わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第百三十一回
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曲はいよいよ最終場面にさしかかっていた。
カール・ニルセン氏独特の、いくらかニヒルな音程感で構成された舞曲調の終曲部分である。
今夜のプログラム前半の、シベリウス氏の協奏曲ほどには音の跳躍が激しくないが、また一方で、近代的な客観性は一切手放さない。
第1楽章よりも、むしろ一見地味な感じの音楽なのだが、演奏はやはり、大変に難しい。
けれども、ルイーザは、最後まで絶好調だった。
絶好調と言うよりも、明らかに人知を超えるような演奏、と言った方がよかっただろう。
聴衆にすると、シベリウス氏の協奏曲ほどには、まだ耳に馴染んではいないと思われる音楽である。
まして、この一年中、暑いタルレジャ王国とは、かなり異質な音楽だとも思える。
けれど、ルイーザにとっては、そうした環境的、文化的な壁と言うものは、まったくないに等しかったのである。
彼女の、あまりの迫力に、聴衆は圧倒されてしまったのだ。
突然の終末。
これも、いかにもニルセン氏らしい終結である。
ホールが爆発するような拍手が巻き起こったのは当然だった。
「いやあ、やっぱり、王女様とか、総督閣下なんて、もったいないことだ。」
妻の前で、言ってはいけないセリフなことは分かっていたが、教授は、はっきりそう言った。
妻には聞こえたはずだが、反応は皆無だった。
総督閣下そのものを賞賛した言葉だから、「あれはいいのよ」、とは、あとでホールを出がけに聞かされたことだ。
本割の演奏は、ここまでである。
しかし、このふたりが演奏会をする際は、ここからが言ってみれば本番のようなものだった。
聴衆が大好きな、ポピュラーでアクロバティックなヴァイオリン曲を、たくさん聞かせてくれることが通例だからである。
その姿が、抜群な人気を誇っていたことも事実だが。
もちろん、今夜の聴衆も、そのつもりだし、本人たちもそう考えていた。
しかし、『地球帝国警察』は、誤りを犯した。
彼らは、王女様たちの音楽に関して、あまりに無知だったのだ。
『第1王女』は控室に戻ったところを、拘束された。
『第2王女』=『地球帝国総督』はその場で抗議したが、『皇帝陛下の指示である』と言われてしまうと、それ以上の対抗措置は取りにくかった。
さらに『第1王女』は、あっさりと妹に、こう告げたのである。
「あと任せたから、ふたり分、弾きなさいね。」
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ふたりの演奏会には、緊急事態に備えて、常に控えのピアニストが待機していた。
その役割は、現在のところ、3人の若いピアニストで構成されたメンバーが受け持っていた。
女性がふたり、男性がひとり。
もっとも、彼女や彼が、本来の意味で登場したことは、まだ一回もなかったのである。
それでも、いつも、アンコールで、王女様がふたりでデュオをする際には、必ず登場をして伴奏をする。
それだけでも、彼女や彼にとっては、計り知れない利益がある。
まあ、それなりの収入もある。
もちろん今夜も待機して準備していた。
もちろん、アンコールで演奏されるすべての曲を、いつでも完璧に伴奏できるようにしておく必要がある。
そうして、この王女様お二人の『婚約記念演奏会』という大舞台で、たまたま順番に当たっていた『彼』は、大チャンスを得たことになる。
いずれにしても、『帝国警察』は、発足直後に、さっそく思わぬ大失態を演じることとなった。
パブロ議員は、彼らに同行していたおかげで、これまた意図してはいない事項で、批判の対象者になってしまった。
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『ヘレナさん、ヘレナさん。』
「なあに、アニーさん。」
『いいんですか、逮捕なんかされちゃって。』
「逮捕じゃなくて、保護だって。飛行中に爆破されるわ、それになんでも、誘拐予告があったとか。だから、あたくしの身の安全を図るのだとか。」
『悪魔とか、魔女とか言われるヘレナさんを、檻に入れとくだけでしょう。』
「まあ、うれしい。アニーさんが褒めてくれるなんて、何千万年ぶりかしら。」
『もうすこし近いです。でも、ダレルさんが、付箋のついてない『異次元監獄』を用意してますよ。今回は改良版みたいで、入れられると、アニーさんにも探せないですよ。それと、今確認した情報ですが、武さんも捕獲されましたよ。』
「はあ。鬼の目にも涙、お上のお情けとかいうものね。」
『さっさと、逃げちゃったらいいでしょう。後は弘子さんに任せて。』
「ふうん。そうね。ところがね、困ったんだなあ。」
『何が困ったんですか? ヘネシーさんは、きっと、あのままでは自決しますよ。アニーは、そう見ました。』
「それは、させないつもり。絶対ね。でもね、ダレルちゃんは、そんなこと先刻わかってやってる。何を、企んでるんだろう。どうも、そこの最後のところが、まだ読めないんだ。しかも、誰かが邪魔に入ってる。・・・実はね、なんだか、この体から抜けられないんだなあ。」
『はあ?・・・・・そんなこと、あり得ないでしょうに。この宇宙誕生138億年、そんなことはなかったでしょう。』
「まあね。そう思っていた。ねえ、アニーさん。」
『はいはい、ヘレナさん。』
「あたくし、偽物かもしれないわ。」
『へ?』
「自分ではホンモノと思っているだけの、間抜けな分身だったのかも。」
『いやあ、それはないですよ。アニーはずっとあなたを補佐してきている。まあ、基本的には、あなたの分身の命令にも従いますがね、それでも分身かどうかは分かりますよ。あなたは、分身じゃない。』
「いやあ、そういうレヴェルのお話じゃあないんだなあ。これが。」
『いやあ、わからないですよお。何、言ってるんだか。大体、脱出できないというのは、アニーの理解の範囲外です。あなたは、通常の物質に意志の影響は与えられるが、その物質自体の影響は受けないのが基本です。ありえないですよ。あなた、どっちかと言うと、人間よりも悪霊に近いんだから。』
「まあ、ありがとう。褒めてくれたんでしょう?」
『じゃあ、仕方ないから、弘子さんごと移動させましょう。武さんもついでに。』
「そうね。いったん、雲隠れと行きますか。あたくしの部屋に運んで。」
『了解・・・・・あれ? ・・・・・あらら・・・・・・』
「どうしたの、アニーさん?」
『上手くゆきません。なぜだろう? あり得ないです。妨害されてます。まったく未知の力です。対応不能。こりゃあ・・・・・・あきらめてください。必ず探し出しますから。』
「はあ・・・・まあ、ダレルちゃんと話してみるわよ。どうせ、いやみを言いに、出てくるでしょうから。」
『ああ、それと、『紅バラ組』が、戦争を始めそうですよ。穏健派が突如、好戦派に変身です。これも、誰かが影響を与えています。やはり、それが誰かは不明ですね。』
「ふうん・・・・可能性があるのは、まずは、あのふたりね。」
『だれですか?』
「洋子お姉さまか、あたくしの分身さんか・・・・他にも、まだ知らない誰かさんを、見過ごしている可能性はあるわね。」
ヘレナは、実は万能ではない。
アニーは、珍しく、そこのところの計算が、さらに必要になってきていた。
フル稼働しなければならない。
アニーがフル稼働すれば、その本体である太陽系の惑星には、それなりの大きな負担がかかるけれども。
このようなことは、ビューナスの出現以来のことである。
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