わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第百六十五回
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南島の防衛隊は、短い海を挟んで、じっと北島の防衛部隊と対峙していた。
すでに、観光客の受け入れは停止され、緊急事態の場合以外の行き来も、王室により、厳しく制限されている。
『皇帝ヘネシー』は、『第1王女』が脱出したという情報を得た直後に、南島の『防衛隊』を、北島に進攻させる判断を下したのである。
一方で、『第2王女』、すなわち『総督ルイーザ』に対して、北島側の防衛隊に、動かないように指示を出すよう命令した。
これは、『王室』と『教会』にとっては、悩ましい事柄である。
『国王』は、収監されたままであり、全権を持つ『第1王女』は、連絡が取れず、事実上行方不明のままだ。
そうなれば、『第2王女』が、王国の権限を代行すると考えられるが、『第2王女』は、地球帝国のナンバー2であり、その立場のほうが優先されることになっている。
そこで、『第1王女』は、いざというきの代行者としては、混乱を避けるためにも『侍従長』を指名していた。
だから、北島の『防衛部隊』は、侍従長の命令で動く。
ところが、北島には、もうひとつの武装集団がある。
『タルレジャ教会』だけに従う、精鋭部隊、『教会守護隊』・・・『教母様の部隊』とか、『神の守護隊』とかも呼ばれるが・・・である。
本来、その姿を外部に見せたことは、有史以来はほとんどなかった。
だから、『幻の部隊』とも言われ、実は存在しないのだろう、とも考えられてさえいたのだ。
『教母様』は、侍従長に対して、古式にのっとり、使者を立てて伝達してきた。
『もし、防衛部隊を動かさないのならば、『守護隊』を動員します。』
要約すれば、こうである。
『南島の正規防衛部隊を、北島に入れるから、北島は、無抵抗で受け入れなさい。』
これが、政府の意向。
『もし、王宮が無抵抗で受け入れるのならば、タルレジャ教会は、単独で反抗します。』
これが、教母さまのご意向である。
侍従長は、どちらかにつくのか、あるいは、見て見ぬふりをするか、判断をしなければならなくなった。
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もちろん、この情勢を、アニーは確実に把握していた。
ヘレナの『本体』は、金星にいる。
もっとも、ルイーザは、ヘレナの『分身』になっているから、彼女を動かせば用は足りるわけだ。
ヘレナは、古典的な方法を取った。
紙に古来から伝わる、『スパイ・ペン』(火星の『学校教材』の定番でもあったが・・・)でもって、メッセージを書き、会議場内のダレルに渡したのである。
『いまどき、こんなものをよこすとは、まったく、困ったもんだ。』
ダレルは、この、元『母』のいたずらぐせは、良く知っている。
『解読ペン』は、常に携帯していた。
『ヘネシーを、それと、あとひとり、やっぱ、拘束します。あしからず。』
会議中だったが、ダレルは、立ち上がって、ヘレナを見た。
周囲の重鎮たちは、びっくりして、ダレルをみつめた。
『こやつ、しびれをきらせて、軍事攻撃を言い渡すつもりか?』
金星の情報局長は、さっと、緊張して身構えたのだ。
しかし、ヘレナを睨みつけた後、ダレルは静かに座った。
それから、メモを、ソーに見せた。
直後、メモの文字は、空中に消滅した。
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侍従長は、『第2王女』に、教母さまのご意向を、直接伝えに来た。
しかし、その時点で、『第2王女』は、ヘレナの意志に満たされていた。
つまり、『第2王女』自身の自我は、ほぼ、付属物程度にしか無くなっていて、彼女は『ヘレナ』自身になり切っていたのだ。
『侍従長さま、わしは、へレナじゃ。そのつもりで、対応してくださいな。よろしくて? あん・ぽん・たん、ですわ。』
これは、侍従長に対する、一種の暗号である。
自分がへレナであると、言い渡したわけだ。
『ぎぇ! そうきましたか。』
侍従長は、そこらあたりのことは、承知ずみである。
彼は、普通の地球人ではないのだから。
こうしたことは、冗談では、何回か、やられたことがある。
また、巷においては、時々、都合がつかなかったときに、内緒で入れ替わっていたこともあるらしい。
しかし、それらは、あくまで、いたずらの類い(それにしては、質が悪いが・・・)だった。
今回は、もしかしたら、内戦に発展するかもしれない、異常事態である。
いや、『皇帝陛下』は、十分、そのつもりらしい。
侍従長は、ついに決心し、北島の防衛部隊に、実戦の応戦態勢を指示した。
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『拘束する』、といっても、ヘネシーは、自ら別の場所に移動をしたわけではない。
