わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第百十三回
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「何だいあれは?」
正晴がつぶやいた。
「さあて、透明な炭素繊維をレールにしてるとか?」
「なもん、どこからどこに引っ張るの?大体平行に動くだけじゃないよ。縦にも動くじゃないか、ほら。斜めにも。光のレールが動いてるんだ。」
「弘子に聞けよ。」
「ああ、そうする。また会えた時にね。」
「・・・まあったく、婚約者をもっと大切にしろよな。」
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「うあ~~~。あれはどうなってるんだろうねぇ。警部さん?」
マヤコが興味津々で尋ねてきた。
「なに、ごく単純な重力操作ですな。光はまやかし。あくまで飾りです。」
「そういうのは、火星の女王様がお得意だったけどね。昔、温泉地球でも、やったことがある。」
と、女将さん。
「きっと、そうでしょうな。」
「え? じゃあ、これは『地球帝国』が仕組んでるんじゃないってこと?」
「さて、そりゃあ、技術ですから、技術提携したんでしょう。火星側と地球側と。リリカさんがあそこにいるんだから、そうに違いないですな。」
「なるほど、リリカさんからなら、わかるな。きっとそうに違いないさね。」
「そうですが・・もしかしたら、あの『第1王女』さん、という人が絡んでるかもしれませんな。」
「ああ、そうだねぇ。弘子ちゃんなら、それもまた、そうかもしれない。」
「いやね、女将さん、ぼくは、地球に戻って来たばかりだから、この2憶何千万年かの間に、どういういきさつがあったか、全部わかってるわけじゃないんで・・・。」
「ふんふん。でも、大体調べたんでござんしょう?」
「いやまあ、そうですなあ。大学の一般教養程度ですな。」
「立派なモノさね。」
「あなたたちのように、実際には見てないですから。」
「ふうん。警部さんのことだから、子分を残して行っていたんでしょう?」
「あらら、マヤコさんにはお見通しですなあ。ははははは。まあ、それでも、全部は見えないですからな。」
「ふ~~~~~ん。警部さん、ビュリアさんを追いかけてたんでしょう? それって、ストーカーじゃないかなあ~~~~?」
マヤコが、警部2051を冷やかすように言った。
「そんあことぁしてないです、マヤコさん。少ししか。でもね、いつの間にか、いなくなってしまったし・・・。」
「ああ、そうですね。そう、なんですよね。まったく。どこに行ったのやらあ、・・・・あ、降りてきた。もうステージ前まで。」
『皇帝陛下』の玉座は、広大なホールの空中をゆっくりと移動して、ついにステージの平行線上にやって来た。
そうして、ヘレナは舞台に平伏した。
大地に完全に投身するのではなく、正座をしたまま、両手を伸ばし、上半身をぴったりと床に付ける。
かぶりつきのお客様には、『第1王女様』の胸が、かなりの部分見えていたに違いないが、それは、あまり、王国では珍しい事ではない。
「あれ、女将さん出来るかい?」
マヤコが、ささやいた。
「絶対、むり。自信ないし。」
それから、こんどは、天を仰ぐように両手を高く捧げてイナバウアーのような姿勢にまでもってゆき、それから、再び平伏する。
これを10回繰り返した。
その間、皇帝陛下は立ち上がってじっと、姉を見ているだけである。
指揮者はじめ、他の楽団員たちは、沈黙したまま片膝座りを続け、うつむいている。
聴衆たちは、特に何かを要求されてはいない。
されているとしたら、この様子を『見る』ことを強いられているというべきだろう。
しかし、10回目が終わった時、彼女は皇帝陛下のサンダルの隙間から出ている、太い・・・しかし自分にはまだ及ばない、妹の素足の両親指にキスをした。
ヘネシーが、履物をはいたのを見たのは、みな、これが初めてである。
実際、彼女は、生まれて初めて履物を履いたのだ。
