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僕には僕である以前の記憶が残っている。
大人になれば薄れていくと思われていたそれは、大人になった今でも薄れることなく残っていた。
寧ろ、より鮮明になったと言える。
自我が虚ろな幼い頃は今の自分がどの自分なのかわからなくなることが多かった。
周囲にとっては意味不明なことを口にしていたことだろう。
歳の近い兄(と言っても100歳以上の差があるのだが)には特に迷惑をかけたように思う。
だが、そのことを古い龍たちは心から歓び、まだ幼い僕へこう言った。
お前は間違いなく【初代龍帝 龍族の母の生まれ変わり】である。と――
そして、彼らはこうも言った。
【次代龍帝は琥珀以外は有り得ない。龍帝となるために生まれてきたのだ】と――
古い龍たちの言葉は瞬く間に新しい龍たちにも広まっていった。
僕は――【琥珀】という自分を周囲の大人たちから置き去りにされてしまった。
あの頃はただ悲しいという気持ちだけがあって、そのことを言葉にしようにも出来ずに泣いてしまうほかなかった。
こうして大人になった今、そういう事だったということがよくわかる。
僕を――【琥珀】をなかったことにしてほしくはなかった。
深い悲しみに泣き続ける僕へ兄は『わたしは気にしない。どのお前もお前はお前だ。お前は【琥珀】だ。わたしの可愛い弟の【琥珀】だよ』と明るく笑って慰めてくれた。
彼がいてくれなかったら、僕は【琥珀】としてここにいなかったかもしれない。
「ああ。今日は空が綺麗だな」
心に降り積もった暗いものを振り払うため、僕は外に出て――蒼穹を見上げていた。
とても綺麗なその蒼を見上げながら、僕は無意識に近いかたちで歌を口ずさんでいた。
遥か昔の、太古と言ってもいいくらい古い時代、龍族がまだ地上にいた頃の――その頃に作られた歌だ。
そして、口語としてもう使われなくなった遥か昔の言葉でもある。
今は歌というかたちで現存していた。
そして龍族の誰よりも正確に、そして鮮明に僕は記憶している。
この祈りを届けてほしいと願うように――
僕はただ歌っていた。