わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第百六十二回
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中村教授は、クークヤーシスト女史を、夜通し探し回ったが、どうしてもみつからなかった。
電話連絡も付かない。
電話の電源自体が切れているようだった。
滞在しているはずのホテルにも確認したが、まったく、帰ってきていないという。
メッセージもない。
しかし、困ったのは、教授だけではない。
マネージャーも、招へい元事務所も、困った。
国際的有名人である女史は、翌日以降も、公開レッスンやらリサイタルやら、王国の音楽家との対談やら、雑誌の取材やら、スケジュールがびっしりである。
今夜、王女様と共演した王国オケとの、『協奏曲』の夕べ、も、二日後に企画されている。
『創立式典』と、なによりも『婚約の儀』の、前夜祭企画のひとつである。
ブラームスの『ヴァイオリン協奏曲』が、予定されていた。
女史の、もっとも得意とする、曲目である。
お祝いにも、ふさわしい。
教授やマネージャー、連絡を受けた事務所の担当者たちは、日が昇るまで女史を探しまわったが、まったく行方が掴めない。
唯一、きっちりとした情報は、教授が昔からの顔なじみである、ホールの支配人から聞いた報告である。
「レストランに入ろうとしていたクークヤーシスト先生のところに、見慣れない女性が近づいてきて、それから慌てたように二人で玄関ホールに降りて行ったらしいですよ。その先は、わからないんですが。」
とうとう、もう、また次の、猛烈に暑い日が、明けてしまった時間になって、中村教授は、自宅の長いソファーに倒れ込んだ。
妻は、先に帰ってきていたが、教授のところにやってきて、キスをした。
そこで、教授は、はっと気が付いた。
『まさか・・・・』
中村教授は、妻を横に座らせて尋ねた。
「見つからないんだ。どう考えてもおかしい。犯罪に巻き込まれたのなら、国際的な大問題になる。王国警察には、マネージャーさんがすでに捜索を依頼したはずだ。しかし、ホテルからも、どこからも連絡が来ない。しかも、マネージャーさんにも、夜明けから連絡がつかなくなってるんだ。・・・君・・・なにか、知ってない?」
「まあ、どうして?」
「君、ぼくのこと、当局に通報したろ? 弘子君が介入しなかったら、どうなってたか、わからない。」
「少なくとも、そんなことを、言ったりはしなくなっていたでしょうねぇ。」
教授は、妻を見据えて言った。
「通報したのか?」
「さああねぇ。」
「答えてほしいんだ。通報しなかったのか?」
妻は、こう言った。
「あの方の為よ。音楽家も、きちんと、皇帝陛下を敬わなければ。」
教授は、即座に立ち上がった。
「やめなさい。あなたは、正しくない。」
「いいや、君が正しくないんだよ。出かけるけど、通報しないでよ。」
教授は、外に走り出ると、普段は、最近はあまり使わない方の、『日本合衆国製小型車』に飛び乗った。
それから、備え付けの電話で、普通は意外にも、友人や家族、教師以外はまず知らない、『道子』の日本国内の携帯番号に電話を掛けた。
つながるはずだ。
「はい。」
「あ、道子くん?」
「先生!どうなさいましたか?ここに、いまどき、掛けていらっしゃるなんて、普通じゃないですよね?」
「しゃべっても、いいか?」
「いま、タルレジャタワーの総督室です。大丈夫です。ひとりですから。」
「実はね・・・・・・・・・・・・」
「え~~~! クーク先生が! 大変。すぐに探します。間に合えばいいけれど。。。。」
「なに、それ?」
「先生はご存じないことでしょうけれど、『皇帝陛下』が、王国内の『再教育施設』に、昨日指令を出したんです。『創立式典』までの間の再教育不感応者には、脳の改造手術を実施して、人格の約30%の『ロボット化』を指示したんです。まったく、あたくしにも、相談なしでしたの。『実験的』なことだとか言って。あたくしも、夜中にここに帰ってから、それを知りました。到底、賛成できません。ただし、実際は、『皇帝陛下』の権限なので、あたくしには、最終的には抵抗はできません。でも、この後、『皇帝陛下』には、抗議しに行きます。あ、先生は、対象には、なりませんから。」
「くそ・・・。30%のロボット化って、どうなるの?」
「まあ、『帝国』や、『皇帝陛下』に対する、無条件の『絶対の忠誠心』が、完全にゆるぎなくなり、そこに関する冗談は理解不能になり、そうした話は、まったく通じなくなって、通常の豊かな表情とか、ユーモアのある感情表現などは、かなり抑制されると思います。『帝国』からの命令には完全に忠実になり、たとえば、『帝国』の命令ならば、親しい人の殺人もまったく厭わないでしょう。非常に不寛容な『帝国』賛美者になると思います。芸術家としては、それでも、30%ならば、まだ、ぎりぎり、成り立つでしょうけれども・・・」
「くそ、君、いいのか、それで? ああ、失礼、ぼくは、やることをやる。君には立場がある。ありがとう。連れ込まれるならば、首都の施設だな。」
「ああ、先生ダメですよ。あそこに、直に乗り込んだりしちゃあ。先生も危なくなりますから・・・・あら、先生?」
教授は、電話を切った。
目的地は、王国の首都の外れにある、あの『教育センター』だ。
行ってどうするのかは、わからない。
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走り出した教授が、絶対に止まらないのは、道子=ルイーザはよく承知していた。
間違いなく、中村先生は、『教育センター』に行くに違いない。
しかし、無謀な、殴り込みはしないはずだ。
おそらく、正規の手続き・・・といっても、名前と住所を書くだけだが・・・を行って、『自己診断コース』あたりに申し込むだろう。
それで、それから、施設内を荒らし廻るに決まっている。
まだ7時か。
センターは、8時からだ。
先手を打つことにしよう。
間にあえばいいが、・・・『皇帝陛下』が出した指令を、総督が覆すことは、まず不可能だ。
それは、『第1王女様』の命令が絶対なのと同じだ。
そういう意味で言えば、道子=ルイーザは、いつも2番手だったから、慣れている。
覆せなくても、ちょっとだけ、止めることは、可能なものだ。
もし、夜中も、陛下にせきたてられた、『教育センター』が、忖度『営業』してしまっていたら、やっかいなことになるだろうな・・・・。
一度、脳自体に、手を加えられたら、再生は、出来ないだろう。
ルイーザは、即刻、行動に移すことにした。
それから、次には『皇帝陛下』を、抜き打ち訪問だ。
あの子は、朝は、昔からの習慣で、早くから起きている。
もう、お祈りは、していないのかどうかは、実は分からない。
それは、王女同士でも、詮索はしてはならない事柄だったのだ。
それは、神に対する、冒とく行為である。
お祈り中に、押しかけるのも、実は、マナー違反である。
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