わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第二百十回
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「用意は、整いました。」
「うむ。よかろう。では、いよいよ、下ごしらえに入る。選ばれし者たちを、控えの間に入れなさい。」
「わかりました。」
それから、大奉贄典は、祭壇に向かって、うやうやしく頭を下げた。
それは、一見、非常に不可思議な祭壇であった。
要するに、何も無い、のである。
薄赤い色に、かすかに輝く箱が置かれている。
なぜ、輝くのかは、実は、ほぼ誰も知らない。
夜光塗料のようなものではない。
電球とかの発光体などは、一切必要がない。
とはいえ、電気などの外部からのエネルギーが、供給されているようにも見えない。
まあ、もちろん、何も無しに輝くはずもない。
しかし、この箱は、宇宙空間でも、同様に輝くのである。
だから、大気がエネルギーになっているのでもない。
重力でもない。
大奉贄典は、最後の事だから、機会を見て、この際、王女様に尋ねてみようかと、考えていた。
しかし、今は、この、最後の大仕事をやってのけなければならない。
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この、重大な祭典の生贄として、最終的に選ばれた10人は、いずれも、とびきりの美青年8人と、美少女が2人となっていた。
女性を入れるかどうかは、最終段階まで、大奉贄典を悩ませた。
へレナ王女は、男性の方がお好みだからである。
しかし、いささかの変化も必要だ。
むかしの調理は、現在の一般の人が見たら、それはもう、直視に堪えないものだったろう。
しかし、それは極めて道徳的で人道的な観点である。
宇宙怪物ブリューリと、火星の女王によって洗脳されていた火星人には、とくに問題がある行為ではなかったのだ。
調理されているのは、生まれながらにそのように決められていた食用人であり、当然のことだったのだから。
とはいえ、ダレルなどの一部の不感応者からすれば、それは、非常におかしな行為である。
もちろん、ブル博士もそう考えていた。
それでも、この在り方を拒否して、たとえば、女王様の催す宴会で、食することを完全に拒否すれば、通常はただでは済まないことになった。
牢獄での懲役刑や、極地送りくらいならば、まだ更正の道ありということだが、土星や木星の衛星、はては、太陽系追放ともなれば、火星に復帰することは、奇跡がない限りあり得ない。
もっと、極端な場合もある。
女王様による、異次元追放である。
これも、タグ付きならば、回収は可能だが、タグが付かなければ、あとから探し出すことは不可能だ。
女王様には可能なのかどうかは、実は誰も知らないことだ。
アニーさん・・・古くは、アーニーさんだったが・・・は、いささか別として。
もちろん、食用に回されることもあったのだが。
しかし、ダレルが女王の実の息子であり、なぜか喧嘩ばかりのわりに、実は見込まれていたことから(リリカの相手役として最適と考られていたことも大きいが)一定の権力を持たされるようになり、また、ブリューリ自身が、火星文明の滅亡を予見し、新しい世界を、つまり、地球の事だが、求めるようになって以来、このあたりの調理方法は、見直しをされることになった。
そこで、女王ヘレナは、リリカに対して、新型の自動調理機の開発と導入を指示した。
そうして、この調理器は、火星から地球にも、持ち込まれたのだ。
火星には、放置されたものが、まだ残っている。
壊すことが、不可能なためだ。
もちろん、リリカの技術は、極めて精緻で、故障などは、ほぼない。
核弾頭の直撃にも、超新星爆発の直撃にも、傷ひとつ付かずに耐えられる素材を開発していたリリカのことであり、この調理器の耐用年数は、とりあえず、5億年とされていた。
もっとも、その倍でも使用可能だったろうけれど、一つの文明が、そんなにも続くとは、到底考えにくかったことから、便宜上、そうされただけだ。
そこで、いま、この10人は、その調理器によって、処理される寸前だったわけである。
聖なる調理場の、『調理釜』と呼ばれる挿入口は、全部で5つある。
つまり、一度に調理できるのは、5人までだ。
調理のメニューは、細かく指示ができる。
それを考え、入力指示し、こまかくチェックするすのは、言うまでもなく、大奉贄典であるが、今回は、弟子もそこに参画する。
調理コンピューターは、『アニーさん』とは、本体は別物ではあったが、最終的には、『宇宙生態コンピュ―ター・アニーさん』がすべてを管理していた。
『アニーさん』の本体は、太陽系のすべての物質であり、その容量は莫大だが、限りがない訳ではない。
もっとも、女王の能力は、全宇宙を遥かに超越するだろう、と、そのアニーさん自身が計算していたほど、いわば、無限大である。
それでも、これだって、限りがない訳ではないだろう、とも。
10人のうち、まず二人の男女が呼び出された。
白い、美しい刺しゅう入りのローブを纏い、二人は、感情的な高ぶりも不安の影もなく、ストレッチャーのような台車の上に横たえられた。
