わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第百八回
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へレナの乗った『王室専用機』が、太平洋上に墜落したらしいという情報は、すぐに皇帝ヘネシーに知らされていた。
もちろん、総督ルイーザにも、地球帝国暫定政府と、タルレジャ王国政府にも、また『王室』にも伝えられた。
日本のマスコミを始め、各国の報道機関も、じき、知ることになる。
その情報に、『地球帝国皇帝ヘネシー』は、かなりの衝撃を受けた。
もしそれが事実ならば、彼女がなさなければならない事だとして、ダレルから深く心に刻み込まれた指示が、まったく意味をなさなくなるからだ。
彼女は、すぐに総督ルイーザを呼び出した。
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「いったい、どういうことになっておるのじゃ? 総督。姉上はどうなったのじゃ?」
しかし、さすがに総督ルイーザは、まったく動揺の色を見せていない。
「陛下、どうぞ落ち着いてください。陛下が動揺すれば、周囲も浮足立つのです。ここは、冷静になさってください。」
「うむ・・・わかっておる。そなたは、想像以上に冷酷な、おなごじゃのう。」
「それは、姉上の教えなのです。国家の頂点に立つものであれば、冷酷無慈悲なくらいに構えなければならぬ、と。ただし、その行いは慎重に、しかも大胆でもあるべし。とも。幸いなことに、姉上は王国の重要人物ではあっても、地球帝国では無役です。」
「わかっておる。わしもそう、聞かされた。しかし、無役ではあっても、いつまでもそういうわけでもなかろう。」
「もちろんそうですわ。わたくしどもとしては、タワーをひとつ、まるまる開けているのですから。陛下、今は正確な情報が得られるのを、お待ちください。そう時間はかからないでしょう。それに・・・・陛下には、カイヤがついておりますでしょう?」
「まあ、そうではあるのじゃが。」
実際、この情報を一番早く伝えたのは、皇帝専用コンピューターのカイヤだった。
しかし・・・・
「しかしじゃ、そなたは、まだわしに秘密を持っておろうが?」
「はい。確かに。しかし、それは、わたくしも姉上から伝えられていない、多くのことがらの中の、ほんの少しだったものなのです。陛下もご承知のように、タルレジャ王国の『第1王女』、『第1の巫女』さまは、あまりに多くの秘密をお持ちです。それを無理やりに聞き出すことは、事実上不可能です。」
「あれだけ、わしに忠誠を誓ったにもかかわらず、か?」
「まあ、そうですわ。陛下。しかし、それは、地球上の多くの国家の中の、ごく小さな王国の秘密です。陛下が、そう気になさる必要はないものです。」
「そうかな?わしは、そうは思うておらぬ。当然のことじゃがのう。王国の秘密は、地球の秘密なのじゃ。違うか?」
「そうですね。でも、陛下もわたくしに、秘密をお持ちなのでは?」
「そうか?そう思うか?」
「はい。」
「ふむ。わかった、まあ、今は、良い情報を待っておる。しかし、時間は少ないのじゃぞ。」
「はい。陛下。」
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皇帝ヘネシーの『第1タワー』を出たルイーザは、『タルレジャ第2タワー』の自室には戻らずに、そのまますぐに、王宮に向かったのだ。
「なぜ、姉上は、何も伝えて来ないのかしら?」
ヘレナからは、まったく何の連絡もなく、また感じることもできなかった。
ルイーザは、当然姉に呼びかけていたが、それは虚無の空間に、むなしく響いただけだった。
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「おお、これはこれは、お帰りなさいませ。ルイーザ様。」
侍従長が迎えに出ていた。
「じい、仕事をかたずけに参りました。」
「それはもう、山と溜まっておりますぞ。・・・ああ。『第2王女様』、さぞ、ご心配な事でありましょう。」
「ありがとう、じい。」
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ルイーザは、『第2王女』の執務室に向かった。
執務室の控えの間で、お付きの女官を追い返してしまった。
そうして、久しぶりに、ひとり、自分の部屋に入ったのだ。
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「ああらら、お帰りなさあい。あなた、遅かったじゃないの。いったい、なにしてたのよ?」
