わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第十四章
山鹿先生は、ポケットの中の「緊急ベル」を押した。
これは、生徒を信用していないからでは無くて、ここ半年ばかり『正体不明』の団体からの脅迫めいたメールが多数送られて来ていたこと(まずは、学校の教育方針が気に入らない。はっきり言えば、タルレジャ王国の王女などがいることが気に入らないから、退学させろ、貴校の後ろには宇宙人がいる。正直に告白しなければ学校を破壊する、など。少し人種差別的な雰囲気もあった。)から始まったが、このところ多くの異常現象が起こって、生徒や教員、保護者たちが怖がっている状況も重なってきているから、だった。さらにこのままでは、学校の正常な運営ができなくなる恐れもあったのである。もちろん当局には知らせていたが、地球帝国の突然の創設、火星人による地球支配、それにからんだ行政の一部混乱、と情勢が急速に動き、さらに複雑になってしまっていたのである。
教室のドアがノックされた。
山鹿先生が応対に出て、ガラス越しに、黒い影しか映らない数人の人たちと話し合いをしていた。
それから先生が教壇に戻って言った。
「気分の悪い人は、保健室に行って結構ですよ。手を上げてください。」
くっこが手を上げた。
ミアも、続いた。
「行こう、弘子様。」
『む、こいつら、図ったな。』
と、弘子は思ったが、ここは、ありがたく従う事として手を上げた。
アンジが、やはり手を上げた。
他にも、4~5人続いた。
「ええ、どうぞ。じゃあ、もし授業中でも、気分が良くなかったら、遠慮しないで言ってください。じゃあ・・・・。」
山鹿先生は教室から出たが、すでに一時間目の教師が来て待っていた。
教室を生徒だけにしない作戦らしい。
さらに、5人くらいの教員が廊下に立っている。
教師ではないらしき人も、混じっていたが。
その人物と教頭先生が、後ろのドアから中に入った。
弘子とすれ違った瞬間、彼女は、その人物に言った。
「なんで、あなたが来てるの?」
しかし、実際は返事も聞かずに、弘子は教室から出て行った。
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この学校の保健室は美しくも、大きい。
部屋も三室あり、担当教師も3人いる。
個室もある。
全員が女性。
一人は医師でもある。(おまけに、武術の達人でもあったが。)
他の二人は、心理カウンセラーの資格も持っていた。
学校側は、アンジは個室に入れようとした。
本人も、これが良いはずだったのだ。
しかし、今回は「他の人といたい」と言い出したのである。
様々なおかしな現象の出所は、アンジであろうというのが、ほぼ共通の認識になっている。
いまや「不感応者」「背徳者」「ミュータント」は、要注意人物として、人々の心に植え付けられているのだ。
発見した場合は、「通報」が市民の義務と認識されていた。
しかしながら、この社会はまだ、初期段階の状態だった。
道子(総督閣下)が人々の心に植え付けた意識が「基本」ではあったが、まだはっきりとした「ルール」のような形として整ってはいなかった。
それは、まだ「余裕が」あったという事でもある。
アンジは「監視」状態ではあったものの、自由を束縛されることにはなっていなかった。
そこには、「実家」の力がモノを言っていたことも事実だったのだ。
学校側は、少し困った。
仕方がないので、弘子が決めてあげたのだ。
「ええ、もちろんみんな一緒が良いですわ。」
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四人は横並びでベッドに横になっていた。
最近保健室は、常に誰かが休みに来ている状態だった。
ところで、おかしなことと言っても、内容はさまざまである。
トイレのスリッパが宙に浮いていた。
電子ボードの(黒板でも白板でもなく・・・)タッチペンが宙を踊っていた。
