わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第百九十三回
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正晴と武の立場は、非常に微妙になってきていた。
もし、『第1王女』の死亡が事実ならば、正晴は結婚相手がいなくなることになる。
武は、もちろん、そうではないし、彼の婚約者は、すでに《第2王女》というよりは、《地球帝国総督閣下》であり、また、姉譲りの、それなりの、巨大な能力を維持している。
彼女が、ヘレナの分身に支配されており、事実上《第1王女》そのものだとしても、その事実自体が変わるとは、思えない。
その、能力は、ヘレナ以外のものには、まずは、歯が立たないものだと、言えるはずだった。
いや、『第1王女』が死亡しても、『ヘレナ』本体は、いるはずだ。
ふたりは、そこのところは、しかし、けっして、誰にも言ってはならないと、『本人』から念押しされている。
シモンズは、例外として。
異常事態が起きた場合の対処法、ということで、ふたりは、ヘレナから、事前に言い聞かされていたのだ。
《そのようなことが起きても、けっして、慌てては、なりません。王女には、避けがたい、宿命があるのです。しかし、必ず、道筋ができます。待ちなさい。それまでは。≫
それだけに、よけい、二人には、話がややこしいし、理解しがたい。
じゃあ、弘子の死とは、なんなんだ?
一方、《地球帝国皇帝》ヘネシーにとっては、ダレルが第1の後ろ盾であり、姉の死は、むしろ好都合かもしれないのだが、陰の存在だったジャヌアンが、コピーに入れ替わってしまっていて、『第1王女ヘレナ』の意向を受けて、行動するようになっているから、あえて言えば、寝返った形になっている。
おかげで、皇帝陛下が、帝国創立式典で、『自決する』、という劇的なシナリオは、もはや、意味が無くなっていた。
ただし、これは、二人は知らない話である。
さらに、ジャヌアンの同胞たちが、どうなっている(未来のことだから、どうする)のかは、まだまったくわからないのだ。
今や、ジャヌアン本人のことは、ヘレナと、アニー以外は、その所在を、いや、存在さえも、知らないのである。(ひとりを除いてだが)
未来の事実が(彼らにすれば過去の事実が・・・)変わらなければ、彼女の工作は失敗だったことになるのだが、どこで、見極めるのか?
そこらあたりの状況を、大方にではあるが、すでに読んでしまっていたのは、地球人では、シモンズだけだ。
ダレルとリリカは、もちろん、知っていた。
あとは、宇宙警部がいる。
しかし、シモンズは、なぜか、このあたりについては、本国には、まだ、報告していなかった。
「で、ぼくは、どうなるのかな。」
正晴は、武に向かって言った。
「さあ・・・ぼくとしては、今回の二人の婚約の儀は、どちらも、中止すべきだと思う。道子には、いや、ルイーザさまには、だけどね。そう、希望を伝えたよ。使者の人には、だけどね。」
「いつのまに。」
「さっきだけど。ただ、まだ、王国も、王室も、帝国政府も、正式には認めていないから、として、一応、門前払いされたんだ。それでも、伝えては欲しいと、懇願した。まあ、伝えるとは言ってくれたが、どうかなあ。」
「ぼくには、誰も、会いに来ないからなあ。なんで、おまえだけなんだ?」
「まあ、そこは、一般家庭のようにはゆかないんだろう。また、とくに、君は、一番ショックが大きいはずだからね。触りたくないんじゃないか?」
「まあね。ショックが大きいかどうかは、分からないけど、ぼんやりはしてるよな。いちばん、危ないのが、ぼくだと思うならば、カウンセラーとか、よこしそうなものを。」
「そうだろうけどな。みな、気付かっては、いるんだと思うよ。」
「誰かが、死んだ。見た目は、弘子だし、状況からも、弘子だろう。ただ、道子の可能性も、ごめん。・・・ないとは言えなかった。まだ、そこが、決まらないのかな?」
「うん。そうかもな。」
「いやあ・・・そこから、先が、伝わってこないんだからな。検査したら、すぐ、わかるだろ。」
「うん・・・・そうだよな。なんだろうな。何かがある? シモンズ君と、話がしたいな。呼べないかな。」
「Aさんに、ここで、いま、頼んだら、どうだろう。」
正晴が、よいことを、思いついたように言った。
「返事すると思うか?」
「やってみなきゃわからないさ。」