ヘレナが、豪華なソファーに座っていたのだ。
「まあ、お姉さま・・・いったい、どうしてここに!」
ルイーザは、姉に抱きついた。
「あらあら、総督閣下が、そのようなことをしてはなりませぬ。」
「お体が、ちゃんとありますわ。映像でも、幻想でもないのですね。」
「まあ、ちょうど、ビーバーくんの貴賓室に入ったところだったのね。それで、ちょっと来てみた訳よ。」
「ビーバーくん?・・・飛行機は、やはり落ちたのですね。やはり、撃墜されたのですか?」
「いいえ、そうではないのじゃ。スパイが入り込んでおって、自爆したのじゃ。」
ヘレナは、王宮言葉に切り替えた。
「なんと・・・お姉さまともあろうお方が、異変に気が付かなんだじゃと?」
「ほら、そなた、直ぐにそのような、きつい事をおうせになるじゃろう。まあ、それが道子じゃがのう。まあ、実際、わしであっても、万能ではないのじゃからのう。実際、わしにも、何も感じられなんだのじゃ。」
ヘレナは、多少、見え透いた嘘を言った。
機長たちの証言が出てきたら、すぐに分かってしまうようなものだ。
ただし、機長はじめ、あの時操縦室にいた人間の記憶は、一部、消去させてもらったが。
しかし、ルイーザにまで、これをずっと、秘密にしたままにする理由はない。
「まったく、姉上さまにとって、この空間というものは、なんの障害にもなぬものじゃからな。」
「まあ、そのようなことは、先刻ご承知であろうが?」
「実際、姉上さまは、わしに、まだ沢山、隠し事をなさっておられまするな。」
「まあのう。じゃが、よいかな? ルイーザさま。今こそ、歴史の大きな転換点に来ておるのじゃ。間もなく、かつて闇に消えた多くの亡霊たちが、一気に蘇るのじゃ。まずは、金星の『空中都市群』からじゃ。そうして、かつて、栄光を誇ったものたちが、再度、現れることとなるであろう。」
「最近、はやりの『ノーセ・タラ・ザマス氏の大予言』みたいなものじゃのう、姉上様。あやしいものじゃ。しかし、それは、また、真に神の御啓示なのか?」
「あれは、『予言』じゃからのう。わしの啓示は、事実の『情報』なのじゃ。質が違う。じゃが、それらのことが、地球帝国の『創立式典』を中心として、一気に集中して現れることとなろう。わしら自身の『婚約の儀』が終わった後の、非公式晩餐会で、武様と正晴様も交えて、そのあたりの話を、いたしましょうぞ。それまで、もう少しお待ちなされ。・・・・まあ、今は、それだけが、言いたくてね、それで、ここにわざわざ出て来たというわけよ。まあ、少し、あなたを、びっくりさせてあげたかったしね。」
ヘレナは言葉を元に戻した。
「特に、前からあなたに伝えてはいたけれども、ヘネシーの、いえ、皇帝陛下の動きには、十分、気を付けていてね。アニーさんにも張り込ませてはいるわ。ダレルさんが、封印を解いていなくなってしまった。ありえないわ。わかるわね。」
「はい。お姉さま。・・・あの、もしかしたら、あの方が、蘇るとでも。」
「そうね・・・・あ。わたくしごときが、総督閣下に対して、失礼なことを申し上げました。どうか、お許しください。わたくしは、皇帝陛下と総督閣下に忠誠をお誓いしておりますわ。けっして、それを破るつもりなどございません。多少、見ため、変わった行動も致しますでしょうけれど、すべて、そこに忠実に沿ったものなのでございますから。・・・・・じゃね、ビーバーくんに帰って、大人しくするわ。ぼちぼち、おっそろしい『王国第2情報部』が動きだす。そういえば、あそこは、あなたの管轄だったわよね。どうなさるおつもりかしら?この先?」
そう言いながら、ヘレナの姿は消えてしまった。
「まったく、自分勝手なお姉さまだこと。肝心なことは、お話にならずに。」
ルイーザはそうつぶやいて、自分の巨大なデスクに向かい、大量に積みあがった書類を、かたずけにかかった。
ここがきれいになったら、彼女は、『第2王女』の地位は、最終的に放棄する考えでいたのだ。
自分の代わりには、弘志を立てる考えでもあった。
男の子のままでよいのかどうかは、大きな問題があったのだが。
あのままでも、十分『巫女』として通じるだろうが、いつまでもそうはゆくまい。
姉上は、ストレス解消法としてだけで、弘志を時々女子化させていたわけでは、ないのではないか?
いささか深読みが過ぎるかもしれないが、まんざら、間違いではあるまいな・・・。
そう、考えてもいた。
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