というような、タヌキさんの悪戯クラスのものから、学生食堂の食器やナイフ・フォークが、いっぺんに浮かび上がって、生徒たちがいる中で戦争をしたという、いささか危ないものもあった。
ちょっと意地悪で有名な先生が、四階から、(階段の上を)下まで叫びながら飛んで軟着陸した、というのもあった。カーブもきちんと曲がっていたのだそうだ。
その現場のどこにも、アンジがいた。
幽霊らしきものが出現したり、血まみれの戦国武将が現れたり、などというのもあった。
いずれも、半分は冗談めいてはいたが、今日の核爆弾騒ぎは、レベルが違っていたのである。
しかも、第一王女を明らかに標的にしていた。
これは、国家的な外交問題にもなりかねなかったのだ。
事実、まあご近所とは言え、王国大使館の一等書記官が、視察に飛んで来ていたわけだ。
大使館としては、せっかく保護したのに、病院に逃げられたうえ、そこから勝手に学校に行かれたのだから、ご機嫌斜めで当たり前である。
ところで、先ほどの『核爆弾の出現』を、しっかりスマホに動画記録していた生徒がいたのである。
彼は、クラス内でも、あまり目立たない生徒ではあったが、さっそくそれを動画サイトに投稿してしまっていた。
となりの席の女子がそれを見ていたわけだ。
四人は、当然しばらくは大人しくしていた。
先生は、一時間休んだら、話をしたいと言っていた。
「あれは、なんだったんだろう?」
ミアがつぶやいた。
「さあ、わからないけど、恐ろしかった。本当に。」
くっこが答えた。
「アンジ、大丈夫?」
弘子が尋ねたが、アンジはじっと目を閉じたままだ。
しかし、少し笑っている感じもした。
「ふうん・・・・」
弘子はうなった。
「・・・時が来てしまった。」
アンジが突然おかしなことを言った。
「え?」
「来るべき時、だよ。決められていたんだから。」
「何が?」
「終末さ。」
「はあ?何よそれ?」
くっこが噛みついた。
「終わりが来る。その前に大きな争いがある。人類は滅亡する。」
「やっぱり、あんたが犯人だろう?」
一直線のくっこが起き上がって言った。
アンジは、反対側を向いてしまった。
「あたしよりは、弘子さんが詳しいさ。」
「む。」
二人は弘子とアンジを見比べていた。
「あ、メール。」
ミアは、スマホを持ってきていた。
「うわあ?なにこれ・・・・。」
それは、先ほどの動画だった。
ただし、そこには爆弾だけではなく、弘子の様子も映っている。
弘子の頭の上から、真っ白く透き通った手が伸びているのだ。
爆弾を、触っている様子だ。
発信人は、『宇宙人』
「いやあ。きもち悪いー!」
ミアがスマホをベッドの上に投げ出した。
「どうしたの?」
先生が慌てて駆けつけてきた。
「いえ、あの・・・夢見ました。」
「はい・・・・・??・・・」
弘子は、スマホを隣のベッドから取り上げて画像を確かめていた。
「むむむむ・・・・・・やないたずらね、笑止!」
弘子は、まったく相手にしなかったのだ。
しかし、弘子と道子が、本当は超能力者じゃないのか、というような噂は、古くから校内にはあった。
ただし、もしそうだとしても、二人は「正義の味方」のはずだった。
今回の「事態」で、それは証明されたような状況にはなった。
ただし、実際、なんとなく気持ち悪くて、恐ろしかったのだが・・・
アンジは、結局どうやっても、旗色が良くはなかったのである。
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先生の問診は、通り一遍、と言ったら悪いが、どうしてもそうなってしまう。
しかし、今回の内容は、教師を悩ませるものだったことは、間違いない。
弘子は、ただし、あまり正直には話さなかった。
四人は、四時間目は授業に出て、しかもおかしなことは、何も起こらないで無事に済んだのだ。
お昼の休憩時間は、たっぷり一時間ある。
弘子は、周囲が気にすることもあって、昼食は一人で済ませることが多い。
誘われれば、ほいほいと付いて行くが、自分からは誘わない。
さすがに今日は、声をかけてくる生徒はいなかった。
