わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第二百四回
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大奉贄典とその弟子は、すでに下ごしらえに入っていた。
もちろん、この二人だけで、すべてを行うことは不可能である。
こうした巨大な行事の際は、多くの複製料理人が再生されるのだ。
みな、火星以来の経験と技術を引き継いでいる。
この、目出度い祝典の料理に関すること以外は、特に考えることもなく、思い出にしばし浸るということもないし、無駄口など、一切叩かないし、自分が行うべきことの全てを知り抜いている。
つまり、ひたすら、祝典の調理やサービスに徹する存在だ。
総勢で、二十名ほどになる。
月に一度の『聖なるお食事』は、おおかた、二人、もしくは、補助者せいぜい二名でやってしまう。
だから、今回は、まったく破格の規模なのだ。
最も大切な、神への生贄とされる人間は10名に絞られた。
最高の状態に調整されている。
すでに、村に帰るべき複製も作られていて、本人たちは、静かに祈りながら待つのみである。
調理場には、金を主体に作られた、ストレッチャーと言うには、あまりに豪華すぎる寝台に寝かされて運び込まれる。
これを動かすには、かなりの体力が必要だが、そこは、専門のアンドロイドが担当している。
全員の胸の上には、火星特産の花が乗せられるのが、決まりである。
王女様の場合は、供されるのは、男子のみである。
これは、特に決まりがあると言う事もないが、へレナは、男子好きであった。
元々は、すべて手作業で行われていた。
また、宇宙怪物ブリューリが支配していた、長い火星時代には、生でそのまま供されることも多かった。
しかし、地球時代に入ってからは、リリカが火星時代の最晩年に開発した、自動調理機が活躍することが多くなった。
おかげで、大奉贄典たちの作業は、極めて合理的なものに変化したし、血みどろの作業は、ほぼなくなったのだ。
もっとも、メインディッュに関しては、今も、大奉贄典が、手作業で調理するのが、鉄則である。
弟子は、その補助をしながら、仕事を覚える。
「わしが行うこの記念すべき調理は、これが最後になるであろう。次は、そなたが行うのだぞ。」
しかし、弟子は、相変わらず、気弱だった。
「まだまだです。お師匠様。歯が立ちません。」
「いいや、前にも何度も言ったが、そこを通らなければ、一人前にはならない。それに、時は迫りつつある。新しい時代が来る。地球は、大変貌するであろう。まあ、まだ、これは、極秘事項である。」
「それは、なんなのですか?」
「いずれ、わかる。もう、そう遠くもない。様々な要素が、新しい地球の始まりに向けて、自らは、それとは知らずに、動いておる。」
「それは、誰が、行うのですか?」
「観念上は、神である。しかし、実行するのは、神の代理である女王様である。正直なところ、その真実は、誰も知らない。」
「はあ・・・・・・・。あなたと、ぼくの間には、やはり、果てしない距離が存在します。」
「そのようなものは、すぐに、無くなるであろう。一瞬にしてな。さあ、本番が来る。偉大な生贄たちの移動を始めよう。」
調理場は、佳境に入った。
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シモンズは、いつの間にか、王国に移動させられていた。
入国審査なしである。
しかし、彼は、一定の回答に、近づきつつあった。
女王の正体は、まだ、わからない。
その故郷がどこかも、分からない。
それでも、回答は、やはり定常宇宙や、ただ単に膨張する宇宙とか、その将来の姿だけでは、回答が出ないことは間違いがなさそうだ。
女王自身でさえ、回答できない『存在しない存在』の意味は、どうも、そこだけにはないようだ。
多元宇宙を考えても、女王が入り込む余地はなさそうだった。
と言っても、宗教的な解釈では、きりはつくが、解決にはならない。
なぜ、女王は、人間を食べるのか?