意識も、しっかりあるのだが、極めて、普遍的な意識、つまり、悟りの境地のような状態である。
彼らは、ただ、この時の為にのみ、生きてきた人間だ。
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王宮の、隠された場所。
行うべきことを、とにかく無事に済ませた正晴と武は、死んだはずの弘子=ヘレナ、そうして道子=ルイーザとともに、『聖なる晩餐』の会場に、静かに向かったのである。
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北島の少し先にある、北島列島のなかでは、二番目に大きな島。
一番大きな島には、元、温泉地球だった保養施設がある。
洋子、つまり、ビュリアは、地下深くにある高速移動シェルターの乗り場に現れた。
もちろん、始発は、王宮の地下だが、もしかしたら、いささか目につきやすいかもしれない。
あやしい存在が、入り込む可能性も一番高い。
第一、彼ら自身が、怪しい存在である。
なので、このあたりから乗車するのが、よかろうと、アニーさんは判断した。
この、地下鉄道を管理しているのは、アニーさん自身であるし。
まあしかし、一般的に言えば、ここは、閉鎖された地下空間であり、地上との通路は封鎖状態で、普通の人間が入り込む余地はない。
しかし、ビュリアは、もとへレナだった存在であり、かなりの潜在能力を残されていた。
アニーさんは、ヘレナの分身にも反応するし、独自の意識や見解をもつ。
端的に言えば、アニーさんは人間の共食いを、もはや容認したくなかった。
その、同じ乗り場に、軌を一にして、シモンズが現れた。
さらに、そこを見越したように、池の女神様たちが現れたのである。
アヤ姫さまを筆頭に、幸子さん、ジュウリさま、アナさま、ユーリーシャさま、キュンさま、そうして、もっとも古参の『池の女神さま』であるコキさま、ほかにも、はっきっりしない姿もある。
彼女たちは、いわば、幽霊である。
出入りには、あまり制限はない。
もっとも、ヘレナは、幽霊の出入りを規制する手段も持ってはいたが、ここは、手抜かりだったらしい。
さらに、そこには、女将さん、番頭さん、マヤコがいた。
そうして、なぜか、海賊マオ・マと、『片目のジニー』も現れた。
さらに、三王女の主治医マムル殿、さらに、あろうことか、皇帝ヘネシーも現れたのだった。
アニーさんの声が聞こえた。
『さあ、みなさん、やるべきことをやりましょう。その先がどうなるかは、かなり不安定な状態です。お客様方は、すでに会場に到着いたしました。いま、ホームに入る『はこ』に乗ってください。命の保証はできません。嫌な方は、乗らないでください。さらに、参加者が後から増えるかもしれないですがね。現在、自力で侵入を図っているのは、まず、宇宙警部さん、です。これは、ビュリアさんが、呼んだのですか?』
「さあて、どうかしらね。」
『おやま。それから、第9惑星の宇宙船から、侵入しようとしている存在があります。しかし、これは、ヘレナさんが、予測していたので、規制を立てていて、難航しています。どうしますか? どなたが、ここでは、一番偉い方ですか? 』
『そりゃあ、アヤ姫さまでしょう。』
幸子さんが、すぐに答えた。
『あたくしは、幽霊ですから。ご遠慮いたしましょう。ね、幸子さん。』
『はあ、そうですかあ。ならば、もう、ビュリアさんじゃないかなあ。』
『なるほど、みなさん、ご不満は?』
「ちょっとまってよ。その、第9惑星のだれかさんは、だれなの?」
シモンズがちょっかいを出した。
それに対して、ビュリアが、こう説明したのである。
「それはね。おそらく、ウナなんだろうと、推察されます。」
「光人間、という、怪しい存在ですよね? 初代パル王の母。」
「そうです。ついでに言いますが、『地球自身』というのは、おそらく、老齢のせいで、かつての金星の『ママ』のように、やや認知症気味の、パルくんなんだと思います。』
ビュリアが、解説を付け足した。
「そのとおりじゃ。さすが、姉上じゃ。わしが、タワー内に捉えておる。まあ、もっとも、わし自身が、いままで、捉えられておったがな。偽物がはびこっておるというのに。なぜ、今、ここに呼び出されたのか? まだ、よくわからぬのじゃが。わしには、やらねばならぬことがある、よいうのに。」
アニーさんが答えた。
『あなたは、まだ、ダレルさんに洗脳されたのが、解けていません。あなたが、やろうとしていることは、ダレルさんに言いつかったことですがね。まあ、あとで、処置しようと思いますが、まずは、話を付けなければ。ダレルさんもリリカさんも、後刻、おいでいただく様に、手配しています。この際、拡大晩さん会にしたいんですよ、アニーさんとしては。ただし、人間を食べるのは、抜きにしてです。とりあえずの話が付いたら、もっとたくさんの方をお呼びしましょう。あすの地球帝国創立式典を、平和的に行えるようにですよ。』
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