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その3

 妖精に連れられて、草木でできた小さなトンネルを赤ちゃんみたいにハイハイ歩きで抜けると、そこはトンネルとはギャップのある広大な妖精の住む里だった。

 妖精の住む隠れ里には、ラッパのような形をした花が音楽を鳴らし、それに合わせて軽快に動いてリズムを取っている大きなキノコや空を飛び交う妖精たちが楽しそうにおしゃべりをしていた。ファンタスティック、まさに幻想的な世界がそこには広がっていた。

 上や下や、はたまた左右を首が痛くなり目が回ってしまうほど、まさに見回しながらアリスが歩いていると、杖を付いたちっちゃな老人がアリスの前に現れた。

 羽を生やして白ヒゲを蓄えた、ちっちゃくとも威厳のありそうな老人はアリスにしゃがれた声で話し掛けてきた。

「わしはこの里で長を務めておる者じゃ。おぬしがわしらの姫様を助けてきてくれると聞いたが、それは本当か?」

「お姫様なんて、あたしの魔法でちょちょいのちょいで助けてきてあげるわよ。まあ、アタシに任せとけばなんの問題もないわね」

「おお、それは心強いお言葉じゃ。どうか姫様のことを頼み申したぞ」

 小さな老人が何度も丁重に頭を下げるので、余計に小さく見える。

 そんなへりくだった態度の老人を腕組みをして不満そうに見つめるアリス。里の長たるものにこんなにまで頭を下げられているのにも関わらず、アリスは何に対して不満なのだろうか?

「こんな可憐でか弱そうなこのアタシが、危険を冒してお姫様を助けに行くんだから、ほら、何かあるでしょう?」

 もし、本当にか弱いのなら、お姫様を助けには行かないと思う。それにアリスがか弱いなど到底思えない。

 何かと言われても老人には心当たりがない。困惑してしまうばかりだ。

「何かと申しますと?」

「ほら、見返りとか、財宝とか、地位や名誉に権力とか、家とか車とかブランド品とか……いろいろあるじゃない」

 いろいろあり過ぎだ。

 老人は少し困惑したが、近くにいた妖精に言い付けてつるぎを持ってこさせた。

 妖精たちは5人がかりでつるぎを持ってくるとアリスに手渡した。

「その剣はこの里に伝わる宝剣じゃ。これを差し上げる代わりに姫様を助けて下さらんか? もし、姫様を助けてきてくれた暁には、山ほどの財宝も差し上げましょう」

「まあ、しょーがないわね。今のところはこれで」

 アリスは宝剣を鞘から抜くとぶんぶんと片手で振って見せた。

「重いわね、これ」

 実は片手で女性が振り回せる品ではないのだが……アリスはそれをぶんぶん軽がると振り回している。この剣の重さ実に10kg以上はあるはずなのだが……アリス恐るべし。

 アリスは剣を振っていてあることを思い出した。そう言えば絵本の中でこの剣を使って王子さまが悪い怪物を倒したような記憶がある。

 だが、剣は受け取ったものの、自分はこの場ではチョー可愛い美少女魔法使いという設定なので、剣ではなくて魔法の杖はないのかと尋ねてみた。

「あのぉ〜、あたし魔法使いだから、剣じゃなくって魔法の杖が欲しいんだけど?」

「残念ながら、魔法の杖はこの里には御座いません」

「……気が利かない夢だなぁ」

「何かおっしゃいましたか?」

「いえ、別にこっちの話ですから」

 自分の夢のクセしてなんて融通の利かない夢なんだとアリスは心の中では腹が立っていた。夢に腹を立てても仕方がないと思うが?

