わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第十二章
洋子の部屋に侵入するなどということは、まず人間には不可能だ。
もちろん、ブリューリに関しては当然警戒していたし、新型の抗ブリューリ薬も屋敷中に散布していた。
ブリューリは、意外に単純なPTFEを透過出来ない。しかし、力がものすごく強いので、しっかり作らないと意味がない。
可能な限りの措置はしていたのに、なぜ・・・
もしかしたら、もともと罠かもしれない。
洋子は乗っ取られているのではないのかもしれない。
弘子はじっと考えながら、病院のベッドから、自宅の中を探っていた。
電話が鳴った。
道子は、最高の個室に入れた。
自分は当然の差を付けて、小さな隔離用の個室だ。
「はい、弘子です。」
『洋子です。』
「ああ、お姉さま。」
『昨日は御免なさい。お約束しました通り、電話いたしました。お目にかかりたく思います。』
「まあ、お姉さま、わたくし入院中ですのよ。聞いていらっしゃらないのですか? マムル先生が診てくださっていますの。『宇宙風邪』ですって。」
『もちろん、退院してからで結構ですよ。でも、あなたに申し上げておきたくて。』
「ああ、わかりました、お姉さま。お姉さまは、お体に問題ないですか。」
『おかげさまで、ここなら何も起こりませんよ。』
「そうですか。よかった。では・・・」
弘子は電話を置いた。
『ふうん。どこもおかしくはないな。ううん。アニーさんの報告を待ちますか。』
すぐに、また電話が鳴った。
「はい、弘子です。」
『ぼくだよ。』
「まあ、これはこれはシモンズさま。いかがですか?状況は?」
『ああ、臨時給料はたっぷり入ったよ。もらい過ぎの気もする。なんだか、女王様のスパイの気分だな。』
「だって、そうじゃない。」
『二重スパイでもかい?』
「それは、最初から分かってるって言ったでしょう? で、どうなのかな?」
『そうだね。まあ、やはり月の裏側は怪しいな。ぼくの偵察衛星からのデータを見ると、人工の信号が、定期的に行き来している。時々、不定期のがある。発信元はタルレジャ王国。内容はわからないが、少なくとも今の技術じゃない。研究所に降ろした衛星の粒が感じた信号を分析したところ、火星人の脳をばっちり制御できそうだな。地球人の脳では、感度が悪すぎてあまり効かないだろう。君たちの場合は、まだ分からないけど、感度自体はよくないだろうから、効かないんじゃないかな。明らかに火星人用だね。』
「あ、そう。それもまた、不思議な事だなあ。その信号、邪魔出来ないかしら?」
『先に犯人を確保した方が良かないかな?』
「犯人は分かってるし、すでに逮捕されてる。ただし、逮捕した側が謀反をしてるみたいね。」
『ふうん。じゃさ、ぼくが逆にコントロールしてしまおうか?』
「そんなことができるの?」
『まあ、あれだけ報酬もらったら、やらないわけにはゆかないな。』
「さんきゅー。だから、あなたは有益なのよ。わたくしの切り札その一だもの。」
『あらら、じゃあ、その二は誰なんだい?』
「弘志よ。決まってるじゃないの。」
『ほおお・・・』
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スイート隔離ルームなどという、ありがたくない部屋だけれど、並のホテルのスイートルームなど問題外の立派な部屋だ。もともと、皇室や王室の利用が目的なので。しかし、もちろん一般人もお金さえ払えて、スケジュールが開いていれば利用は可能だ。一泊、五〇〇〇〇〇円かかるが。
道子は決して気位が高い訳ではない。爆発すると何を言い出すかわからない弘子と違って、安定性が高くて、いつも頭が低く、相手を思いやりながら発言し、行動する。しかし、その根っからのお嬢様スタイルが、なんとなく別世界の人らしく見せてしまう。一方弘子は、気が強くて負けず嫌いで、ちょっと怖そうだが、実はいたって普通である。本来どうしようもなく優しいのだが、時々中身の「それ」が悪さをする。
