わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第百十七回
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『幸子さん』の結婚式は、『アヤ姫様』の主催により、着実に進行していたのだった。
参加者全員によるダンスが、日本合衆国警察庁の異端警部を取り巻いた形で、延々と続いた。
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ジャヌアンが知っている歴史では、ここに彼女とアベックふたりを乗せた、滅んでしまった未来から脱出してきた『移動カプセル』が、地底から飛び出てくるはずである。
しかし、それは起こらなかった。
当然、ジャヌアンは現在自主的に拘留されている身だけれど、『取調官長』を連絡役にして、さまざまな情報を得ていた。
起こるべきことが起こらないのは、予想はしていたが、やはり残念である。
計画は、実行されるべきであることが、また証明されてしまった。
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長い長いダンスの時間が終わり、『アヤ姫様』が女神様たちの神、すなわち『女王ヘレナ』に対して、結婚の通告をする段取りとなった。
そして、まさに絶好のタイミングで、ヘレナが現れたのである。
それは、当然、絶好のタイミングになるように、ヘレナ自身が取り仕切っているのだけれど、事情がどうであれ、幸子さんにとっては、至福の瞬間になる。
「うあ~~~。女王様あ! 女王様が来てくださった!」
幸子さんが叫んだ。
警部は、『アヤ姫様』の強力な力で、そに時点で、完全に人間から『鬼』に作り変えられた。
記憶は残したままで、身体と意識自体を『鬼』に変換させられたのだ。
もはや、『人間』ではない。
あえて言えば、それは『火星人』の、基本形態と同じ姿である。
もっとも、通常の『火星人』でもなくて、『妖怪』と言われるような存在である。
物体としての『生物』と、『幽霊』との境目にある、名状しがたき存在だ。
『幸子さん』も同じである。
もちろん『アヤ姫様』もそうだし、『池の女神様』たち全員が、同じ『存在』しない『存在』なのだ。
ただし、ジャヌアンが、かつてダレルに渡した検知装置ならば、その存在は検知可能である。
「幸子さん、おめでとう! 田中警部さんも。いま、永遠の祝福を、おふたりに差し上げましょう。それから、贈り物も、どっさりとね。」
幸子さんが大好きな、あの、お気楽饅頭と、お酒ぱっくが、山のように積み重なっていた。
「うああ~~~~!! すご~い!! 女王様、ありがとう!」
「女王様、ばんざ~~い! 女王様、ばんざ~~~~い。幸子さんおめでとう! 警部さんおめでとう!」
女神様たちの叫びが、大きなアヤ湖のなかの島にある、『アヤ姫宮』に響き渡った。
人間たちのなかでも、一部の感覚が鋭い人たちには、アヤ湖の中にある、立ち入り禁止になっている深夜の『御宮』で、怪しい大騒ぎが起こっているらしいことが、うっすらと見えていたし、その騒ぎが聞こえていた人もあったらしい。
そこで、王宮事務所には、「なにか起こっているのか?」という問い合わせが、けっこうたくさん入っていたのだという。
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長い『第1楽章』のあと、実に神秘的な『第2楽章』が終わり、曲は『第3楽章』に到達していた。
『アレグロ』4分の3拍子。
『どんどこどんどこ・・・・・・』
と、いういささか原始的な感じのリズムに乗って、5小節目から独奏ヴァイオリンが、符点音符まじりの主題を、五線譜下の、『D』の音から弾き始める。
最初は、わりと単純に。
しかし、次第に音域が広くなり、激しく跳躍する音型になる。
スケールと、跳躍を繰り返しながら、重音奏法も加え、5連符を通過し、やがてソロがついに頂点に達すると、こんどは管弦楽だけの主題が現れる。
全曲中、もっともオケが目立つ場所である。
しかし、ソロが休めるのは少しだけで、同じ主題を、難しい重音奏法を続けながら演奏する。
同じ形の短いモティ-フを、ただ繰り返すだけのようだけれども、その間には、大変抒情的な雰囲気も醸し出す。
シベリウス氏の作曲技法の、マジックである。
『ヘレナ』の本体は、人間の視覚には通常反応しないし、その肉体を構成する物質にもまったく影響しない。
大きさも形も不定形で、地球全体を包み込むことも簡単だし、『ここだけ』、に集中することもまた、簡単なことだ。
それは、実際にはありえない、ヘレナの意志によるものだが、なぜ『意志』が生じるのかは、本人にも理解が出来ていない。
本来は、この宇宙のどんな物質にも、まったく関与しないのに、生物の『意識』には取りつくことが出来るし、その気になれば『物質』に直に関与することも可能になる。
ヘレナは、『第1王女ヘレナ』の肉体に、わずかな『支配の手』を残したまま、ホールの客席から、その演奏を聞いていた。
『ううん・・・絶好調じゃないの。この『天才』は、弘子さんのものであって、あたくしのものじゃないけど、これを生み出したのは、あたくしですもの。素晴らしい!』
音楽は、最後になって、さらに感動的な盛り上がりを作る。
まさに、『素晴らしい』時間が経過する。
弘子=ヘレナのソロは、『完璧』だった。
作曲者は、この曲の演奏について『完璧でなければならない。』と発言していたようだが、まさに完璧そのものであった。
この曲では、管弦楽との間で、小さな乖離が起こることは、『まれ』ということはない。
けれど、そうした瞬間さえも感じ取れなかったのだ。
『双子』の、ヴァイオリンのお師匠様である、クークヤーシスト女史は、中村教授よりも、はるかに完全主義者で、その生徒にとっては恐ろしい存在である。
にもかかわらず、弘子と道子という存在は、彼女にとっても、まさに自慢の弟子であり、誇りでもあった。
ところが、確かにもともと、このふたりが『王女様』という宿命を担っていることは承知していたし、それは断ち切れないものだとは分かってもいたが、それでもこのような歴史的天才を、『王国』という塀の中に閉じ込める事には、どうしても納得が出来ていなかったのだ。
そこに、降ってわいた『地球帝国』である。
中村教授と彼女の共通点は、明らかに、共に『不感応』である、ということだ。
もっとも、これは偶然ではなかったのだ。
あえて、『不感応者』を師匠に選んだのは、他でもない、ヘレナ自身だからである。
『感応者』は、扱いやすいが、移ろいやすい存在でもあるからだ。
こと音楽に関する限り、頑ななほどの『不感応者』が良い、と、女王ヘレナは判断していた。
それは、長い地球人類とのお付き合いの中で得られた結論だった。
ヘレナからしても、このふたりは、自分が生み出した『最高の人類』であり、誇りだったのだ。
クークヤーシスト先生は、厳しい顔のままで、弘子=ヘレナの演奏を聞いていた。
一番最後にある『15連符』の上行下降を繰り返した後、突然、いったん踏まれたブレーキから解放された自動車のように、ソロ・ヴァイオリンは勢いよく駆け上がり、終結する。
楽譜上は比較的単純だが、演奏は決して簡単ではない。
それでも、何の苦もないように、弘子=へレナは、軽々と弾き切ったのである。
女性ヴァイオリニストは、音の大きさでは、男性になかなか勝てないとも言われるが、弘子に関しては、そうしたことはまったく感じられない。
素晴らしくも、豊かな音を発揮する。
今日もまた、そうだったのだ。
テクニック的には、最後まで、完璧だった。
クークヤーシスト女史であっても、すでに、もう歯が立たないと認めざるを得なかったのだ。
面白くない部分もある。
若いころなら、きっと、これに対抗できたと思う。
首を左右に振りながら、周囲の猛烈な拍手に、彼女も加わった。
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