公開されていない『火星の歴史』から言えるのは、宇宙怪物ブリューリが、その悪習を、女王に教え込んだとされている。
シモンズが、自由に調べて良いと言われた、やっと、翻訳が可能になった、膨大な数の、王宮地下図書館の古代資料は、すべて、そう記している。
しかし、シモンズは、そうではないのではないか、と考えるようになった。
そう暗示する、資料が、一つだけ出てきたのだ。
『宇宙警部』から得た情報では、おそらく、ブリューリの本体は、もと、宇宙警察官で、警部の同僚だった人物に違いない。
怪物ではなかった。
警部が間違っている可能性も、ないとは、言い切れないが。
もし、けた違いの怪物である、女王自身が、もともと悪い習慣を持っており、それを、その宇宙警官に教え込んだのではないだろうか?
宇宙警察官を、怪物にしたのは、おそらくは、女王自身だ。
シモンズは、そう、仮定した。
そうすると、女王の、謎の『第1期火星文明』における、伝説ばかりの『素晴らしい功績』が、嘘だったことになるのだろうか?
あり得ない事ではない。
公式な歴史書が、支配者の立場で書かれるのは、当然のことだから。
いや、でも、簡単に、そう、言い切れることでも、無いだろう。
真実が、書かれている場合もある。
とくに、良い事は。
現在のヘレナが、ときどき、秘密の儀式を行って、少しづつ、人間を食べているのだとしたら、それと同じくらいのことが行われていたとしても、別に不思議ではない。
ブリューリは、もしかしたら、女王に改造されて怪物になった被害者であって、だから、女王を憎んでいると考えても、つじつまは合う。
おまけに、そこに、恋愛感情が絡んでいたら、どうなる。
女王本体は、真実の恋は出来ないだろう。
しかし、警部をみても、そうだけれど、彼と同じ種族ならば、その宇宙警察官たちは、わりと、異性に惚れ込みやすい生物だった可能性がある。
現に、宇宙警部は、『ビュリア』という、大昔の魔女を、いまだに捜しているらしいのだから。
それに、なんだか、このところの女王の動きはおかしい。
もしかして、『真空崩壊』とかが、起っている、いや、起る、のではないかしら。
しかし、真空崩壊は、光速で広がるから、観測も体験もできないはずだ。
きたら、お終いなだけだ。
それでも、ヘレナが、存在ではない存在ならば、それを感知する可能性があるのだろうか?
『ジャヌアン』という存在も、あるらしいが、合わせてもらえない。
おまけに、『池の女神さま』とかいう、まったく話にならない存在が、王国内で暴れ回っているとか。
トウキョウでは、首相官邸が、『紅バラ組』に占拠されたらしい。
一方で、ミュータントの秘密結社が、防衛隊本部を占拠したという未確認情報も、さっき入ったばかりだ。
ついでに、『第9惑星』の宇宙軍団が、地球に迫って来ているときた。
もう、むちゃくちゃだ。
非常に怪しい。
シモンズは、首を振った。
『ばかばかしい。おとぎ話しだね。おとぎ話が、現実に侵略したようなもんだ。・・・で、ぼくをここに呼んだのは、誰かな。ヘレナは、いや、弘子さんは死んだ。でも、女王は、死なない。ぼくに、なにを見せたいんだ? アニーさんは、返事しないし。協力しないなら、もう、やめちゃうよ、ばかばかしい。』
『ほらほら、そのようなこと、おっしゃっては、なりません。』
ヘレナの声が聞こえた。
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*************** おまけ ***************
『やましんさん、このさき、進めますの?』
例によって、お饅頭とお酒パックを両手に抱えながら、幸子さんが言いました。
『さあて、もう、ふらふらなんですよね。暑いし、おしっこ、漏れてばかりだし。』
『じゃあ、良いこと教えたげるね。どうせ、フィクションなんだから、悩むこたないわ。お饅頭食べて、ばんばん、書いちゃいなさいませ。別に、注目もされてないんだしさあ。』
『そうですね。うん。そうだね。』
『そうそう。ららら、また、寝たか。』
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