わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第百十四回
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『地球帝国皇帝ヘネシー』は、他には何も言わず、こんどは玉座に立った状態のまま、もとのロイヤル・ボックス席に後戻りしていった。
「さぞかし、後ろ向きに動くのは気持ち悪いだろうな。いやあ・・・そうじゃないんだろうな。重力コントロールか。」
シモンズはつぶやいた。
「余計な演説は一切しなかった。珍しいタイプの独裁者だな。まあ、どこまでが自分の意志なのかが問題ではあるけどね。」
そのロイヤル・ボックス席では、リリカとダレルが、お互いを検閲し始めていた。
「あなた、どこにいらっしゃったの?」
「良く言うよ。君の方が知ってたんじゃないのか?」
「まあ、なぜ?」
「女王から当然知らされていたはずだ。女王が僕を拘束したんだから。」
「じゃあ、どうしてここに来れた訳?」
「知らないね。もう一人の女王の助けが入った。それだけさ。」
「もう一人の女王って、誰? 解放の条件は?」
「知らない、そんなもの。どっちもね。」
「あり得ないな。」
「あったんだから、仕方ないさ。女王側の都合など、ぼくにはあまり関係ないけど、まあ解放されたことには、感謝してる。」
「ふうん。大体、ずうーずーしくも、よくも、ここに来たものね。あきれてしまう。」
「しかし、君もそうだけど、我々火星側から見たら、そこらあたりは、特に気にする必要がないことだろう。我々の目標は、引き続き『地球の管理』。火星の再興のためにね。それも、遥か昔からずっとやっていたものを、ただ、地球人に自覚させるために、わざわざこんなお芝居をやってるんだから。地球側の内紛は彼らの勝手。女王の都合は女王の都合。彼女の目標は、『火星の再興』とは違うところにあるんだ。ご自分の故郷の発見とか。まあ、それは、ぼくらの邪魔にならなければ、なにやったって、特には問題ないんだ。はっきり言って、2億5千万年まえから、何も変わっていない。地球人が多少進歩したから、新しいステージを用意してやるだけなんだ。」
「なるほど。じゃあ、あなたの『復讐』は?」
「復讐?」
「そうよ。『復讐』。あなたは、自分の母に復讐したい。でも、女王が複数存在することが、明らかになってきた。いったい、どの女王が復讐相手なのかが、よくわからない。違うかな?」
「まったく見当はずれの、こんちきち~だよ。『女王』に復讐なんかできると思ってない。」
「いいえ。そうじゃない。あなたは『不感応者』の『欲求不満』の甘えん坊だから。『お母様』に、相手をしてほしいの。それこそが、あなたの個人的な欲求だもの。でも、それが叶わないと見て、ばかな『復讐』を企んでる。火星の『再興』という大義名分の陰でね。自覚はしてないかもしれないけど、それはあなたの心理に深く潜在している欲求よ。」
「よく、そこまで言った。じゃあ、ぼくは地球の監督なんて降りる。君がやればいい。」
「そうは行かないわ。これは、あなたの『仕事』だもの。組織上は、このリリカが、あなたに指示する立場であることは変わっていない。」
「じゃあ、正式に辞任する。その自由はあるだろう。」
「ない。火星の女王様のご意志により、火星復興特例法に基づいて任命されている。女王様のご判断が必要だ。『火星評議会』の認可もね。」
「じゃあ、もらうだけさ。『辞任』は当然可能と解釈すべきだ。創設式典が終わったら、ぼくは辞任する。」
「ふん。もとからそのつもりだったんでしょ。」
「無視!」
『皇帝』は、ふたりが言い合いをしている中で席に戻ってきたのだった。
「ダレル様。なにか問題がございましたか?」
「いや、陛下、気になさらずに。政策上の議論です。」
「そうか。」
リリカは、特に発言はしなかった。
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『第2王女』は舞台から上手に降りた。
オーケストラと、指揮者、それに『第1王女』が残ったのである。
コンサートの頭から、『協奏曲』が演奏されると言うケースは、かなり特異なやり方である。
しかし、今日の主役は、ふたりの『王女様』であって、指揮者もオーケストラも重要な脇役なのだ。
とはいえ、『第1王女様』が演奏しようとしている、『ジャン・シベリウスのヴァイオリン協奏曲』も、後半に予定されている、『カール・ニルセンのヴァイオリン協奏曲』も、管弦楽にかなりの比重が置かれている、しかも、ソロにも極めて高度な技法を要求してくる、この分野屈指の名曲である。
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もと、王国の『日本合衆国大使』は、このほど解任され、王国の外務省に戻ってきていた。
あれ以来、まったくぱっとしない日々が続いた。
それでも、帰国後、なぜか少し昇進した。
しかも、彼の元には、『第1王女様』から、きちんと入場券が届いていた。
家族の分も含めてである。
音楽は、あまり解さない彼ではあったが、これだけは、行かないわけにはゆかないと考えた。
妻は、音大出のピアノ教師である。
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まったく、表向きはあきらかに単なる裏役で、王国政府の幹部になどには絶対になりっこない『取締り官長』は、かなりのクラシック音楽おたくである。
その知識は、彼の上役たちには、遠く及びもつかないものだが、それ自体は、なにも職務の役に立つものでもない。
ただ、『王女様』おふたりが、天才音楽家であるということが、その真面目な中堅役人の上司たちには、いささかやっかいであった。
彼女たちが演奏する曲について、役立たずの『取調官長』(役職名は偉そうだが、要は現場の主任であることを意味するだけにすぎないのだが。)が持つ知識には、まったく歯が立たないからである。
しかし、なんの権限も持たない、怪しい囚人であり、『スパイ』であるアリム(踊り子ジャヌアン)から、新しい政府の要職を提示されていた(実は、あまり信じてもいなかったが。)彼は、当然自費で、ちゃんとこの演奏会にもやってきていた。
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第1楽章、『アレグロ・モデラート』
『第1ヴァイオリン』と『第2ヴァイオリン』が、それぞれ二部に分かれてニ短調の分散和音を神秘的に奏でる。
ソロ・ヴァイオリンは、4小節目の真ん中から、Gの伸ばしの音で入って来る。
『dolce ed espressivo』
2分の2拍子 メゾ・フォルテ。
『第1王女』は、薄い美しい褐色の腕を、愛器の弦に滑らせた。
信じられないような、かつて誰も、聞いたことがないような、つん、と透き通った音が、途端に聴衆の心をつかみ取ってしまうのであった。
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