わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第百七十六回
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「話しは、つきませんわね。」
ヘレナが言い放った。
ダレルは、まだ憮然とした表情のまま太い腕を組んでいる。
『話しはついた、だと! 冗談じゃない。』
「金星人の地球での権益なんて、絶対に認めません。もし実力行使なんかしようというのならば。まあ、その気で対応しますが、いいですか? あなたがた、あたくしが本気になったの、見たことないでしょ? 金星を、太陽系の最果てに移動させるのなんか、簡単ですのよ。ちょいちょいですわ。ふんふん。さっき、なにが起こっていたか、情報は入ってますでしょ?」
ダレルにしても、そんなのは見たことがなかった。
しかし、たしかにソーから情報は得ている。
地球の月が、かなり大きく動いた。
10分ほどは、裏側を向いていたという。
そんな、急回転して、もう一人のリリカの施設は、無事だったのだろうか?
まあ、現在の太陽系の惑星の配置に関しては、もともと、かなり疑義がある。
こんな、絶妙な配置になったのは、偶然か?
タルレジャの神のおかげか?
ヘレナ本人は、むかしからこう言っていた。
『自然の配慮であって、それを『神の手による』と、アダム・スミスみたいに言ってもいいけど、まあ、そうじゃない。ほんの、偶然の産物よ。』
そうなんだろうか?
あれは、こちらの解釈が、違っていたのかもしれない。
ヘレナが、そんな、謙虚な存在だと考えた方が、おかしかったのではないか。
みんな、こいつが、やったんじゃないのか?
自分が、たまたま、ここに来ていたことが、偶然だった、と言ったのではないのか。
いま、ヘレナが言ったことからしたら、実はそうだったんだ、と言ってるようなものだ。
「そこで、わたくしは、いそがしいのです。大切な儀式がありますの。いったん、帰りますわ。あなたがた、話し合うなり、中断するなり、なさいませ。あ。そうそう、ド・カイヤ集団さまには、一定の報酬が上乗せされるような方式は、アリだと思います。金星にも、ある種のメリットを、考えてもよいわ。じゃね。」
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「じゃあ、つまり、ヘレナは、つまり火星の女王というのは、宇宙に働く力を、すべてコントロールできるわけですか。」
弘志が言った。
警部が応える。
「まあ、そういうことですよ。我々も、かなり使える。まあ、75%程度は可能だと言えるでしょう。しかし、女王は、まあ、99%程度は可能だと、考えるべきですな。1%は、未知の領域ですよ。100%というのは、まず、あり得ないと言う意味です。火星人と金星人は、4つの力のすべてを統一する理論の完成の一歩手前まで行ったのです。とくに、金星はね。ただ、力の利用という点では、これからが本番だと言うところで消え去った。火星も滅亡した。地球は、まだまだですが、努力はなされていますから、あと、ひとりかふたり、超天才が出現したら、いいとこまですぐに行くかもしれません。もとも、王女ふたりが、どこまでやるかは、未知数ですよ。第1王女は、わかっていても、公表はしない。」
「それは、ぼくだって、そうだと思っていたんだ。その超天才は、ぼくだしね。しかし、彼女は、それでも解明不可能なものを追いかけてるんだ。ぼくが思うに、力を使えても、必ずしも、分かっているとは、限らないんだ。人間は、自分の体の力の構造すべてを解明してはいないもの。」
「そうです。自分は、どこから来たのか? そこです。この宇宙のほとんどの力を利用できても、未知の部分があるのですなあ。」
「そこが分かったら、そうして、帰り方がわかったら、あの化け物は、そこに帰る。そうしたい。」
「まあ、おそらくね。しかし、その方策が分かると言う事は、まずなかろうな、と、ぼくは考えています。99%の力全てをもってしても、判らないのならば、われわれに、どうこうできるものじゃあない。」
「でも、女王は、いまは、お姉さまだとしても・・・その宇宙をいくつも渡り歩いたんですよね。」
「そう。本人は、そう認識している。宇宙の死と共に消え去り、ビッグ・バンのどこかの時点で、まったく他所の宇宙かなにかから、ぽっと、現れてくる。それが、どの時点なのかは、わからないです。インフレーション時点なのか、爆発と同時にか、それとも、ゼロ点以前か。」
「本人もわからない?」
と、弘志。
「あなた、自分が生まれた瞬間、知ってますか?」
「いえ。でも、ちょっと違うんじゃないですかあ?」
「そうさ、ぼくもそう思うよ。ちょっと違う、でも、まあ、喩えとしては適切だよ。でも、女王は、自分が生まれた世界の記憶はあるんだよ。永遠の時間を、ただ『自分』という意識だけで過ごした。これだって、比喩なんだと思う。それは、『言葉じゃあなかった』、と、言っていた。」
