わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第十章
『来ました来ました。やっと来ましたよお。』
アニーがめんどくさそうに言った。
「アニーさん大丈夫かい?」
シモンズが、本当に、心配そうに尋ねた。
『細工は流々仕上げを御覧じろ。』
「はあ・・・・・」
そこに至って、シモンズはテレビが大騒ぎをしていることに、ようやく気が付いた。
「これは、いったいどうなってるんだ? ねえ、あにーさん、これは、どうした状況なのかい?」
アニーは、しばらく返事をしなかった。
『ええ・・・ドウヤラ、病原菌のハイふに、少し、誤差が生じた、モノと思ワレマス。』
「冗談じゃないぜ。その『誤差』は何を生むの?」
『ヘレナの肉体ハ、非常ニ強イ。シタガッテ、菌も強イ。ジカンマシデ、キョウカサレマス。並の人間ニハ、速攻でアブナヒ。半日イナイニイノチガ危険。感染力ハ、バツグン。半月で、トウキョウは、オシマイ。』
「ばかやろうさんだ! 特効薬は?」
『少量なら、スグ作れマス。あの機械ノ中で。シカシ、タイリョウトナルト、マルマル研究所ガ必要デス。タトエバ、月のウラガワとか。王国キタジマ研究所トカ。』
「はあ?なんだそれ。ぼくに隠してることが、一杯ありそうだ。とにかく薬を作ってよ。」
「マズハ、ヘレナと、ルイーザのショチデース。」
「くそ! どじアニーさんめ。」
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第二王女は、姉の腕にブレスレットが嵌っていることで一安心していた。
しかし、この状況には、いくらか困惑していた。
姉が、こうした感染症にやられるというのは、ちょっと考えにくかったからだ。
それでも、明子も弘志も、医師たちもいる中であり、とりあえず、大人しくしている必要があった。
『G.T.M.S.』は、密閉された大きなドームの中に収容されている。
「はじめます。しかし、この腕輪というか、大きなブレスれットは外しましょう。」
内部の医師は、深く考えずにブレスレットを外そうとした。
「いやあ、これはどうなってるんだろう。外し方がわからない。」
医師数人が、この問題にとりかかったが、まったく歯が立たない。
そこに、マムル医師が到着した。
「ああ、先生!」
外側にいた部長が声を上げた。
「どうも、どうなっているのですか? 病院の外は大事になっていますよ。」
「ええ、これが、体内の細菌らしきモノ。正体不明です。高熱。呼吸不全。軽い痙攣。意識障害。」
「何してるの?」
「ブレスレットを外そうと・・・。」
内部からビックリした声が響いた。
「先生、機械が勝手に作動しました。退出します! 避難避難!」
「しびれを切らしたのね。」
マムル医師が言った。
「はあ?・・・」
「触るけど、いい?」
「それはもう、どうぞ。お任せします。」
部長が言った。
この機械の扱いにかけて、マムル医師を超える者はいない。
「ふうん。みなさんは、この「宇宙風邪」を直そうとしてるのね?」
「「宇宙風邪」?ですか? ああ、まあそうですが。先生は、この症例をご存じなのですか?」
「まあね。大丈夫よ。この機械なら、すぐに特効薬を調合する。問題は、腕輪ね。」
「は?」
「腕輪よ、ねえ、第二王女様?」
「え?」
「あなたもつけていらっしゃる。」
「おお、確かに同じものですな・・・・・」
部長が良く分からないままに同意した。
「あなたの周囲は、ガードしましたよ。まあヘレナが作ってくれていたのねぇ。悪さできないわよ。」
「まあ!そんな。」
部長たちは、会話の意味がまったく見えていない。
ドーム内では、「G.T.M.S.」がうなりを上げている。
時間はかからなかった。ロボットアームが注射器を持ち上げた。
「あれは、特効薬。」
マムル先生が説明した。
分厚いくせに、とても繊細な動きで、アームは第一王女の腕に注射を行った。
「『宇宙風邪』は、もう大丈夫でしょう。でも・・・」
しかし、それで、『終わり』ではなかった。
もう片方の腕が、別の注射器を持ち上げた。
「あ、それは、やめてください。お姉さまの将来がかかっています。お願いです、先生。」
第二王女が、マムル医師にすがる様に言った。
「ふうん。どう、かかるの?」
「それは、秘密です。話せません。」
「他の先生方に出ていただきましょうか? すみません、部長様、お嬢様・・・・・」
