わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第十八章
タルレジャ国王は、王立の、ある種特殊な刑務所に収監されていた。
もともと、機密性が高く、しかも危険なテロリストなどを入れておくために、第一王女の肝いりで作られたものだ。
当然の事ながら、彼女は、この先起こることを前提にしていたわけだ。
しかし、ここにきて、まさか父王が収監される事態が起きるとは思ってはいなかった。
ところが、これは第一王女が作り上げた体制とは、逆の方向に動いていったという事になっていたのだ。
というのも、国王は「存在はしていても、世俗には一切現われない存在」だったはずなのに、「逮捕」されたということは、明らかに俗世に出現したという意味だからである。
「取調官長」は、国王が収監されている高級な独房にやってきて、通称「のぞき窓」から声を掛けた。
「いかがですかな、陛下。ご気分は?」
第一王女でさえ、自由に直接話をすることが禁止されていた国王に対して、こうした言葉を平気で掛けられるというところは、彼のとても自由な精神を現しているのだ。
実際彼は、本来は自由主義者であり、王国体制に批判的な、パブロ議員の政党を支持していた。(ただし、このところアリムの介入などで、かなり精神的に変容してきてはいたが。)
実のところ、こうして国王に直接話しかけられる立場ではないし、国王からしたら、きわめて屈辱的なことであったろう。
ただし、この国王は父と違って、生まれながらの国王ではない。
長い間、東洋の小国で普通の生活をしていた(大金持ちではあったけれど)人だ。
バスにも乗るし、地下鉄にも乗る。
スーパーにも買いものに行くし、銭湯にも入る。
だから、こうした会話を交わすこと自体は、むしろ望んできていたことだし、つまり、彼の意図していた改革がようやく動き出したという証拠なのだった。
「まあ、いいですね。逮捕されてこの待遇と言うのは、破格でしょう。」
「ふん。皇帝陛下の思し召しですな。」
「あなたは、それで、いいのですか?」
「なんとおっしゃる?」
「こういう体制で、納得するのかと、聞いております。」
「これはまた。ここでの会話はすべて記録されている。あなたは、さらに罪を背負うことになるだけだ。
」
「いいのです。火星人に支配された地球など、認めがたい事です。」
「桑原桑原。まだ、ここはもともと王室の直轄だから、多少あなたは助かっている。その手には乗らない。」
「どんな手ですか? わたくしはお釈迦様ではない。小さな手だ。」
「やはり、あなたは危険人物ですな。では、失礼。」
「ああ、待ってください。第一王女と話をしたいのです。是非、お取次ぎを願います。」
「ここは、世間とは一切かかわりのない場所だ。無理だ。」
「しかし、いま、わたくしと接触を持つことは、あなた方にとって必ずしも損失では無かろうと思いますよ。まあ、検討してみてください。」
「ふん!」
「取調官長」は、そう言い残して去っていった。
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杖出首相は、秘書の道案内で、秘かに官邸から脱出した。
「この人たちは、セキュリティ-の人ですが、「不感応者」です。」
助手席の男と、後部座席で首相の隣の女を、彼はやっと紹介した。
男は、頭を半分後ろ向きに下げ、女は丁寧に会釈した。
確かに、この二人も官邸内にいた職員であることは首相も分かる。
「ぼくの調査で、官邸や首相府内の不感応者はあなたと、この三人と、あともう一人女性がいる事が分かりました。彼女は危険な状況ではありますが、内部で秘密に活動をしております。」
「『ネットワーク』とかの、会員なのか?」
「それは、まあ、秘密ですよ。ぼくは明かしましたが。ところで、今夜開かれる、反火星人の集会についてですが、『ネットワーク』が直接関係しているものではありません。しかし、情報としては登録者に伝えられてはいました。『要注意!』にはなっていましたが。あ、メール来ました。なになに『先に情報をお伝えしましたこの集会には、参加しない方がよさそうです。出席者に火星側のスパイの顔がある。当局側の偽装工作の可能性が高い。危険ですから、近寄らないように。』ときましたね。」
「偽装工作だと?」
「ええ、地球帝国当局が、反体制派のシンパをあぶりだそうとしているようなんです。すぐに検挙はしないかもしれないが、やはりその一環のようですね。」
「ちょっと、寄ってみてくれないかな?」
「はあ、まさか。そんな無茶な。」
「陰から見るだけでいいよ。この車なら、そう目立たないさ。」
「ふうん、どう思う?」
秘書は、助手席の男に意見を求めた。
「向かい側の駐車場なら、目立たないだろう。」
「そうかい。首相、危なそうだったらすぐ動きますからね、車からは絶対出ないでくださいね。」
「わかったよ、約束します。」
その小さな、見た目、ごくあたりまえの普通自動車は、渋谷に向かった。
秘書は、どこかに電話を掛けた。
「***:。+++##&、4+++。$$$@‘!”*$$$。」
「そりゃあ君、何語?」
「金星語ですよ、首相。」
「はあ?なんだ、そりゃあ?」
「冗談です。気にしないでください、首相のためですから。タルレジャ王国の少数民族の言葉なんです。」
まあ、こうなっていては、動きようもない杖出首相だった。
どかっと、椅子にもたれかかった。
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「しっかし、首相は厄介だ。まさか、「不感応」とはな。」
絵江府大臣が、しかめっ面で言った。
「いまどき、皇帝陛下に盾つくなんて、時代遅れもいいとこだ、ちょこざいな。」
「そりゃあ、いささか言い過ぎですな。」
毛葉井大蔵大臣がたしなめた。
「かりにも、総理ですから。」
「そうそう、問題のない花道を作って差し上げなければね。」
四日総務大臣が補足した。
「いずれにせよ、我々としては、今夕、総理に退陣要請をする。それでよろしいな。」
大臣たちは肯いた。
「まあ、官邸で、少しゆっくりしてもらおうじゃないか。」
絵江府大臣は満足そうであった。
何しろ次期総理は、彼で決まりだったのだから。
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「へレナさん。」
「なあに、アニーさん。」
「シブヤでおかしな集会が始まりそうです。『火星人撃滅総決起集会』とかです。」
「うん?いまどき、そんなもん、大々的にやれるかな。」
アンジが出て行ってしまって、少し気落ちしたヘレナがつぶやいた。
「そりゃあ、すぐに公安が入りそうな気がするわ。」
「しかし、集会の自由はいまだ制限されておりませんからね。たとえスパイが入っても、取り締まり自体は無理でしょう。」
「ふん。確かにね。でも、集団でテロの準備をしていたと言われかねないわね。それって、誰が主催者なの?」
「ええ・・・・・、『地球の未来を考える会』。見えないくらいの小さな文字ですが、そうあります。」
「どういう団体かわかる?」
「いえ、該当なしです。ちなみに、王国でも、首都会館の横のビルで、似たような集会が始まりそうです。『国王応援大決起大会』です。こちらは『国王様を応援する会』ですな。」
「ふうん。それって、なに?」
「あなたが会長さんじゃないんですか?」
「違いますわ。さてさて、怪しいなあ。ダレルあたりが真犯人じゃないかなあ。連絡できない?」
「はい、雲隠れしてます。」
「リリカさんを呼んでください。」
「わかりました。」
「それと、第二王女が帰ってきたら、洋子お姉さまに会いにゆきますよ。」
「やりますか?」
「そう、やっちゃうわ。」
「え。あらららら・・・・」
「どうしましたか?」
「アンジさん発見。その集会場に入りました。どこから出てきたんだろうなあ?」
「ふうん。わかった、現場の誰かに乗り移るわ。あなた、弘子さんをお願い。じゃね。」
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