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其の捌 小森雛子は闇を駆ける

 零夜の合図で雛子は走り出した。

 今、雛子がいるのは南校舎の2階であった。

 廊下を駆け、直角に曲がると渡り廊下を走る。

 体が軽い。

 手を降り、足を動かし、短距離走のランナーのように走る。

 握りしめたスマートフォンはまるでリレーのバトンのようであった。

『右へ避けろ』

 半ば反射的に床を蹴って右へ移動する。

 今までいた空間に半透明の野太刀が降り下ろされる。

 刀から発せられる力を左腕の肌で感じとり、雛子は冷や汗を流す。

『足をとめるな、もっと早く』

「はい!」

 怖くて後ろを見ることもできず、がむしゃらに走っていく。

 渡り廊下を渡り、北校舎に侵入。

 廊下を少し走ると階段があった。

 目標は最上階の4階だ。

 雛子は階段を飛ぶように上っていく。

 1段飛ばし、2段飛ばし そして3段飛ばし

 疲労よりも、恐怖とよくわからない高揚感に押され雛子は駆け上っていく。

 いつもよりも体が軽い、最後は、階段の半分ほどを軽やかに跳躍する。

(あとは奥まで走るだけ)

 奥の教室まで約10メートル

 最後の力を振り絞って駆け出そうとした瞬間、雛子は見てしまった。

 いつの間にか回り込み、雛子にむかって野太刀を振り上げる武者の姿を……

(やばっ!)

 雛子の全身に満ちていた高揚感が消え失せ、心臓が鷲掴みされたかのように痛む。

 体が動かない。

 混乱する思考、疲労した肉体、絶体絶命の危機。

 動かない雛子に対し、野太刀は上段に構えられた。

 あれが振り下ろされれば……

(ど、どうしよう)

 後ろへ

 右へ

 左へ

 どの方向に逃げても、野太刀の間合いだ。

(前へ)

 振り下ろされるまえに、間合いを詰め、武者の背後の部屋に逃げ込めばわずかながらも勝機があるかもしれない。

 だが、足がすくんで動けない。

(どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……)

 思考がまとまらない、時間だけが過ぎていく。

 その時、背中をトンと押された。


『前へ』


 零夜に耳元で囁かれた気がした。

 雛子は床を蹴った。

 武者の野太刀が振り下ろされる。

 斬ったものの生命力を奪う霊体の刃

 触れただけでも危険なその刃は、いかなる偶然か、わずかに雛子からそれる。

 雛子はさらに走る。

 武者の横を通り抜け、雛子はドアにむかって走る。

 ドアを開ける時間ももどかしいな、と思ったその時、目の前のドアが一人で開く。

「ラッキー!」

 そう叫びながら雛子は、室内へ飛び込んだ。


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