二人は、それぞれ部屋のベッドの上に居ながら、話し合いをしていたのだった。
その声は、誰にも聞こえない。
『あなた、人間に戻れたかな?』
『ええ、多分、そうだと思います。あれは、何だったのですか?』
『まあ、まだはっきりは言えない。研究所で徹底的に分析するけど、おそらく、ブリューリの一部を取り出して、適度なお料理をほどこしたものでしょう。』
『つまり、わたくしは、ブリューリになっていたのですか?』
『まあ、疑似ブリューリと言うことは可能なんじゃないかと思うわ。』
『なんという、恐ろしい事でしょう。では、わたくしは、もうすぐ、人を食べるようになるところだったのですね。』
『ああ、そこは、わからないわよ。そういう性質を持ってたかどうかはね。特にあなたの場合は、区別がつかないかも。おわかりかしら?』
『あの、まだ、儀式が済んでいないので・・・』
『そうね。そこは、まあ、しばらく保留ですわ。』
『ハイ。それにしましても、お姉さま。』
『なあに。』
『核廃絶と化学兵器類の廃絶は、やはり絶対にすぐ実行ですわ。』
『わかってるよ。そんなこと。ただ、まずはお父様を納得させなくてはならない。なんで急に言い出したのかが、まだはっきりと分からないのよ。確かに、一つは「箱」の問題なのは確か。ママが教えたに違いないもの。でも、それだけじゃあなさそうだ。火星の軍事力の事を考えて言っている可能性も高い。見た目は平等で地球優位でも、まる裸では、明らかに地球は奴隷に見えるわ。実際そうなんだけどね。少し修正は必要じゃないかな。総督閣下?』
『そうですね・・・考えます。杖出さんのこともあるし。でも、「箱」というのは、実際何なのですか?』
『「箱」のことは、まだ少し秘密。まあ、そうよね。力で圧倒するのはたやすい。あなたなら、アッと言う間に消せるんだから。でも、それじゃあつまらないわ。』
『国連に、一定の武力を確保させるのはどうでしょう?』
『いいけれど、誰が管理するの?』
『うまい仕組みが必要ですね。皆さんで考えてもらいましょうか?』
『そうね。それなら、そのように頭を誘導させてあげなければ。』
『はい。』
『いずれにしても、皇帝はダレルの言いなりであることは変わらない。かわいそうだったけれど、これは作戦の内だからね。でも、ダレルを言いくるめないと進まないわよ。どうせまた、ろくでもないこと考えて来るんだから。それと、最大の難関で、計算外はブリューリ本体よ。たぶん、東京のお家の中にいる。』
『え?お家ですか?』
『そう。いい、気を付けなさい。向こうも、今は簡単に手は出せないはずだけどね。アニーが探ってるわ。リリカ様たちの問題は、シモンズさんがうまく片付けそうだから、大丈夫だと思う。まあ、あなたは、偉そうにして居なさい。わたくし、早めに釈放してもらって、きちんと学校に行くから。あなたは学校で挨拶したら、早めに王国に帰りなさいね。ただそのまえに、洋子姉さまに会うのよ。二人でね。』
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「ふうん。これでいいかな。ちょっと信号が微妙に強いかな。けれど、これくらいなら相手には気づかれないだろう。やってみますかな・・・」
シモンズは、信号を送った。リリカ二人がいる居間の中からだ。ここにはアリムの機械はないはずだ。
効果はてきめんのはず。少し眠くなるだろう・・・・・・
二人は、うつらうつらし始めている。
「よしよし。上手くいってる。これで、頭の中に抵抗力を植え付けてしまう。自分たちが、なにやってたか気づいてもらわないとね。ほら、データ出力と。よく見てね。」
「あらら、うとうとしてたみたい。」
リリカ(本体)が言った。
「ほんとね、少し疲れたか。お薬は順調に製造して地球に送っている。」
「そうね、あら、このデータ、なにかな。うん? これは、なんの記録かしら。」
「どれどれ、ふうん。なんだろう。こっちは、なにこれ、あたしの脳のデータじゃない。こっちはあなた。