「ぼくらは、絶対に監視されてる。電話もないんだよ。この部屋。自殺防止かもしれないが、ひもになるものも、ナイフ類も、一切ない。刑務所みたいなもんだ。食事だけ、やたら、高級だけどね。」
「いいじゃん、このさい、おーーーい、Aさん、出ておいで。」
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「ほらみろ、何も無い。」
「ふん。そうか。ああ~~~~あ、シモンズ君に、会いたいな。」
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人生計画が狂ったのは、この、二人だけではない。
ジャヌアンから、秘密の計画を請け負った、取締官長は、まったく理由も告げられないまま、拘束されてしまった。
「なぜ、私が。なんで、逮捕されるんだ?」
彼を拘束に来たのは、見たこともない連中だった。
真っ黒なコスチュームに包まれた、昔の、日本の変身ヒーローものに出てくるような、怪人たちだ。
一切の、反論も許されないまま、取調官長は、いずこへともなく、連れ去られた。
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シブヤのママ。
つまり、女将さんと、元番頭さんは、すでに王国に入っていた。
彼らの居城である、はるか、2億5千万年前には『温泉地球』だった建物を、改築した、王室の保養施設である。
「えらいことに、なりましたなあ。女将さん。こりゃあ、どうなるんだろ。」
「さあ、ねえ。あの、弘子ちゃんが、亡くなったなんて、信じがたいけどさ。あたしたちには、手が出ないところさね。待つしかないわさ。」
ドアをノックして、職員が入ってきた。
「失礼します。ああ、部長、今夜の、宿泊者名簿です。あ、みますか。いつもは、データですが、たまには、実物を、理事長も、いかがすか。」
部長代理が、一枚のものの書類をもって、理事長室にやってきたのだった。
何かと忙しい部長さんは、あまりここにはいない。だから、大方、いつも、彼がすべてを仕切っている。
「ああ、すんません。見ますよね、女将さん、いや、理事長。」
「はいはい、もういつも、いなくてすみません。」
「いえ。『女将さん』は、シブヤが忙しい。よく分かってます。あそこは、重要な、拠点、秘密基地、ですからね。・・・あ、大変な状況です。お忙しいでしょう。じゃあ。」
彼は、まぎれもない、現在人である。
しかし、上ふたりが、かなり、あやしい、存在であることは、うすうすは、知っていた。
言葉で、あえて、具体的には、言ったりはしないが。
《古代、『タルレジャ王国』の生き残りが、いまだに、生きている。王国は、それで、平和が保たれてきたのである。》
と、いうのは、王室職員の、また、北島の住民の、暗黙の了解事項である。
だれだれが、そうだ、とは、言わないことになっている。
引き継がれるのは、肉体ではなく、精神である。
また、だれも、そのままを、すっかり信じてはいないが、王女さま方に伝わる、『秘法』が存在することは、いわば、公然たる秘密だった。
それは、かの、『アヤ姫』さまにと続き、ヘレナ王女さまに、受け継がれきているのだ。
南島の住民からは、すぐに、笑われてしまうような、話しではある。
それでも、北島では、真実だった。
その、半分《宗教的真実》が、いま、大揺れになっている。
いったんは、内戦状態だったのが、停戦状態に落ち着き、保養施設は、とくに変わりなく営業していた。
「あらあ、このひと。このお名前、ほらあ。シンジュクのママじゃん。」
「お、ほんとだ。まあ、マヤコさんがいなくちゃ、始まらないし、この話も、終わらないでしょ。」
「変な言い方、しないでくださいな。ごあさつに、ゆかなくちゃ。あ、それに、このひと。これ。ね、これみて。」
「はああ? なんと、いやあ・・・・同姓同名でしょう。」
「そうかしら。あたまに、この、古い、タルレジャ古代文字が、ふたつ入ってる。コンピューターにない文字だから、手書きにした。この書き方は、あの子しかない。・・・・・うそ。でも、でも、そうさね?」
副部長が、再びやって来た。
「あの、お客様が、理事長に、会いたいと。」
「ビュリアさん?」
「お、すでに、お気づきの方ですか。じゃあ、お通ししますね。」
「女将さん。こりゃあ、もしかしたら、やはり、えらいこっちゃ・・・・・」
理事長室の入口に現れた、大きな、美しいその姿は、まぎれもない、あの、ビュリアだった。
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