わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第百二十九回
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日本合衆国の中央警察と検察は、ついに動き出した。
『有るだけ課』
内部の職員からは、そんなありがたい名前を付けてもらっていた『松村家』専門の警察官や情報分析の専門家などが、ほぼ初めて、その権力を行使しようとしている。
令状は降りた。
目標は、あの弘志が忍び込んで銃撃戦となったビルである。
ここには、『マツムラ・コーポレーション』の関連会社がずらりと入居している。
しかし、このビルの地下は、秘密の空間という色合いが強くあった。
もちろん、一般のオフィスも入っている。
ただ、そのさらに地下に、あの『紅バラ組』が占拠している場所があった。
政府にとって、松村家は『諸刃の剣』である。
単に巨大な企業で、大きな収益力がある、というだけではない。
IT関連事業から、病院、医療関係器具、最新型小型飛行機の製造、造船、兵器の製造(もっとも、このあたりは『王国』で行われていたし、一種の秘密事業だが)、レジャー施設の運営から、食品の製造。さらに『王国』の三王女グッズの開発製造、学校の経営、また豪華な食堂の運営から、お饅頭の製造販売まで・・・・・
国家に大きな利益と雇用を生み出している。
しかも、表向き別会社になっている『マツムラ・コーポレーション・タルレジャ』も、経営主体は松村家である。
日本合衆国は、『第1王女』を通じて、秘密裏に『王国』の王室から、秘密兵器を買い入れてもいる。
それらのほとんどを設計したのは、実は『第1王女』である、という事実は、あくまで噂の領域であり、真実は隠されたままである。
しかし、『帝国』の事実上の誕生は、日本合衆国と、タルレジャ王国、そうして松村家の関係を微妙にねじらせるように動き出した。
『皇帝陛下』は、王国の『第3王女』ではあるが、『マツムラ・コーポレーション』とは無関係であり、またこうした危ない事業には、まだ関わらせてもらえていなかった。
それに、本人は松村家の『闇商人』の部分が大嫌いでもあった。
もっとも、おもちゃ程度の多少の発明は、させてもらってもいたが。
彼女にしてみれば、無法者であり、新しい社会秩序の構築の邪魔になる、しかも本人たちの育成や健康にも良くないはずの『紅バラ組』は、早く解散させたかった。
自分の生まれた『実家』が、そこに関わっていたなどとなれば、なおさら許せないことである。
ただし、この問題に対して、『皇帝陛下』が自ら直接指示をしたと言うようなことはない。
示唆しただけである。
むしろ、『日本合衆国』の治安機構内の一部門が、いくらか突出した行動に出たと言った方がよかった。
もし、『松村家』内のスキャンダルを具体的につかめれば、今後の『帝国』の発展にとっては良い事だと言えるだろう。
また、責任者の昇進は、まず間違いがない。
ビルの家宅捜索は、早朝から始まった。
もちろん、最大の目標は地下である。
それは、弘志の証言に基づくところも大きい。
松村家内部にも、変わった人間がいるらしく、弘志=『おにいちゃん』は、なぜか今回、公安機関に好意的に動いた。
もちろん、それだけではない。
このビルに関しては、内部・外部双方から、怪しい少女たちの出入りがあるらしいという情報がいくつか来ていた。
また、捜査官は、あの時、弘志の前にあのビルに入って、ゲーム遊びに興じていた少女をすでに発見していた。
そこからも、情報を得ていたのである。
そこで、捜査官たちは、地下空間を徹底的に調べて回った。
ビル全体の『管理者』も呼び出されていた。
彼は、『マツムラ土地開発』という会社の社員であり、もちろん、松村家の支配する企業の社員である。
もっとも、これは極めて真面目な人物で、『紅バラ組』に関わっていたと思われる証拠は何もなかったし、実際に何も知らない様子ではあった。
「いやあ・・・そのような場所があるとは、認識していないのですが。いま、見て回って頂いたところが全て、ですし。そうした怪しい人の出入りは、確認しておりませんです。はい。」
「しかし、証言者からの情報では、そうした空間があったとされている。」
「ヤクとか吸ってたんじゃないですか?」
「そうした証拠はなかったよ。あのね、実は映像があるんだ。だから、嘘はついていないと思われる。他に、隠された空間があるはずだ。」
