、混乱しているらしいし、各国で似たような暴動が発生しているようだ。
すべてが、あいまいなままで、侍従長にもわからないままで、みな、勝手に動いているようだ。
『教母』さまとの会見も、なぜだか、ままならない。
「いいですかな。今は、いったい、誰が王国を、また、この地球を、動かしてるのか、わからなくなっております。しかし、それが、誰であっても、すぐに対処できなければならない。そこだけは、変わらない。ちょっと、使者という方に、会ってきます。そのあと、話をしましょう。ちょっと、待っていてください。」
「はあ。わかりました。」
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「突入しますよ。」
アニーさんの声が聞こえた。
皆を乗せたゴンドラは、地中深くを、かなり高速で移動する。
王国全体のシステムを管理できる、そのアニーさんが動かしているおかげで、彼らの突入は、誰にも察知することは難しい。
異様な緊張感の中で、わずか5分たらずで、目的の島の地下に至った。
プラットホームには、誰もいない。
「まったく、日本の怪獣映画そのものだな。」
シモンズがつぶやく。
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「では、献上体の調理にかかる。『釜』に5人を挿入せよ。」
「はい。」
いよいよ、本番だ。
『これは、神聖な儀式だ。抜かりなく、やらねば。』
弟子は、そう、自分に言い聞かせた。
もちもと、感情の調整を完璧に行われてきた献上体たちには、特に変わった動きはなく、たんたんと、(手術室に運ばれる患者以上に)手順に従ってゆく。
この『釜』は、アニーさんの意のままにならない、めずらしい機構のひとつだ。
独立した、コンピューターによって、管理されている。
それは、これがリリカによる特別製だということが、まずは、大きい。
しかも、調理の『こつ』は、最終的には、シェフの腕次第だ。
その、細かい見極めは、大奉贄典に任されている。
彼こそは、偉大な調理人である。
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二組の婚約者たちは、豪華でありながら、落ち着いた、しかも、大きすぎない部屋に案内された。
ここは、ヘレナの好みである赤色に染まっていたりもしない。
それは、ここでは、招待されたものが主人公だからだ。
そのようなことは、滅多にない。
だから、尊いのでもある。
二組のカップルは、向き合わせになって座った。
つまり、第2王女と武が横並びになり、反対側に、第1王女と正晴が並んで座った。
すでに、相寝の儀式は終了した。
武と正晴には、よくわからないが、今までとは違った意識が入り込んでいた。
それは、通常の人間が持つものとは、いささか、異なったものだ。
これから、戴くことになる献上体に関する意識であり、それは、本来あるはずの拒否反応を、消し去るような種類のものである。
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「準備は、整いました。」
弟子が、うやうやしく述べた。
「あい、わかった。では、火を入れる。」
大奉贄典は、操作卓に、手を伸ばした。
************** ふろく ***************
「幸子さん、なに見てるの?」
「選挙ですよ。人間って、おもしろいことやるなあ。って。」
「大事なことです。」
「こんなに、手間暇かけるんだ。おいしい、お料理みたい。」
「幸子さんは、お饅頭が一番なのでは?」
「まあね。でも、人間を飲み込む時が、一番。」
「あ、いいです。聞かなきゃよかった。」
「おあ。すごい、接戦。」
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