其の漆 小森雛子は逃げ惑う
最後の一人となった小森雛子は静寂に包まれた校舎内を走っていた。
だいぶ目が闇になれてきており、スマートフォンが灯り代わりにもなるので、走るのは問題なかったが、床に横たわる参加者の姿を見ると、恐怖で心臓が押しつぶされそうになる。
零夜は大丈夫だといってが、ぴくりとも動かないその姿は、どう考えても死んでいるとしか思えない。
ちらり、ちらりと後ろを振り返るが、武者は追ってきていない。
だが、安心はできない。
突然、武者が姿を現す事もあるのだ。
まるで瞬間移動したかのように。
だが、それも当然なのかもしれない、武者は人ではなく、「式神」なのだから。
走っていた雛子だが、足を止める。
体力の限界だった。
(ダメ、これ以上は走れない……)
無駄とは思いつつ、近くの窓を開けようとするが、鍵は開いているのにまったく動かない。
これが、零夜のいう「結界」の力なのだろうか
そうであるのならば、まだ結界は生きており、雛子が脱出するのは不可能であった。
いつまでも逃げられるはずがない
いつかは武者に……
絶望的な状況に途方にくれる中、突如、雛子が手にするスマートフォンが鳴り響く。
画面を見ると零夜からであった。
雛子は安堵の笑みを浮かべる。
教室で指示をうけてから、音信不通状態だったのだ。
「どうなっているのよ! お兄さん!」
『君が見て聞いているとおりだよ。妹も私も忠告したはずだよ、危険だと』
それは雛子も理解している。
(確かに私が悪いんだけどさ)
「お兄さんがなんとかしてくれるっていったじゃないの!」
怒鳴りながら、少しだけ涙がでてきた。
不安だったのだ。
連絡が取れなかったのは5分にも満たない時間で会ったが、それまで頼りにしていた零夜と連絡がとれず、他に誰もいない閉ざされた校舎にいるのは、今までの人生の中で一番不安で心細かった。
「すまない。では、ゴールへ行こう」
零夜の言葉に雛子は驚く。
「え、何かわかったんですか?」
「ああ、ただ少し危険はある。しかし、このまま消耗戦になるよりはマシだと思う。どうする?」
零夜の問いに、数秒悩んだが雛子は決意する、
「お兄さんがそのほうが助かると思うのなら、私はお兄さんに従います」
零夜の助言がなければ、ここまで粘ることはできなかった。
それに彼は、親友が絶対の信頼を置くお兄さんなのだ。
『ありがとう。では……』
零夜が雛子に今後の行動の説明をする。
雛子はスマートフォンを耳に当てながら、真摯に説明を聞いていた。
『……厳しいけど頑張』
「はい」
雛子は頷いた。
『じゃあ、深呼吸して』
雛子は眼を閉じ深呼吸する。
かなり疲れていて、走り過ぎたせいで酸欠気味で頭痛がするし、足も重かった。
だが、深呼吸していくうちに、頭のモヤモヤがとれていく。
疲弊した足も、なにか暖かいものに包まれ、疲労がどんどん回復してくようであった。
『いけ!』