それでも、外部との意思疎通は、一切できなくなった。
頼みの『カイヤ』も、まったく、彼女に応答しなくなった。
また、皇帝秘書室からも、入って行くことが不可能になっていた。
実際のところ、彼女は、あの『第3王女』専用の、『祈りの祠』に空間移動させられていた。
そこは、以前は、ダレルが入り込む余地を残していたため、ヘレナは、その弱点をすでに『補修』していたのである。
ただし、あれは、実のところ、ダレルと、お互い、『了解済み』で、行ったことだけれども。
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中村教授は、愛弟子が想定しなかった、あたりまえの対応に出た。
開館と同時に、彼はセンターの受付にどうどうと現れ、自分が何者かを告げた。
それから、『予約はしてないが』、としたうえで、所長に面会を申し込んだのである。
教授は、すぐに、所長室に通された。
「やあ、ひさしぶり。元気だったかな。しかし、なんだ、こんな朝っぱらから?」
所長が応対した。
このふたりは、学生時代からの、友人だったのである。
つまり、この所長は、一年間、日本合衆国に留学してきていたのだった。
「夕べ、帝国の連中さんたちが、大事な人をここに運び込んだんだ。すぐに、解放してほしい。」
「だれ?」
「クークヤーシスト先生だよ。」
「え? いやあ、今朝、名簿を見たけど。そのような名前はないなあ。でも、女性は二名、緊急収容されてるなあ。ええと・・・写真とかあるかい?」
「ああ・・・・ほら。」
「むむむむ。別名で入ってるね。今朝、7時に帝国の命令で移動されてる。」
「ええ~~~! どこに。」
「移動先は、告げられなかったようだな。」
「そんな、彼女は、世界的な音楽家だよ。彼女の母国が黙ってないと思うよ。おそらく、『全ヨーロッパ連合』がほっとかないよ。いくら、『地球帝国』でもね。もし、『皇帝陛下』自らの命令ならば、それは、どうなるかわからないが、なんせ、彼女は『第1王女様』と、それに『総督閣下』の恩師でもある方なんだ。ま、ぼくもだけども。」
「げ!」
所長は、青ざめた。
「さがすよ。すぐに。ここにいてくれ。」
「ああ、早めに、たのむね。」
中村教授は、長びかせたくはなかった。
自分自身が、必ずしも、安全な身の上とは言えない。
あまり、この男と、じっくり話し合いとかは、したくなかったのだ。
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『第2王女』の精神は、センターに達してはいた。
しかし、途中で、彼女自身の精神が、ヘレナに完全に同化してしまっていた。
つまり、自分は、ルイーザであるという自己認識は、なくなってしまっていた。
自分が、どうしたかったのかも、判るようになっていたのである。
その『第2王女=ヘレナ』は、同時に、北島と南島の紛争に介入しようとしていた。
だから、同時に対応することは、別に不可能なことではないのだけれど、ルイーザに比べて、ヘレナはめんどくさいことは、可能であっても、あまり好きではない。
というよりも、本来、感情がない存在・・・いや、存在ではない存在なのだけれど、弘子=ヘレナの性格と反応して、つまり、『嫌い』である。
楽しみは、あとに、ちゃんと、取っておきたいのだ。
さらに、ヘレナは、最終的にはだけれど、ルイーザほどには、お人好しでは・・・つまり、優しくは、ない。(表向きは、ルイーザの方が、性格がきついように、計らってはいたが・・・)
本質的に言って、かなり、きつい、というよりも、『残酷』な性格なのだ。
すでに、言ってしまってかまわないだろうが、彼女の最大の好物は、本来『人間』であるくらいだから。
改造された、クーク先生も、いっぺん見てみたかったのだ。
クーク先生は、なぜ、天才なのか?
脳の、どこが、そうさせるのか?
弘子たちと、同じなのか?
大変に、興味深かった。
後で元に戻すのは、へレナならば、たぶん、十分、可能である。
クーク先生の搬送先は、『タルレジャ・タワー』以外は、考えられない。
中村先生が、絡んできたのは、少し予想外だったけれども。
ただし、その先は、違う場所に移動させるつもりだったのだが。
つまり、王宮の、太古からある『実験室』である。
長らく、使わなかったのだけれども。
ビュリアは、深く回心した結果、宗教団体を創設し、永い懺悔の日々を送った。
本当に、もう、永い永い年月、そうしてきたのだ。
しかし、ここにきて、問題がいくつも発生していた。
ヘレナは、そこを、解決する必要に、迫られていたのである。
『紅バラ組』を取り込んだのも、その一つだった。
しかし、すでに、本質的な『欲求不満』の、解消が必要だった。
本当は、儀式の晩まで、大人しくしていたかったのだが、そうもゆかなくなってきていた。
ヘレナ『本体』だけでは、制御しにくくなってきていたのだ。
絶対に、秘密ではある。
じい、以外には。
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