「映像ですか? そんなあ、この都会のど真ん中で、ピラミッドみたいなことがある訳ないですよ。」
「さらに調べさせていただく。」
「まあ、お気が済むまで、どうぞ。」
「おい、例の探査装置。」
「了解。」
そこに登場したのは、弘志が制作した、例のスパイ衛星装置の片割れであった。
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『第1楽章』冒頭のラルゴ。
オケの爆裂音に一拍だけ遅れて、ソロ・ヴァイオリンが入った。
それに、また一拍遅れて、オケの低音部が付いて回る中、あの異例の冒頭カデンツァが始まる。
ここを、いったいどう弾くのか、ということは、大きな問題である。
ゆったりと余裕を持って弾くこともできる。
しかし、『道子=ルイーザ』は、通常の生活では、まず、その徹底した『お嬢様体制』は崩さないにもかかわらず、その演奏は弘子=ヘレナ、よりもかなり過激なスタイルを持っている。
それは、見た目そっくりで、区別がまったくつかない弘子とは違うもので、彼女のひそかな人気の理由でもあった。
もっとも、これは、実際に、彼女の本質でもある。
普段から、いささか不良少女的雰囲気がある『弘子=ヘレナ』は(王国では合法的ではあるが、そうとうな酒のみである。喧嘩っぱやく、また強い。)、実は案外のんびり屋でもある。
道子=ルイーザの方が、かえって恐ろしい内面を隠し持っていた。
なので、ルイーザはこの冒頭のカデンツァにも、一切の容赦はしない。
テクニックも音程感も抜群で、まったく怪しい音は出さないし、完璧だ。
鋭いナイフのように、音楽を切り裂いて行くのだ。
しかし、今夜のルイーザは、それだけではなくて、これまでにはない、大人の妖艶さというものを全身から放出していた。
『ううん・・・・すごっ! こんな道子さん見たことがない。』
さすがのクークヤ―シスト女史が、うっかり実際に口走ってしまいそうになった。
中村教授も、同様の感想を持ったが、彼には少し、思い当たるところがあった。
それは、あの『真の都』と呼ばれた、いまだに現実だったのか疑わしい世界に降りた時の、弘子の放っていたオーラの様な雰囲気。
あれと、そっくりなのだ。
「これじゃあ、ふたりが入れ替わったようなもんだな。さっきの弘子君は、もちろんみごとだったが、彼女としては普通の演奏だった。これは、違う。異次元だ。」
独特の符点のリズムは、この作曲家のトレードマークのひとつである。
ルイーザは、この『シャープ』一個だけの主部に入っても、ロマンティックに陥らなかった。
あくまで、魔女的な演奏である。
間もなく夫となる武は、なぜか身震いを感じていた。
それは、道子がこれまで見せたことがない、『女子』ではない、『女』という存在を感じさせたからなの
だけれど、武本人は、なぜそうなのか、まだ認識しかねていたのである。
ルイーザが、いま、おおいに武を意識して、あかたも実際に彼に迫ってくるように演奏していることについてのこと、だけれど。
ところで、この会場内には、通常の人間には、その姿が見えない存在が、いくつかやって来ていた。
まず、『光人間』である。
『光人間』は、この宇宙が存在する限り、不死の存在だ。
今では『光人間』の総帥である、あの『ウナ』も、来ていたのである。
アレクシスとレイミは、ウナの策略によって、『地獄』勤務に、左遷追放されていた。
また、池の女神様の中でも、クラシック音楽好きの『アヤ姫様』と『幸子さん』、それに『ジュウリ様』が入り込んでいた。
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道子=ルイーザの、非常に挑発的な演奏に、大指揮者殿もすぐに反応した。
ふたりに操られるように、オーケストラからも、いつもの南国的おおらかな音とは異質な、カチッと引き締まった、これまで聞いたことがない響きが溢れだしてきていた。
音楽は『Allegro cavalleresco(騎士道風に)』と表示された部分に到達した。
『ふうん・・・・あの子、かなり熱くなっているわね。確かにこの曲には、いささか狂気があるけども。でも、こりゃあ、武さん大変だわ。どうしたものかなあ・・・・少し、お薬が効きすぎてるのかな。』
例の『秘密の個室』に入って、妹の演奏を聴いていた『第1王女』は、おもしろそうにつぶやいた。
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