わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第百十二回
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武と正晴は、ボックス席に押し込まれていた。
総督閣下の『婚約者』としても、いささか窮屈な扱いなんじゃないかと武は思った。
しかし、回りをがっちりと警備員に囲まれて、おまけに飛行機が落とされたり、潜水艦に拾われたり、あたかも秘密工作員映画の主人公のような体験をしたことを思い起こすに、自分がとてつもなく大変な状況に立たされているのだと、急にじんわりと身に染みる思いがしてきていた。
「なあ、おれたち、『警護』されてるのか、それとも『監禁』されてるのか、どっちだ?」
『第1王女』の婚約者である正晴は、生来呑気な性格ではあるけれど、この先どうなるかはまったく理解の範囲を超えていることだけは痛感していた。
彼自身が、この先遠からず『女王』の夫、となる公算が高い。
今の王国の制度から言えば、それは、浮世からの”消滅”を意味する。
しかも、タルレジャ王国の『女王の夫』は、『ほぼ例外なく早死にし、行方不明となる。』という恐ろしいジンクス(王室自体は否定しているが。)がまことしやかに語られる中で、内心平気でいられるわけもない。
しかし、どんな不安も、けっして『顔に出してはならない』と、母から厳しく諭されていることも、無視はできない。
そういう風に育ってきたからである。
それでも、彼らが、王国の『北島』ではなくて、異国の東京で育てられたということは、『王国』始まって以来の革命的な事実だった。
だから、いささかオカルト系の研究者たちも含めて、王国の内部体制が、この先『大きく変わる可能性がある』とも言われている。
おまけに、と言っては多少問題があるかもしれないが、『地球帝国』の突然の出現は、こうした予測にどのような影響を与えるのか、研究者たちの見解は、かなり、ばらばらになっていた。
ヘレナは、このあたりに関する『思想統制』は、まったく、かけていなかったのだ。
大切なのは、『地球皇帝』と『総督』に対する忠誠心なのであって、絶海の小さな王国の内部体制に、地球人民が必要以上に関わる理由もないことであるから。
言論の自由が認めらている、地元タルレジャ王国の『南島』でも、このあたりは、もちろん個人の立場にもよるが、大きな関心事だった。
つまり、もしかしたら、この『第1王女様』が『国王』になったら、『神の世界』から、ついに『国王』という、長らく現世から切り離されていた謎の存在が、『現実に』現れるのではないか?
という予測が、強く語られるようになっていた。
『現国王』が、日本合衆国で、大学の先生をしていたことは、承知の事実である。
つまり、彼は生まれながらの謎の存在ではなかった。
すでに、これが、歴史上どれだけ久しぶりなのか、ということになれば、少なくとも西洋の年号で言えば、紀元後初めての事であることは間違いがない。
伝説の初代国王『パル』以来、しばらくの間は、『国王』は、人民と共にあった。
それは、2億年をはるかに上回る前の時代の事だとされており、学者たちからは、まったく『神話』に過ぎないと一蹴されてきたことがらである。
しかし、当然のことながら、『タルレジャ教会庁』は、『これは宗教的事実である』、としか言わない。
「まあ、どっちともいえるんじゃないのかなあ。おトイレに行ってみたらどうかな? ふたりで。」
「ふうん・・・おもしろい、やってみるかい? ついでに『館内見学』とか。」
「うん。いいね。」
そう話がまとまった時点で、あのアナウンスが入ってきた。
「友子さんが来るんだとな・・・・・」
武が言った。
「『皇帝陛下』であるぞ。きみ。」
「いかにもいかにも。畏れ多い事だ。」
ふたりは起立した。
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『警部2051』は、アニーさんからの連絡を受け、黒のスーツにサングラス、白の手袋、黒のブーツ、白の帽子、という、この灼熱の王国では、いかにも危なさそうな格好で登場した。
この時代の地球人は、あの古の『地球』より、遥かに文明が遅れている。
当時は、火星人も金星人も、警部が真っ青な姿のまま登場しても、『あれ?』とは思うが、まったく動揺などはしなかったものだが。
彼は、ちゃんとした『電子チケット』を持ってきてはいたが、さすがにボックス席の入口で、いささか、強面の警備員に囲まれたまま、少し待たされてしまった。
それでも、排除される理由などあるはずもなく、めでたく、公式のチケットであることが確認され、ボックス席内部に通されたのである。
そこには、女将さんとマヤコがいた。
「あらあ、警部さん、いらっさあい。」
マヤコが言った。
「それは、タルレジャ語ですか?」
「あら、なまったかな。まあ、地球上、あちこち彷徨ったからな。」
「警部さん、宇宙船は?」
女将さんが尋ねた。
「ああ、火星の近くに停泊させてますよ。そこで、リリカさんたちに会いました。この演奏会にはいらっしゃるようにおっしゃってましたが。」
