わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第二百二回
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王宮の『宇宙監視センター』は、公式には存在しない部署だ。
名称も、必ずしも、決まったものではない。
ヘレナがそう呼んでいるだけのことだ。
もっとも、もともと火星の王宮にあっては、公式な存在だった。
現在は、タルレジャ王国の王宮の、かなり深い地下に埋まっている。
古代の王宮の一部分というわけだ。
王国の島々は、地球のプレートの関与を一切受け付けない、ヘレナ独自の工法で作られている。
とはいえ、宇宙を監視するのに、地下に埋まっているだけでは、あまり具合がよくもない。
宇宙を見つめる目が必要だ。
それは、アニーさんが、かなりの部分、分担している。
ヘレナは、『タワー』を建設するにあたり、この『センター』は、『タワー』からも自由に使えるようにしたかった。
ただし、当面は、自分の居場所は、タワーには無い。
普段は、王宮の自室にいるわけだから、このあたりは将来的な設計ということなわけだ。
やがて、ヘレナが使おうと言う空間は、タワーの中に、巧妙に隠されている。
もっとも、ヘレナの本体にとっては、物理的な壁は、壁にはならないが、人間の体は、そうもゆかないことがある。
ルイ―ザは、こうした『配慮』というか、人間的な『仕組み』と言うか、そこはなんと言っても構わないが、この、裏の構造は知らされていない。
ヘネシーも、もちろんそうだ。
とはいえ、ヘレナの死は、公式にはまだ伏せられたままだ。
本来ならば、国王が判断して、公表するのが筋だけれど、国王の権限は、すべてヘレナに移されていた。
この場合、どうなるのかということは、明確な規定がない。
そうした判断は、実は、侍従長に任されることになる。
国王は、いまだに、軟禁状態で、外部との接触もできないままだ。
ヘレナがやろうと思えば、国王は、実際には、誰にでも会えるが、そのヘレナがいない。
もちろん、キーパーソンは、ルイ―ザであり、ヘネシーだった。
そのヘネシーも、また、事実上、拘束されたままだ。
ジャヌアンも、表に出ているのは、コピーで、ヘレナの指示で行動していた。
地球側で、自由に動けるのは、これもヘレナの分身に支配された、ルイ―ザだけである。
火星のダレルとリリカは、当然、今は、なんとか自由の身である。
もうひとりのリリカも、そうだった。
それで、今夜は、『婚約の儀』が行われる予定のままで、変更されるという情報も、一切出て来ない。
もっとも、『婚約の儀』は、王室内部の儀式であって、家族さえ、儀式の現場に呼ばれることはない。
当事者と、限られた神官だけの世界だ。
ただし、『パーティー』がある。
事実上の『披露宴』というわけだ。
そうして、ついに、直前になって、この『パーティー』の中止が伝えられた。
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「侍従長殿。金星から、【第9惑星】のものと思われる攻撃艦が、地球に反転してきます。また、その【第9惑星】方面から、大規模な宇宙船の集団が来ております。空間移動したようで、火星近傍に、突然現れました。今は、地球方向に向けて、移動中。」
報告を受けた侍従長は、気が乗らないものの、深い地下の指令室に降りた。
侍従長は、軍人ではない。
けれど、こうした場合は、出番である。
「まったく、王女様のお考えになることは、訳が分からん。君たち、わかる?」
と、聞かれたここの兵士たちは、みな、特別製の、アンドロイドである。
以前、火星と交戦になった王国の防衛隊は、別組織だ。
ここのアンドロイドたちは、どのような軍人も歯が立たない、優れた能力がある。
ただし、人間性には、かなり欠けるのが弱点だ。
それは、ヘレナ本体自体がそうなのだから、元々、さして問題にはされていない。
「詳細な情報がありません。」
司令官は、簡潔に答えた。
「まあ、やむおえないな。想定外の事態だよ。想定外の事をやろう。ルイーザさまを呼び出そう。今は、また非常に忙しい時間帯ではあるがなあ。内緒でやるには、事が大きすぎだ。火星の軍勢はどうしてるの?」
