わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第百二十五回
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パブロ議員は、こうした展開は、もちろん、まったく予想していなかった。
予想する方が、どうかしていると言うべきである。
自分たちは、さきほどまで王立ホールにいた。
その中の政府と王室などが使う応接室で、『第1王女』と会った。
そうして、その部屋に入ったのと同じ『扉』から出たら、なぜか、ここにいた訳である。
警部の部下が観測したところでは、間違いなく北島群島の中にある『無人島』であるという。
ところが、『第1王女』が『おっしゃるには』、実は無人島ではないという。
彼女が開発した技術によって、島の外部からは観測不可能なだけで、実際のところは、住民が住んでいるのだと。
パブロ議員は、長年にわたって、王国『北島』の情報収集活動をしてきた。
北島の住民の中にも、次第に、協力者を作ってきていた。
まあ、『スパイ』である。
中には、いつの間にか、行方不明になった人物もいる。
常識はずれな情報も、確かに、実はかなりあった。
今回もそうだけれど。
それは、『オカルト』とか『都市伝説』とか呼ばれるようなもので、科学的に本気で扱える種類のものではないように思われた。
しかし、パブロ議員は、そうした情報も排除せずに収集し、分析してきたのだ。
にもかかわらず、この状況を示す情報は、未だ見たことがない。
これらの情報のすべてを、『帝国警察」に、提供した訳ではない。
もっとも、帝国の創立にあわせて組織されたばかりの『地球帝国警察隊』は、それ自体が、ばかにはならない情報網を持っている。
それは、伝統的な各諸国の警察組織や情報機関が、集合して組織されたものだから、当然と言えば当然だ。
もっとも、まだ十分統合されてはいないけれど、警部はえり抜きのエリートである。
『第1王女』の生まれ故郷である『日本合衆国』の警察には、『松村家』のみを監視する秘密の部署があった。
そこから得られる膨大な情報は、まさに驚愕すべきものだったが、まだ警部も、すべてを見たわけではない。
実際のところ、この組織の、『驚くべき迅速な統合』には、『火星文明』の組織管理技術が援用されていた。
もう少し言えば、女王ヘレナが、手を貸したということだ。
もし、警部が、そこらあたりをもう少しよく理解していたら、話は随分違ったかもしれないが、ここらあたりは、ヘレナにしてみれば、地球人にはあまり知ってほしくない情報である。
ヘレナは、自分独自の立場を確立しておく必要性を感じていたから、そのように行動していたわけだ。
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「あそこでですの。」
『第1王女』は、すっかり露わになっている美しい、右腕を伸ばした。
彼女の輝く薄い褐色の腕は、明らかに『日本人』とはかけ離れていて、とても頑丈で、しかも大きい。
手のひらは巨大で、指もたいへん長いが、必要以上に太くはない。
それでも、全体のバランスが抜群に素晴らしい。
この大きな体と手が、名演奏を生み出すわけだ。
彼女が指し示す先には、大きめの集会場のようなものがある。
周囲は、熱帯性の樹々が取り囲んでいて、そこだけは、いくらか涼しそうである。
パブロ議員は、この暑さには慣れっこだが、どうやら警部は熱い地域の出身ではないらしい。
「警部さん、あなた、どこらあたりのご出身かな? 聞いてよければだが。」
議員が言った。
「スウェーデンですよ。」
「そらあ、涼しいですな。」
「夏は、結構、暑いです。しかし、ここの暑さは、いささか別世界ですな。」
「まあね。」
「誰が待っていると思いますか?」
「さあて。回答が待っているんでしょうな。」
「ああ、なるほど。」
『第1王女』が近づくと、中から警護担当らしき人々が5人ばかり出て来て、大きな木の引きドアを両側に開けた。
「どうぞ。お入りください。」
警護担当がふたり先に立ち、それから議員と警部がまず入って行った。
残りの警官が、後に続いた。
床は、なかった。
つまり、地面そのものである。
ずらっと、その地面そのままの床に、じかに座っていたかなりの人々が、一斉に振り返った。
「むむむ。」
警部がうなった。
彼らの顔は、決して攻撃的ではなかったのだ。
その証拠に、突如大きな拍手が沸き上がったのであった。
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ルイーザは、係に呼ばれた。
「総督閣下! 時間であります。」
それは、『タルレジャ第2タワー』で、いつも総督警護にあたっている警護官である。
「あんららら・・・・ジャブさん、あたくしは、ここでは『総督』ではありません。『第2王女』としてのお仕事ですから。」
「しっつれいしました。閣下!」
ジャブさんは、最敬礼で答える。
「はあ・・・・行きます。はい。」
彼女は、ほとんど値段が付けられないと言う、世にも稀な『名器』を大切に抱えて立ち上がった。
ホールの裏側の通路を、警護官を連れて歩いてゆく。
舞台袖からは、オーケストラが、ぼちぼちと入場を始めていた。
雑談中の楽員もいる。
タルレジャ王国が世界に誇る『管弦楽団』ではあるが、腕は確かなのだが、南国的にのんびりしているところも、特徴のひとつである。
世界的な大指揮者は、舞台袖で、再度、うやうやしく『第2王女様』に、挨拶をした。
「リハーサルが十分できませんでしたが、先生、よろしくお願いいたします。」
ルイーザが、そう言った。
「こちらこそ。姉上に続いて、あなたとも共演できるとは、最高の栄誉です。」
「どうも。ニルセン先生は、手ごわいですよ。お互い、しっかりやりましょう。」
「そうですな。」
指揮棒の、とがった方の頭を撫でながら、初老の、しかし、まだ生き生きとしている大指揮者がうなずいた。
カール・ニルセン作曲の作品番号33は『ヴァイオリン協奏曲』
『第1楽章』冒頭は、『Largo』。
『♭』記号が、ふたつ。
管弦楽の号砲から始まり、四分休符をひとつ置いて、ソロ・ヴァイオリンが頭から重音奏法で入り、『ad lib.』と書かれた、事実上の『カデンツァ』を弾き始める。
冒頭から、13小節に渡って、この恐るべき、異例のソロが続くのである。
曲の最後まで、まったく気の休まる場所がない、壮絶な『協奏曲』である。
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