わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第百八十三回
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その、前の晩のことについてである。
王国の慣例とか王室の不文律とか、タルレジャ教会の暗黙の約束とか、そうしたものは、ほとんどみな、ヘレナが作り出したものだと言ってよかった。
そもそも、『婚約の儀』=『結婚の儀』というような考え方自体が、女性体であったヘレナと、男性体であったヘレナが、共同で考え出したようなものだ。
つまり、早く実行したかっただけのことである。
一日も早く、後継ぎを決めておくこと、ということは、おそらくは王家のような場合は、それほど珍しい事ではないだろう。
実際は、火星の王室においては、『婚約』と『結婚』という区別は、あまりはっきりしたものではなかったのである。
事実上、同じものだった。
それが、地球社会の中での様々な都合というものが入り込んで、一応、分割することにはなったが、その意義の多くは、前倒しにされたわけである。
ヘレナが決め、相手の意識自体を、ヘレナが操るのだから、特に分割する大きな意義はなかったわけだ。
しかし、今回いくらか誤解があったとしたら、婚約の儀の晩が『初夜』だと、二人が考えたとしたら、それは正しくなかったわけである。
実際問題、あの二人で閉じ込められた晩に、ヘレナは予行演習してしまおうと考えていた。
邪魔が入らなければ、その通りになっていたが、あと一歩で、救出されてしまったのである。
だから、婚約の儀の前夜こそは、事実上の『初夜』となったわけである。
それは、『第2王女』も、そのままを、まねる形となったのであるわけだ。
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しかし、昼間に、わけのわからない衣装合わせに苦しんだ二人にとっては、なおさら、まったく夢のような時間だった。
もちろん、二人の脳自体が、ヘレナと、その能力を分割されたルイーザによって、いくらか麻薬漬けのような状態になっていたことは、間違いはない。
それは、ヘレナとルイーザの身体にとっても、同様の事態だったわけである。
そのふたりに取り付いている、正体不明の怪物は、二人分の快感や陶酔感、エクスタシーというものを、間接的に感じていたわけだ。
正晴は、弘子=ヘレナの美しい、やわらかい、ここちよい体に、酔いしれていた。
武もそうだった。
事前の心配などは、結局のところ、なんの問題もなかったわけだ。
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侍従長が駆け付けた時、ヘレナの肉体は、すでに、息絶えていた。
「どこから撃った? 犯人は?」
侍従長が叫んだ。
「それが・・・空間から、突然・・・なにもない、空間です。あおこらあたりかと・・・。」
目撃していた、南島側の兵士が、うわのそらを指しながら言った。
「ばか。何もない場所から弾が来るかいなあ! 犯人捜せ!・・・・ううん? しかし、これは、普通の銃じゃ、ないな。・・・・・おい、きみ、東京のご実家に連絡したまえ。すぐにあの巨大なお屋敷を封鎖だ、封鎖。」
侍従長は、側近の上級兵士に言った。
「は? いやあ、しかし、それは・・・・」
「緊急通信回線だ。いいな。緊急事態だ。定められた方法を、遅滞なく、実行せよ。」
「あ、はい。すぐに。」
北島側の上級兵士に命じながら、侍従長はめまぐるしく考えを巡らせていた。
そこに、マムル医師が駆けつけてきた。
助手を一人連れてきている。
動かないヘエナの身体を調べながら、医師がつぶやいた。
「これは、普通の銃ではないですね。レーザー光線のようでもないな。心臓が蒸発してます。どうにもならないな。王室の銃ですか? こんなの?」
「いやあ。違いますよ。見たことないです。こんな、残酷なの。」
「ふうん・・・・あ、あ、もう一人が来たわ。大変だ、どういう反応を示すのか。わからないな。」
『第2王女』が、もの凄い勢いで、ほとんど、空を飛ぶようにやって来た。
「お姉さま! お姉さま! どうして? どうして、こら、ばかアニー、なんとかしなさい!」
『第2王女』が、ここまでうろたえたのは、誰も見たことがない。
「ばか、あにー? ルイーザ様、大じょぶですか? お気を確かに。」
さすがのマムル医師だが、アニーのことは知らないわけではないのだが、ここで、アニーが出てくるはずもない。
医師は、ルイ-ザを、抱きかかえた。
マムル医師のアニーに対する認識は、そこまでしかない。
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『あああ~~~~~あ。やっちゃった。いいんですか? へレナさん?』
へレナの姿は、誰にも、見えてはいない。
そこに、存在しているのだけれど、それは、存在ではない。
幸子さんや、アヤ姫さまのような存在は、見えないようでも、それなりの実体がある。
人に見えるようにも、なれるのだ。
ヘレナには、人体などを借りなければ、それさえもない。
ただ、なんらかの憑依可能な物質があれば、なんにでも、化けられる。
あらゆる物質と関連しないし、一切の因果関係には、関わらないことが出来るが、関わることも、もちろん可能なわけだ。
それがどうしてかは、ヘレナ自体が、まださっぱり、分かっていない。
さすがのシモンズも、まだ、回答が得られないままでいる。
毒へびは、なぜ、どうやって、自分の持つ毒物が生成されたか、説明はできないだろう。
「まあ、しかたないわね。ここからが、大変なんだから。」
「はあ・・・・でも、あのお、・・・儀式。どうするんですか?目撃者がいっぱいいるんだから、内緒にはできにくいすよ。」
「まあ、そりゃまあ、ルイーザさんと武さんは、そのまま、やってもらう。正晴様は、かわいそうだけど、まあ、写真とでも、やってもらおうかな。まあ、夕べ、やっちゃったから、心のこり、ないわ。」
「あのお、そおおいう、問題ではないでしょう! あ、それから、ご本宅が緊急体制に入りましたよ。ごきぶりさん、いちごきたりとも、逃げられない。」
「それはもう、織り込み済みだ。とっくに、彼は、遥か彼方に消えてるわ。捜したって、むだよ。吉田さんを責めても、何も出て来ないしね。一切の映像はない。村沢さんは、来ていない。いや、来たけど、追い返された。すべての物証は、それを証明する。だって、あなたがそうしたんでしょ?」
「まあ、そうです。」
「じゃ、よかった。これで、ヘレナは、もう、皇帝にはなれない。どうする、だれるちゃん。」
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