「はい、侍従長閣下、金星にいた部隊が、地球に向かっています。『第1王女様』の、巨大宇宙艦『アブラシオ』も、地球に接近中です。また、『宇宙警部』の旗艦が、後方から、ゆっくり移動中。」
「はあ?まったまった、『アブラシオ』は、当然知ってるが、その『宇宙警部』ってのは、何者?」
「はい。外部には提供されていない情報ですが、2億5千万年前に、地球にやって来た、外宇宙の警察機関の職員とされます。ヘレナ様とは、すでに、面識があります。」
「はあ~~~~。困った王女様だ。」
そこに、ルイーザが現れたが、かなり、挑発的な衣装に身を包まれている。
「すみません。儀式用の衣装です。どうしたのですか?」
「宇宙戦争になるのかどうか、わかりませんが、内戦なんかやってる場合ではなさそうですな。帝国の方の指令室にも、行かれたのでしょう? かけもちで済みませんが、ヘレナ様がお隠れになったので、あなたしか、王国にはいませんので、お呼びしました。」
「ええ、これから、そちらに行きますです。どうしても、先に、着替えないと間に合わないとか。儀式は、10分で終わらせます。」
「状況は、掴んでいらっしゃるのですね。」
「はい。たぶん。」
「では、ご指示をください。どかんと、お伺いしますから。」
「どかんと、ですか。では、指示します。手を出さないでください。それだけ。」
「それだけ?」
「はい、それだけ。あたくしが、指示するまで。帝国にも、そう、指示しました。ご心配でしょうけれど。じいも御承知のように、地球上で、最高の宇宙防衛力を持つのは、わが王国です。内緒ですけれども。
アブラシオ一機で、あの、すべてを相手に回せる能力があります。ただ、あの警部さんは、独自に動きますから。様子を見てほしいとは、伝えましたが。それだけ。しっかり、見ていてください。あたくしに、伝えるかどうかの判断は、じいにおまかせいたします。」
「わかりました。あの、アニーさんとか言う、『第1王女様』極秘付きの、秘書さんは?」
「アニーさんは、すべて、心得ています。もっとも、あたくしの命令の、やや、範囲外です。」
「やや?」
「はい。やや。じゃあ、お願いします。じい、ごむりは、しないでください。」
「年寄り扱いしないで、けっこうです。」
「あそ。・・・・じゃ、またあとで。これから、大切なことをやらなければ。」
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地球帝国政府が、こうした異変に気が付いていないわけはない。
皇帝陛下は、自ら、『接触禁止』の状態にある。
これまた、想定外だ。
しかし、総督は健在だ。
タワーの指令部には、ようやく、ルイーザが入ってきていた。
あまりに、場違いな衣装で、軍の幹部たちも目のやりどころには、困ったようだ。
新首相に、あす正式就任する、現国連事務総長は、さらに、けっこうイラついている。
今夜は、王国の『婚約の儀』だという。
『第1王女』はともかくも、『第2王女』まで、そっちに取られるのは心外だ。
まったく、どうなってるんだ、『三王女』は?
なぜ、皇帝陛下は出て来ないのか。
命令だけは、どんどんと入って来るから、動いてはいることは明らかだ。
すべて、内容は適切で、的確で、斬新だ。
もっとも、彼は、王宮側の内部事情はまったく聴かされていない。
こんな状態で、あす、『地球帝国の創立式典』だなんて、できるとは思えないのだが。
にもかかわらず、複雑な段取りや準備は、どんどんと、はかどっている。
彼には、不思議で仕方がない。
実際には、アニーさんが、猛烈な速度で、すべてを事実上取り仕切っている。
あらゆる機械、人間、コンピューター、アンドロイド、複製人間、地獄の鬼たち、池の女神様たちまで。
アニーさんの計算通りに、正確に行動するように、計画、指示、されている。
もっとも、幸子さんの様に、いくらか、ピントが合わない存在もあるが、それも計算のうちである。
はるかな国の『不思議が池お気楽まんじゅう本舗』は、工場を挙げて、お菓子の製造をし、飛行機も使わずに、どんどんと、王国に出荷してきていた。
本来、法に反する行為だ。
また、地球には、そもそも、無い技術なのだ。
しかし、すでに、あす、正式に施行される『地球帝国法』が、実験的に優先されている状況である。
もしも、誰かに指摘されたとしても、結局は違法とはならない。
独裁とは、そういうものだ。
では、いま、地球の実権を本当に握っているのは、誰なのか?
