わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第百十五回
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「まあ、お姉さま、好調ですわね。」
『総督ルイーザ』は、姉が奏でる冒頭のGの音から、いたく感心をしていた。
「相当、秘密練習をやってらしたに違いないわ。これは、わたくしも、気を引きしめてかかりませんと、けじめというものがつきません。」
ホール内の最上階にある、『秘密の個室』で、姉の演奏を聞きながら、そう思っていたのである。
「まあ、もっとも、お姉さまには永遠の時間が使えるという、実に有利な条件がありますもの。あたくしには、そんな芸当は、自由には出来ませんから、でも・・・・」
自分の長い指を見つめながら追加して考えた。
「・・・・・今回は、かなり時間を融通していただいたから。まあ、フェアじゃないですわね。他の演奏者の方から見たら。でも、それも、今回がお終いでしょう。総督のお仕事と、音楽家は両立しがたいですわ。」
「あら、そんなことないわよ。」
横にヘレナが座っていた。
「まあ、お姉さま。なになさってるの?こんなところで?」
「音楽は、弘子さんに、お任せだもの。あたくしがすることは何もない。」
「見つかったら大変ですよ。」
「あなたにしか見えないわ。まあ、弘子さんが、あそこで『革命』でも起こしたら大変ですけども。」
「そういうことが、あり得ると、お考えですか?」
「どうかなあ。このところ、あたくし,責められっぱなしでしょう。自信もなくすわ。」
「お気の毒に。でも、最終的には、あなたには、誰もかなわないです。そうでしょう?」
「まあね。そのつもりだけどね。真実はまだ見えないわ。どうやら、どこで枝分かれしたかわからない『自分自身』が徘徊しているわ。やっかいね。どこから来たんだろう。」
「まあ、大変! でも、わたくしは、いつもお姉さまの僕ですわ。」
「そなたは、わしの分身じゃから。当然じゃ。」
「はい。」
「しかし、用心しなくては。あそこに、ダレルちゃんが出て来てる。ならば、当然、あのにっくき怪物めも、出てくるに違いない。アニーさんにも、もうひとりのリリカさんにも探ってもらってるけど、まだ捕まらない。おそらく、地球のド真ん中にでも隠れてるんじゃろうて。何かが保護しているらしくて、手が出せないのじゃ。まあ、そのまま、大人しくしているなら、それでよいわ。しかし、そうは、ゆくまいな。しかもヘネシーは、どうやら『地球自身』も保護しておるようじゃ。」
「タワーにですか?」
「そうじゃ。そなた、よほど気を付けねばならぬ。予防注射はしたけれど、侮れぬぞ。もし、ダレルちゃんが余計なことして、うっかりと、強い抵抗力がブリューリに出来ておったりしたら、そのあげくに、そなたが取りつかれたりしたら、とっても、やっかいよね。うん。まあ、そうならないように注意はしてるけどね。これ、お守りペンダントね。まだ効果はあるし、バージョン・アップしといたから。まあ、簡単にはやられないと思うけど。ヘネシーはやられるかも・・・。いい、今夜とか危ないわ。あいつは、どこからでも侵入するわよ。すこし、うぬぼれやでおぼけさまの『地球自身』さんよりも、そのあたりはよほど鋭い。そこで、あたくし、今夜、非公式に、タワーに入っていい?」
「それはもう、『第3タワー』は、お姉さまのものですもの。あの・・・今夜、襲撃があると?」
「まあね。まず間違いなく。でも、言えば、『皇帝陛下』が却下するにきまっておる。だ・か・ら、裏口から、いつものように、そっと入るからね。」
「わかりました。」
「じゃね。あ、頑張ってね。ニルセン先生は、手ごわいぞ~~~。」
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ジャヌアンは、分厚いドイツ語版『資本論第1巻』を読みながら、計画の実行について、最後の計算に余念がなかった。
「まあ、みんな、それぞれ、お互いが騙し合いだからな。わたしは、『第1王女』が歴史通りに『皇帝』になれば、それでいい。そうして、やがて『第2王女』が『皇帝』を”殺害”すれば、それで仕事は完結する。あとは、消えればよい。しかし、どうやら歴史の輪が途中でおかしくなっていることは、わかった。ぎりぎりだが、仕方がない。誰も信じられないが、協力できる余地があるなら使えばいい。ああ、久しぶりに、踊りたいな。でも、ここじゃ目立ちすぎる。」
ジャヌアン=アリムは、また、本に目を移した。
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「アニーさん、このアリムは、いつのアリムさん?」
「それがですね、もう一人のリリカさん。これが、どうやら、なかなかやっかいなのです。」
「『もうひとりの』、という形容詞は、要りませんよ。アニーさん。」
「失礼しました。」
次元の不可思議な隙間にあり、『真の都』に、どうやら直結しているらしき、例の『白い家』に滞在中のリリカが、アニーと話していた。
ここも、時間の前後関係が確定できない、かなりやっかいな場所である。
中村教授と和尚さんが、空中からここを見たのは、この前なのか、後なのか、を、決めることが出来ない。
アニーさんも、ここに来ることはできるが、いつでも来ることが出来るわけではない。
ヘレナが設定した、『ある時間』に限られている。
また、たとえ、何百年ここで過ごしたとしても、誰にも会う事は出来ない。
それぞれの時間は、それぞれが独立していて、けっして交わらない。
同じ場所なはずだが、ヘレナ本人が調整しない限り、誰にも出会うことはない。
そういう決まりであり、この規則を破ることは不可能である。
アニーさんも、そう考えている。
しかし、ヘレナが複数存在していて、各自が調整可能だとしたら、どうなのだろう。
アニーさんは、しかし、こう、結論していた。
『それぞれのヘレナは、他のヘレナの行動には介入できない。例外は、自分の分身である場合だけである。』
昔のことから言っても、おそらく、そうに違いない。
もし、そうであれば、直接の分身ではないヘレナ同士は、闘った場合も、結果は出ないだろう。
『どちらも不滅であるからだ。勝ち負けは生じない。』
しかし・・・・と、アニーさんは考える。
『もし、究極のヘレナが存在すれば、すべてのヘレナを吸収し、物事を終結させることが可能であろう。』
ただし、アニーさんには、その区別がつかない。
おそらく、ヘレナ自身にも、区別が出来ていない。
『まったく、やっかいなことだ。』
アニーさんは、内部で、そうぼやいていたのである。
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