部長はうなづいて、他の医師や、家族たちと共に出て行った。
「さ、どうですか?」
「でも、言えません。」
「ふうん。そう、いいわ。でもね、治療は行うわ。弘子さんが済んだら、次はあなたよ。だめよ、動けないわ。私は、筋金入りの不感応者だしね。まあ、覚悟しなさい。」
「もし、腕輪を外したら、わたくしは、お姉さまを、やがて追放することになります。腕輪があれば、そうした必要が無くなります。うまくゆくのです。皆が、この世界の中で幸せを得られるのです。」
「地球人たちも?ですか?」
「ああ、それは、多少の犠牲は出ます。」
「多少?」
「ああ、そうですわね。多少ですわ。」
「どこくらいで、多少なの? 人類の全人口の何割が強制労働に出されるの?」
「え?ご存じなのですか?」
「まあ、少しは。もっとも、聞き伝えだからね、どこまで正確なのかは知らないわ。」
「取引なのです。必要な事です。まあ、ざっと9000億人か、その倍かは・・・。でも、延べですよ。」
「あなたのお姉さま一人の為に?」
「そういう、計算ではありません。」
「嘘おっしゃい。あなたが、お姉さまを追放したくない代償なのでしょう?」
「いえ・・・あの・・・・回答できません。ぜったいに、答えてはならぬのじゃ!」
「ふうん、ご覧なさい。腕輪が苦しそう。」
「ああ・・・・ひどい!」
そうなのだった。腕輪は、まるで生き物のように、苦しそうに上下に喘いでいた。
そうして、やがて、真ん中から、パかっと二つに割れてしまった。
「これで、死んだ。腕輪はね。次はあなたよ。」
「いやです。拒否します。」
道子は、暴れ出した。
彼女が、弘子とほぼ同格くらいに、猛烈に強い事は承知のことだった。
しかし、マムル医師は、冷静なままだった。
用意していた、麻酔銃で、白衣の下から道子に「矢」を打ち込んだ。
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医師たちは、訳が分からなかったが、倒れている第二王女を機械の上に掛けた。
「『宇宙風邪』の感染がないかも調べます。その腕輪、死んでると思いますが触らない方が良いですよ。」
うっかり手を触れかけた医師が、びっくりしてひっこめた。
「さあさあ、大丈夫よ。よしよし、・・・・ふむふむ、感染はないわね。予防薬を注射。じゃあ、これから腕輪を排除します。この腕輪は、火星人が作ったもので、人間の意識を操ります。」
マムル医師が、そっけなく言った。
「な、なんと。それは素晴らしい!のでは?」
「まあ、それで地球征服が何か変更されるのではありませんよ。事態はもっと複雑ですからね。でも、多少は希望が出来るわ。いや、やっぱり、絶望かな?」
医師たちは、さっぱりわからずに、顔を見合わせたり、手を「お手上げ」状態にしてみたり、いろいろやっていた。
「なんであれ、どうであれ、この子たちの力が必要なのよ。誰のためにか?さて、そこが問題よ。先生方お分かり?」
全員が首を振った。
「でしょうね。私もそう。」
道子のブレスレットが、喘ぎながら息絶えた。
「よし。正しいかどうかは、分からない。ほら、あなた方、何突っ立ってますの。私を拘束しますか?でも、王女様の、そう、おひとりは総督閣下ですよ。ご指示を、よく聞いてからにしてください。私は、しばらく東京にとどまります。他の患者さんたちの治療が大変でしょう? お嬢様?」
「はい?先生。」
明子が答えた。
「データに基づいて、あなたの会社で、すぐに特効薬の製造ができますか?」
「そうですね、東京と王国で、可能な限りはやりましょう。他社にも持ち掛けて見ます。間に合うかどうかですね。この機械では?どのくらい対応できそうですか? 設計上は、手術さえなければ、おひとり10分以内と聞いておりますが。」
「治療法は、確立できています。問題はお薬をどこまで自力で供給できるかです。続く限り、やりましょう
。政府の許可はありませんよ。それと、特効薬なしでも、命を伸ばす方法があります。可能な手は打ちましょう。治療法のデータを各医療機関に連絡してください。これ、データです。急いでください。」
「わかりました。」
「さて、そこで第二王女様、いえ、総督閣下、この際、大号令を出してくれませんか?」
意識が正常に戻りかけていたルイーザは、大きな黒い目を、はでにぱちぱちさせていた。
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