なんだろう、何かに影響されてるみたいね。おかしい・・・」
二人のリリカは顔を見合わせた。
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三日後、アムル先生から、やや無理やりではあったが、退院許可が出た。
「もう、感染はないけど、体力が戻ってない。無理はダメですよ。いくらあなたでも。」
「了解、了解先生。道子は明日まで置いといてね。わたくしは、学校行ってくるから。」
「ああ、許可したくないけど。科学的に許可できない理由がないわね。」
「そうでしょうとも。じゃね。」
病院玄関前まで、吉田さんが自動車を持ってきた。
「お嬢様、どうぞ。」
「はいはい。久しぶりねエ。学校って。」
「まったくでございます。楽しいですか?」
「そりゃまあね。でも、急いだのは、心配事があるからなの。」
「心配事、ですか?」
「そう。とってもね。」
「アンジさんのことですな。」
「よく知ってるわね。」
「そらまあ、何度も電話が来てましたし。」
「そうか、普通の携帯止めてたからなあ。」
「でも、気を付けてくださいよ。一部不穏な動きがあります。」
「もう?」
「はい。地球人は、脳の感度はよくないが、その反面、繊細ですな。」
「ふん。ふん。なるほど。」
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弘子の通う高校は、これもまた実家が経営する学校法人が運営していた。
理事長は、明子である。
ただし、めったに顔は見せない。
実質は、外部から来てもらった校長先生が握っている。
なかなか、おもしろい、良い人である。
なにしろ、曰くつきの生徒さんが多いのが、特徴だ。
芸能人のたまご、もと、または現役の不良さん。中学校時代は不登校だった生徒さん。親の姿がない生徒さん、わがままいっぱいのお坊ちゃまとお嬢様。母国に溶け込めない帰国子女たち。さまざまな苦しみ悩みをたくさん抱えている生徒さん・・・。外国出身者も多い。
まあ、一筋縄では行かない生徒さんたちが多かったのである。
弘子、道子も、そのうちの最有力の二人である。
なにしろ、二重国籍で、南海の王国の第一王女と、その妹である。妹は、なんと、このたび地球帝国の総督閣下となった。傀儡ではあっても、地球の「絶対的」君主の次の人である。
ただし、姉こそが実は本当の「ボス」だということは、誰も知らないが。
しかも、二人は天才音楽家で、半月以上は、家にいない。
ただ、道子は、地球帝国の総督閣下になった事で、王国の高校に転出することが決まっている。
あともう少し、ほんの2~3日は、こちらに顔を見せる予定ではあったが、伸び伸びになってきている。
弟の弘志も、ここの生徒である。
姉二人ほどの派手さはないが、それでも、国王の指名さえあれば、すぐにプリンスに早変わりすることになる。
弘子の乗った適度に巨大な自家用車が学校前についた。
「ああー、弘子だ!」
「弘子、来た!」
「まあ、弘子様だわ!」
さっそく、生徒の人だかりが出来ていた。
ドアが開く。
裸足のままの弘子が降りてくる。
ごたごただった生徒たちが、両側に、二列の筋を作った。
「おはようございます。弘子様。」
情報を聞いて、生徒会長が駆けつけて来ていた。
この学校の生徒会長は、ばかにならない力がある。
「おはよう、惟子。元気だった?」
「それはもう。まるで百年ぶりのようですね。世の中がすっかり変わりました。」
「でも、わたくしは変わらないの。同じですわ。もう、何でそんなに整列していらっしゃるの、皆さま?」
「皇帝陛下の、お姉さまですもの。」
「まあ、でも、おかしいわよ、これは、ほら、解散、解散!」
「うわー!」
という叫び声と共に、みんながバラバラになった。
バラバラになったその先に、ミアが立っていた。
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