公式には、いまだ、各国政府であるけれど、それはカレンダーの上の話だ。
いま、地球のすべての実権を掌握しているのは、だから、アニーさんなのである。
ダレルも、リリカも、アニーさんに命令する権限はない。
地球帝国政府にも、実は、認識はしていないが、そうした力はない。
というよりも、まだ、その存在さえ知らないが。
けれども、もし、アニーさんが、今、地球を滅亡させようとしたら、実に簡単な事である。
火星と金星を、道連れにもできる。
いや、太陽を吹き飛ばすことも可能だ。
女王が、もし、このまま、口を閉ざしたら、誰も、アニーさんを止められない。
そんなことがあるのか?
十分、あることなのだ。
女王本体は、特にこの太陽系に、特別な恩義があるわけではないし、元から、そうした感情を持たない。
何らかの事情で、この場所に興味を失ったら、そこまでだ。
女王は、アニーさんを連れて、大宇宙を移動する訳ではない。
もし、ほかの銀河の他の太陽系などに移動したら、新しいアニーさんを作るだろう。
女王が去った後は、アニーさんがすべてを掌握する。
シモンズが求めているのは、実は、そうした状態である。
シモンズは、女王を退去させたら、アニーさんが残ることは、当然予測していた。
しかし、ひとりだけ、女王様ではないが、アニーさんがその意見を尊重する存在がある。
それは、弘志である。
彼が本来、何者かは、すでに、分かっていることだ。
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「なんとも、感動的な親子の再会だなあ。」
女将さんが言った。
もちろん、皮肉だけれど。
「ねぇ、ビュリアちゃん、あなた、まだ女王様が、身体の、中にいるの?」
ビュリアは、本来、無感動で感情を出さない性格だったが、昔と、まったく変わった様子はない。
「いえ。いません。ただ、ママに分かっていたかどうかは、知りませんが、一度、女王様のお手付きになったら、その傷は、いつまでも残ります。まあ、傷と言っては、間違いかもしれませんが。」
番頭さんは、いったん外に出ていたが、女将さんから呼び戻されていた。
「あの、ビュリアさんは、今でも、魔法使いですか?」
番頭さんが、おっかなびっくり尋ねたのだ。
「そうですね。女王様は、かなりの能力を、残してゆきました。」
「かなり、って、どのくらい?」
女将さんが、身を乗り出して尋ねた。
「そうですね、ママ。地球を壊すくらいは、簡単ですね。」
「うん、ま。」
ママは、あきれた。
「じゃあ、あなた、いままで、どこにいたの? なにをしようとして、いま、出てきたの?」
「いままで、全部は、話しきれないですよね。最近は、マツムラのお家に居ましたよ。」
「やはり、洋子さん?」
「はい、そうです。ママが、想像したとおり。全然、簡単でしょう?」
「あの、でも、姿が違う。ですよね。」
番頭さんが、突っ込んだ。
「まあ、そこは、それこそ、魔法です。というよりも、あの体は、作り物ですから。まあ、化けの皮みたいなものですね。ただし、必ずしも、完璧には作られていない。普通の人間には、有害なオーラを発散します。いざとなったら、あの体は、崩壊します。地球は、滅亡するでしょう。きわめて、高性能で強力な爆弾さんですの。」
「誰が、作ったの?」
「そりゃあ、もう、アニーさんです。」
「は? え? アニー・・・・さん?」
「はい。アニーさんは、ご存じないですか?」
「いやああ~~~~~。そりゃあ、会ったことないような。ねえ、番頭さん?知ってる?」
「いえ。たぶん。知らない人ですなあ。」
「ひと、じゃないですよ。ここも、いまも、ちゃんと見ている。」
「なんと。」
番頭さんが、椅子から飛び上がった。
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