そこで、例のアナウンスが入った。
「皇帝陛下のお出ましね。まあ、敬意を表しましょう。」
ふたりも、まだ座っていないかった警部も、起立したまま拍手を送りだしたのである。
その大きな拍手がはじまった中、舞台上には管弦楽団がすごすごと登場した。
これは、演出上は、あまりよくなかったかもしれない。
実際、翌日の主要新聞批評では、『タイミングが違うだろう・・・』と書かれてしまった。
それから、指揮者と、その一歩前に、『第1王女』が現れた。
聴衆の拍手は、まあ『一石二鳥』というところだったわけで、舞台監督はそこも狙っていたわけだ。
しかし、まだ『総督閣下』は現れない。
場内が少し暗くなり、過去一回も使われたことがない、ロイヤルボックス席が、照らし出された。
拍手が少し下火になったが、これは、自然にそうなったのだ。
聴衆たちは、あきらかに緊張していた。
そうして、ついに『皇帝陛下』のお姿が現れたのだ。
王国民にとっては、よく知られた、馴染みのお姿である。
しかし、『第3王女』のときとは、まったく地位が違う。
絶対的な立場にある『地球皇帝陛下』となったヘネシーは、別人と言ってよい状況になっていたのだ。
猛烈な拍手が沸き上がった。
会場全体が、地鳴りに埋もれるような、実に凄まじいものだったのである。
それと、聴衆たちと、中継放送を見ていた世界中の人々は見た。
『皇帝陛下』の直ぐ脇に立つのは、見た目は『鬼』あるいは『悪魔』と呼ばれる存在とほぼ違わない、あのリリカの姿であった。
そうして、最初は、まったく姿が見えなかったのに、突然天から舞い落ちたように、もう一人の鬼が現れたのである。
それは、ダレルであった。
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『ねえ、アニーさん、ダレルちゃん、いったいどこから来たの?』
舞台上のヘレナは、妹やリリカたちを見上げながら、内心アニーに尋ねていた。
『いやあ・・・・まったく反応なしです。おかしい。アニーさんに探知できずにここに来るわけがない。』
『ふうん・・・・でも、探知できなかったんだあ・・・・』
『面目ないです・・・はい・・・・』
『ふん。やな子ね。調べなさい。大急ぎ。アブラシオさんにも確認しなさい。』
『了解。』
『それと、あの子と、ほら、あの踊り子さん。何してる?』
『ジャヌアンさんですね。』
『そう、未来から来た刺客よ。』
『見た目は、王宮に拘束されたままですが。本を読んでます。『資本論』とか、です。』
『そう。未来人にしてはめんどくさいことを。あの子、『読む必要』なんか、もとからないはずよ。』
『でも、間違いなく、その本ですよ。しかも、日本語です。』
『あやしい・・・目を離さないで。』
『了解。』
盛大な拍手の中で、皇帝ヘネシーが手を挙げた。
会場は、しん、と静まり返った。
この後、人々は、ちょっとしたショーを見ることになる。
『皇帝』のいた王座だけが、まるで『光の通路』に乗ったように、ロイヤルボックスから静かに前に向かってせり出してくるのである。
あきらかな床があるわけではない。
『光の通路』は、透明で、透き通っている。そこを通して、高いホールの天井が見えているのだから。
舞台にいたオーケストラのメンバーは、起立したまま、うつむいていたが、王座の異動につれて、片膝を床に付ける格好になった。
指揮者も、同じ姿勢になった。
『第1王女』のみが、『きおつけ』の姿勢のまま、王座を見上げている。
『ふん。思ったほどの視覚効果が出ないわね。まあ、しょうがないか。リリカさんとダレルちゃんが目立ってしまった。ま、本番はこれからだものね。』
ヘレナはそう思いながら、ヘネシーが舞台前に到達するのを待った。
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************ ふろく ************
「やましんさん、幸子の結婚式はいったい、どうなったのですか?」
「ああ、それは、次回か、その次あたり、ですよ。」
「え? ほんとに? やた~~~~~~!!あの・・・で・・・・その・・・・」
「なんですか?」
「あの・・・、つまり、結婚式があったら・・・・その後・・・・は?」
「以前書いたお話の通りで、お相手の警部さんとあなたは、日本に帰るのですよ。『不思議が池』がおうちですからね。」
「はい、あの、そこはそうなんですがあ、つまりい・・・お話としては、追加の・・・ラブシ~~ンとかはあ???」
「ああ、そこは、省略ですね。個人の内部事情ですから。公開するべきものではないので。はい。」
「ああ。まあ・・・・・・ね。でも、女王様の場合は?」
「そうですねえ。いやあ・・・期待してましたか?」
「いえ、全然。ははははは。」
ふう・・・・やましん、そのシ~んは、苦手ですからねぇ。
さりげなくで、良いんだと思いますけど。・・・・・はい。
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