「今日のところはこの里でお休みになられて、明日の朝出発なさると良いでしょう」

 老人はそう言うと、遠くにいた妖精を大声で呼んで手招きをした。

「おーい、パックや。こっちにおいで」

 老人の声を聞きつけた可愛らしい男の子の妖精は慌てたようすですっ飛んで来た。

「な、なんですか?」

「お前にこの方の世話を任せるのでな、失礼の無いようにするのじゃぞ」

「えっ、俺が? ヤダ……っ」

 男の子の妖精は慌てて一瞬口を押えると、すぐに再びしゃべりはじめた。

「喜んでお受けします」

「嫌なら他の者に代えてやってもよいぞ」

「俺がやります」

 老人は再びアリスのほうへ顔を向けると、

不束者ふつつかものじゃが、きっとお役に立つと思いますじゃ。わからないことがあればこの者に聞いてくだされ。では、わしは家に戻りますので、これで失礼されて頂きます」

 老人はアリスに深々と頭を下げて、ふわふわぁと家に飛んで帰ってしまった。

 残されたパックは嫌な顔をしながらもアリスにあいさつをしてきた。

「俺の名前はパック、よろしくな。で、あんたの名前は?」

「アタシはアリス」

「アリスねえ……確かに顔は可愛いけど、遠くから長老様とのやり取りを見ていた限りは性格悪そうだな」

 勘が鋭い妖精だ。いや、勘がどうこうではなく、あからさまにわかることかもしれないが……。

「あんたねぇ、ちょっと態度デカイんじゃないの? あんたらのお姫様助けに行ってあげるのよ、このアタシが!」

「うわっ、やっぱ性格わりぃな。こんな奴の世話役なんてまっぴらごめんだぜ」

「だったら、別に世話なんてしてくんなくてもいいわよ」

「長老様の命令だからしょうがねぇだろー」

 どっちもどっちだ。どちらとも性格が悪いと思われる。

 アリスのお腹が突然、ぐぅと鳴いた。 

「なんだ腹減ってんのか?」

「そうよ、悪い? 本当は今日ケーキ食べに行くハズだったのよ」

「ケーキが食いたいのか?」

「そうよ」

「だったら早く言えよ」

「えっ?」

「着いて来い」

 パックは自慢げな笑みを浮かべるとさっさと飛んで行ってしまった。

「待ってよ!」

 アリスは剣を鞘に収めて急いでパックのあとを走って追った。

 相手は小さな妖精だというのに移動するスピードが速い。きっと、飛んでいるせいなのだろうがアリスにしてみれば。あんたね、自分勝手もいい加減にしなさいよ、あたしは普通の人間で羽根なんて生えてないんだから、もっと気を使いなさいよ。と言った感じの表情をしている。表情をしているだけで本当にそう思っているかは別である。

 だいぶ走ってついた場所は、御菓子がたくさん置かれたお菓子屋さん風の場所だった。

「アタシこの世界のお金なんて持ってないわよ」

「お金? ああ、人間の世界じゃそんなのがあるんだっけか。けど、この里じゃお金なんて物は存在しないのさ」

「じゃあどうやって買うのよ?」

「買う? 買うなんてとんでもない。お金が無いんだから買うわけないだろ。バカだなぁ」

 バカという言葉を聞いてアリスのこめかみに血管が浮いた。今の一言はそーとー頭にきたらしい。

「今日はねぇ、図書委員の仕事で呼ばれてケーキは食べにいけないわ、本棚の整理してたら本の下敷きになるし、こんな世界に来るはめになるし、今は長い距離走らされて、終いにはバカ呼ばわり? ふざけんじゃないわよ!!」

 アリスの両手は小さなパックの身体を握りつぶすかの如く、パックの身体を強く握っていた。

「まあ、まあ、放してくれよ。いいこと教えてやるからさあ」

 パックの身体から手がすっと放された。アリスは『いいこと』という言葉に弱かった。

「何いいことって?」

「この里にある物は人間の世界の言葉でいうとタダなんだよ」

「えっホント!? タダ!?」

 ものすごい満面の笑顔を浮かべるアリス。さっきまで怒っていた人物とは思えないほどの変わり身の早さだった。アリスは『タダ』という言葉にも弱いらしい。

「だから、ここにあるお菓子も全部タダってことになるんだよ。どうだ、気に入ったか?」

「じゃあここにあるお菓子好きなだけ食べていいってこと?」

「おうよ、いくら食べてもなくならないからな」

「ホントにホント?」

「ホントにホント」

「うわぁ〜、うれしい〜v」

 この時すでにアリスの頭の中はお菓子のことでいっぱいになってしまっていた。

 キノコでできたテーブルと椅子。アリスは椅子に腰掛けてさっそく注文を取りに妖精がやって来た。

「ご注文は何になさいますか?」

「じゃあ、取り合えず……有りっ丈持ってきて」

「マジかよ!?」

 横でアリスの言葉を聞いていたパックは驚いて目を丸くしてしまっている。

「だって、妖精サイズなんだからどうせ小さいんでしょ?」

「とんでもない。おまえなぁ、さっき御菓子が並べられてる棚見ただろ? 妖精用の小さいのもあったけど、その横に大きいやつもあったろ?」

「そうだった?」

「ここにはなぁ、ホビットも食べに来るから人間が食べるのと同じくらいの大きさのもあるんだよ」

「ホビットってなによ?」

「小人のことだよ」

「小人? ならどうせ小さいんでしょ?」

「おまえ人の話聞いてないだろ?」

 アリスはパックの話など本当に聞いていなく、注文を取りに来た妖精に改めて全部持って来るように注文した。

 注文を取りに来た妖精は少し躊躇しながらも、アリスに言われるままに店の奥へと消えていった。

 しばらくして御菓子が次々と運ばれて来た。クッキーやケーキなど洋菓子が何人もの妖精によって運ばれてくる。その御菓子は全て人間の世界のものと形も大きさも変わらなかった。