実は、ミアとくっこは、そうしたかったのだが、午後一の授業の準備当番であったことから、そうもゆかなかったのだ。
二人は、さっさと食事は終わらせて、奥の四階建ての校舎の最上階で、理科の準備作業を行っていた。
昼食を済ませた弘子は、校内散歩に出かけた。
その通称『四階』を、下からゆったりと歩いて回っていた。
三階と四階の間で、工事関係の業者さんが五人で何かの作業を行っていた。
そのうちの一人は、ご近所の電気屋さんの息子さんで、顔見知りだった。
四階に上がると、向こうからミアが現れて、弘子に気づいた。
彼女は手を振って走ってきた。
弘子は手を振りながら、何か怪しい気配を後ろから感じた。
ふと振り返ると、先ほどの五人が、後ろからにじり寄ってきていたのだ。
手に手に、大きなスパナだとか、鋭いナイフのような工具だとか、明らかに改造されて火炎放射器になっているバーナーのようなものだとか、あからさまな拳銃とかを持っている。
「ミア危ない、隠れて!」
そう叫ぶと同時に、彼女は素早く動いた。
タルレジャ拳法の世界では、世界に三人しかいない最上級者の一人である弘子の動きは、すさまじく早い。
ナイフとスパナを振りかざしてきた男二人の顔を、素足の拳で吹っ飛ばした。
火炎放射をしながら襲ってきた男は、スライディングでひっくり返して、喉元に一発ぶち込んだ。ピストルで撃ってきた二人は、天井まで飛びあがってから、足で首を絞上げめながら、もう一人には猛烈パンチを打ち込んだ。
その時間、せいぜい三十秒足らず。
足の裏で、ひっくり返った男の顔をぐりぐりしながら、弘子は深呼吸をした。
電気屋さんの息子さんには、少し手心を加えておいた。
他の人は、1月くらいはちょっと痛くて動けないだろう。
「おみごと!」
階段の陰から現れたスーツ姿の若い男が拍手した。
「さすが、王女様です。」
これはタルレジャ語だった。
「あのね、いたのなら助けなさいよ。あなたがたボディーガードでしょう?弾が当たったらどうするのよ。」
「いやあ、お邪魔したらしかられますからなあ。それにピストルの弾なんか、勝手に避けて当たりっこないですから。火でさえ、あなたのご威光には逆らえない。」
「ばかばかしい。」
男たちは、駆けつけた警察官たちに逮捕された。
「電気屋のお兄ちゃん、わたくしのこと、わかってなかった。誰が操ったのか・・・」
向こうの部屋の陰から、ミアが、さらにその向こうの実験室からはくっこが、恐ろしそうに覗いていた。
「あなた達、大丈夫ですか。」
ふたりは、やっとのことでうなずいた。
弘子は、二人に近寄っていった。
「もう、今日は変な事ばかりね。」
「超常現象よ。弘子・・・。さっきの動画見たでしょう?」
「まったく、質の悪い画像加工なんかしてた。あんなの簡単にできちゃうわ。」
「画像加工?」
「はい。あんな、真っ白な手、わたくしの、この輝く肌とは大違いですわ。」
美しく褐色に輝く右腕を、その左腕でささっと、さすりあげながら弘子は言った。
「誰かの手を切り取って、くっつけたのね。」
「よけい、こわいよー!」
くっこが叫んだ。
「あら、御免なさい。」
校長先生と教頭先生、山鹿先生が駆け上がってきた。
「はあ、やはり、ただでは済まないか・・・また、後でね・・・」
弘子は、先生方の方に歩み寄った。
「やっぱり、超常現象よね。」
くっこが重ねて言った。
「うん。でも、確かに、炎は弘子を避けてたわ。」
「え?」
「だってそうよ。」
「ふうん。そうかも・・・・。やっぱり女神様かも。」
二人は、先生方に囲まれた、弘子の美しすぎる後姿を見送っていた。
その二人にも、他の先生が付き添いに来ていた。
しかし、弘子は階段の踊り場で、警官に取り巻かれて、自動小銃を放り出したままで倒れている男三人を目撃した。
あのちょっときざなボディーガードは、仕事をまったくしていなかったわけではなかったらしい。
「一発も相手に撃たせなかったとなると、かえって危ない人かもな。」
弘子は、そう考えていた。
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