シモンズが、お湯をかき分けながら言った。
「永遠の時間、というのが、わからないですよ。シモンズさん。だって、姉さまがいたそこは、永遠じゃなかったんだから。」
「そうさ。そこも問題だ。ゲーテの言う、比喩にほかならぬのか? それとも、計測が不能なのか。ぼくはね、後者だと思うんだ。測れないんだよ。だから永遠なんだ。」
「時間の流れがないから?」
「そうだ。まさにね。」
「そんな世界が、そもそもありうるのかな? 未来はそうなるとは言われるけども、どうも、理解しがたい。少数の粒子は飛ぶと言う。なら、なにかがあるんじゃないの?」
警部が答えた。
「ありうるのですよ。確かに、この宇宙の未来は、きっとそうなるでしょう。ごく少数のなにかが飛んだとしても、復活はしない。それは、間違いがないと考えられるんです。ぼくらの種族も、火星人類も、金星人類も、地球人類も、それは、まあ、突き止めた。しかし、それだと、なにものも存在できない。じゃあ女王は、なんなんだろう? どうして、そこから他に移るのか? そこは、我々にもまだ解明できないんですよ。だから、困る。」
「自分の意志じゃあないの?」
と、弘志が言う。
「本人は、そうじゃないと言う。そもそも、ご丁寧に、自分は、存在しないのに、存在しているふりをするなにものかなんだ、とか、言うんだ。存在の擬態だとね。」
「ふうん・・・・でも、実際、一杯、生きてきていたんだろう? なんで、最初の記憶がないのかな?」
「そこは、わかってる。君の勘違いだよ。彼女が言う、その生まれいづる前の暗黒は、最初の時だけらしいんだ。それ以降は、ちょっと違うらしい。」
「はあ・・・・わかるような、作者のご都合主義のような。」
「まあ、なんとしても、あの化け物には、帰っていただくしかない。そうじゃないと、宇宙の終末まで、付きまとわれることになる。きみは、永遠化の処置されてる?」
「いやあ・・・・ぼくは、そんなことは、ないと思います。」
「うん。警部さんは、そもそも、不死化してるのかな?」
「まあ、準不死化ですな。実績がないから。」
「そりゃあ、みんな、そうですよね。ぼくも、そうしよう、と、言われてはいるが、拒否してるんだ。あほらしいだろう? まあ、ダレルもリリカも、そうらしいし、あのシブヤのママも、ほかにもかなりいるらしいけれど。みな、ヘレナの犠牲者だよ。」
「そりゃあまあ、失礼しました。」
警部が恐縮した。
「あああ、いやいや、あなたは、ちょっと別ですよ。出身が他だから。」
珍しく、シモンズが、筋の通らない言い訳をした。
そこに、アニーが割り込んだ。
『興味深いお話し中ですが、帰りますよ。警部さんは、どうされますか?』
「ああ、ぼくは、もうしばらく、ここを見張ります。」
『そうですか。じゃあ、残りのお二人は、服を着て下さい。地球に帰りましょう。弘志さんは、人生の大事ですよ。ヘレナは、早く子供が欲しいんですから。』
「あのう・・ぼくは、まだ高校生だよ。武もね。いいのかなあ。不安だよ。実際。」
『あなた方の身体は、そのように作られて来ています。大丈夫です。』
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「みなさん、みなさんも、まあ、この国の教育は水準が高いと聞いていますし、だからして、ご存じでありましょうが、この宇宙は、四つの力で成り立っております。」
ブル先生は、いんぎん丁寧を貫いている。
日本語は大変上手であり、母国語と見られてもよいくらいである。
しかし、ブル先生は、表向きはタルレジャ王国人であり、その実態は、火星人である。
今は、角や牙を、隠しているが。
しかも、体はでっかいのだ。
タルレジャ人には、こうした体形の人間が、確かにいる。
それは、遠いこの国でも、かなりの常識にはなっている。
「はいあなた、その四つとは?なにか?」
指さされたのは、実は州立大学の、ブル先生の女学生である。
まあ、『さくら』みたいなものだが、ここでは助手でもある。
「はい、ええと、重力と電磁気力と、強い力と弱い力です。」
「はい、よくできました。減点されなくてよかったね。ええ、彼女は、ぼくの学生さんです。ただし、史学科であって、宇宙物理学ではない。アマチュアですな。」
会場から、笑い声が起こった。
「そういうわけです。その、内容はちょっとおいといて、もしこの地球で、この全ての力を、自由自在に操れる存在があれば、それは、もう、大変なものであります。地球人類など、歯が立たない。」
ざわざわざわ。
「地球人の実力は、実のところ、まだまだ、幼稚園入学時の、児童程度というところなのです。しかし・・・・はい、出して。」
先ほどの学生が、パソコンをいじった。
ブル先生は、太陽系の配置図を、大きな画面に表示させたのである。
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