 アリスは運ばれて来たケーキに手を付けて、口に一口運んだ。

「おいしい〜v」

 その味は人間の世界とは比べ物にならないほど美味しいものだった。

 川の流れのように止まることなく運ばれてくるお菓子を次から次へとお腹の中に納めていくアリスをパックは唖然としながら見ていた。

「ホントにこいつ人間かよ!?」

 パックがこう漏らしてしまうのも無理もない。今のアリアは人間掃除機、いや、人間ブラックホールだった。

 長いこと止まることなく動いていたアリスの手が、紅茶を飲み干したところでやっと止まった。

「ふう、腹八分目っていうからね」

「ぶはっ!」

 パックは思わず口の中の紅茶を吹き出してしまった。

「な、なんて言った!? これだけ食べて腹八分目だって!?」

「そうよ、今ダイエット中だしね」

 アリスの身体――特にお腹をじーっと見るパックの表情は人間ではない別の物体を見る眼差しだった。

 ケーキだけでも80は食べていたハズなのに……それはこの身体のどこに消えたのだろうか? 有名な科学者たちにも解けない謎だろう。

「この幼児体型の身体のどこに消えたんだ?」

 しみじみ頷きながらパックはなおもアリスのお腹を見ていた。

「幼児体型は余計よ!!」

 アリスは自分の幼児体型をすごく気にしていた。だが、元の世界ではそれが人気を呼んでいたのだが……。

 深く息を付きながらお腹を擦り、アリスは空を見上げた。綺麗な青い空だなっと思っていた刹那、突然、空は重々しい曇り空に一変して轟音が鳴り響き辺が薄暗くなった。

 どうしたのかと妖精たちは一斉に驚き慌てふためき、走り回ったり、震え上がる者もいた。

「ガーッハハハハ!!」

 そして、大きな笑い声と共に空中にフォログラム映像のような巨大な怪物の顔が写し出された。

 怪物は褐色の肌をしていて、頭には羊のような角を生やしていて、鋭く尖った牙を口元から覗かせていた。

「な、なにがあったの!?」 

 アリスは急いでフォログラム映像が映し出されている真下に走り寄った。

 近づくと、より一層怪物の巨大さと不気味さが伝わって来る、のが普通の反応だが、アリスにはこんな怪物どうってことなかった。

「あんたなに者?」

 上空の顔は小さなアリスを睨みつけるようにして大きな口を開いた。

「オレ様は、とても恐ろしくて強い怪物の王様だ」

「あんたね、自分でとても恐ろしく強いなんて言うなんて、ホントはすごく弱っちいんじゃないの!」

 確かにアリスの言うこともありえる。自ら『とても恐ろしく強い』などと言うなど、信憑性に欠ける発言だ。

「お、オレ様が弱いだと、そ、そんなこともう一度でも言ったら、お姫様がどうなっても知らないからな!!」

 と凄みの効いた声で脅し文句を言ってはいるが、気持ちが動揺して焦った感じがあからさまに伝わって来る。アリスも言うとおり弱っちいのかもしれない。

「あんたね、焦ってんのが丸わかりなのよ。あー恥ずかしい。悔しかったら、こんな映像なんかじゃなくって、ちゃんと掛かって来なさいよ、いつでも相手してあげるわよ」

 と言ってアリスは尚も強気で、やれるもんなら、やってみろと言った感じで、あっかんべーを怪物にしてやった。

 それを見た怪物は、慌てたようすで、

「と、とにかく『星見の塔』で待ってるからお姫さまを助けに来い」

 と言って、怪物の映像は重々しい雲と一緒に逃げるように消えてしまった。

 アリスはこれは自分に対する挑戦だと受け取り、仁王立ちで拳に力を込め、お姫さま救出に対しての熱い闘志をめらめらと心の中で燃やした。

 だが、熱はすぐに消火された。

「……あれっ?」

 ふと、アリスの頭に考えが浮かんだ。

 自分の読んだ絵本にこんな展開は無かったような気がする。妖精の里に突然怪物が現れるなんて、絶対絵本の中では描かれていなかった。ましてやあんな怪物なんて出てきた覚えなんてなかった。

「夢だし、別にいっか」

 案外結論はすぐに出された。アリスにとってこの世界で起こることは全て『夢だから』で解決されしまう。

 お姫様救出を一時は意気込んだアリスだったが、長老も言っていたように今日はこの里で休ませてもらい、次の日の早朝に星見の塔に行くことにしようと思った。

「……あんな変な怪物相手にしたら、お腹空いちゃった。また、ケーキ食べに行こ」

「マジかよ!?」

 アリスの横で一部始終を見ていたパックは唖然とした。またケーキを食べるなんて信じられなかった。それにあのやり取りとお腹が空くのは別問題だと思ったが、それはとり合えず心の中に留めて言わないことにした。

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