それは、タルレジャ王国の『王女』と『巫女』の地位は離脱することを意味している。
この瞬間を見計らって、舞台上には『第2王女』ルイーザが入ってきた。
軍服姿であるが、足は素足のままである。
『ぶ・・・アンバランスな・・・さっき、やめとけと申しましたのに・・・』
ヘレナは呆れたと言う感じで、少し眉をひそめた。
彼女は、『皇帝陛下』の前で、一回だけひざまずいて挨拶をし、その横に並んで立った。
『皇帝』は、すでに玉座に座っていた。
『第1王女』は、その『総督閣下』に対して、こんどは通常の『三顧の礼』を行った。
すると、皇帝の椅子は高々と持ちあがり、聴衆の方を向いたのである。
「みなのものに申し上げる。わしは、このふたりの婚約を、こころから祝福するものじゃ。それは、新しい『地球帝国』の門出にとっても、もっとも、良い記念ともなろう。ご新郎となるお二人にも、お祝いを申し上げる。」
◇ ◇ ◇
「立ってください。はい立って。」
ふたりを、警護官が急き立てた。
武と正晴は、あわてて立ち上がった。
聴衆から、万雷の拍手が巻き起こった。
「おい、こんな、段取り、誰かから聞いたか?」
正晴は答えた。
「いいや。まったく・・・びっくり、だね。」
◇ ◇ ◇
「なかなか、よい演出ですな。」
手袋のまま拍手をしながら、警部2051は言った。
「いやあ・・・まったく、何事が始まるのかと思ったわ。」
マヤコがほっとしたように答えた。
◇ ◇ ◇
中村教授は、一般招待客としてファースト・クラスの座席に座っていた。
事前に、ボックス席も打診されたが、教授は断った。
居心地が良くないからである。
横には、奥様や、音大の同僚教授も座っている。
『先生。忌憚のないご意見をください。』
弘子・・・いや『第1王女様』からは、そのように言われているが、まさかいくらなんでも批判はしにくいだろうな。
そうは思うものの、いざ音楽の事となると、実際に、相手が誰だろうが、教授は手加減などはしない。
しかし、この双子の演奏には、まず、普通は、つけ入るスキなどはない。
まったく、完璧な演奏をする。
こうした、記念行事的な演奏会だし、今回はヴァイオリンが主体であり、それは自分の専門外だし、そこにおいてさえ、この弟子たちがどのような演奏をするのか、教授にはかなり楽しみではある。
また、確かに、誇りに思うところは大いにあることは間違いない。
しかし、あの『真の都』という、夢の世界を案内され、古の大家、タールベルク氏のリサイタルを聞き、その後、お忍びでショパン氏の家に行った・・・・・・。
そんなことは、同行していた和尚様とレコード屋の幽霊さん以外の誰にも話せるわけがない。
その仕掛け人が、この、自分の最高の弟子である。
ときに、今回のプログラムは、とてつもないものだ。
前半に、ニルセンとシベリウスのヴァイオリン協奏曲を、ふたりがそれぞれ弾く。
異例である。
ちなみに、姉がシベリウスで、先に弾くらしい。
後半には、モーツアルトの『二台のピアノのための協奏曲』が予定されている。
しかし、正規のプログラムはそこでお終いである。
ただし、この二人の場合は、そこから、もうひとつの演奏会が始まることになるのが常識になっている。
今回はどうするつもりなのか?
最大の問題は『皇帝陛下』がおわすという事であろう。
『第3王女』は、自分が、姉ふたりのような音楽の才能に恵まれていない事について、残念がっていることは、良く知られている事だ。
そう、今までは、『第3王女』だった。
今日は、違う。
圧倒的な権力を握る『地球帝国皇帝陛下』なのだ。
中村教授が広い会場内を見回すと、大分離れたところの招待席に、ふたりのヴァイオリンのお師匠様がどかんと腰掛けているのが見えた。
昔に比べると、サイズが明らかに大きくなったようだ。
「こらあ、あとで、ちゃんと挨拶にいっとかないと、大変なことになるな。」
若い頃は、夫婦だったこともあるし・・・なのだった。
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