其の伍 閉ざされた校舎
「校内にいれる時間は1時間です。暗いので気をつけてくださいよ」
タイラ―が玄関を開けると、あるものは好奇心に眼を光らせて走り、あるものは恐々と中に入っていく。
遅れた雛子は最後に、校内に入った。
(深夜の校舎か……)
イベントであり、たった一人で入るわけではないので、それほど恐怖心は感じなかった。
だが、暗い廊下、昼間と違い人の侵入を拒むかのような冷たいコンクリートの壁は、ただそれだけでホラーっぽい雰囲気をかもしだしている。
(どちらに行こうかな)
下駄箱を抜け、廊下に辿りついた雛子は左右どちらに進もうか迷った。
(お兄さんに聞いてみようかな)
その時であった。
ギイイイ
軋む音を立て、解放されていた玄関の扉が閉まっていく。
風が吹いたわけでもない、誰かが押したわけでもない
それなのにゆっくりと閉じていった。
玄関の扉が閉まった時、風を雛子は感じた。
いや、それは風というには、重く、ぬめっとしていて、生臭かった。
何か見えない液体が、雛子たち参加者を呑み校舎内を満たしていくかのようであった。
本能が雛子に危険を訴える。
(ダメだ、ここにいちゃダメだ)
雛子は逃げようとした。
走って玄関に向かう。
前には進んではいるものの、まるで水の中にいるようだった。
何かが体にまとわりついて動きが緩慢になる。
(早く)
扉のノブを掴み、押し開こうとする。
だが、まるで鍵がかかっているかのように微動だにしない。
「え、なんで!」
何度開こうとしても開かない。
扉に体当たりしても無駄だった。
「どうして……」
異変を感じたのは雛子だけではなかった。
「なんだこれは」
「あれ、窓も開かねえ」
「ねえ、圏外になっているよ」
雛子は自分のスマートフォンを見る。
いつの間にか圏外になっていた。
(お兄さんに連絡が取れない)
雛子は焦った。
校舎の中を恐怖が伝播する。
「くそ! なんで椅子で殴ってもガラスが割れないんだ!」
「どうしてでないのよ!」
「ルーターもってきたのになんでだよ!」
悲鳴、焦り声、物がぶつかる音、静かだった校舎内が騒がしくなる。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう)
雛子はパニックになる。
呆然としている雛子の目の前で、屈強な青年が玄関の扉めがけてタックルしている が、雛子の時と同じように動かない。
よくわからないが、なんらかの力で雛子たちは閉じ込められてしまったのだ。
そして、何よりも恐いのが、全身で感じるねっとりとした空気であった。
不快度がどんどん上がっていくと同時に、胸騒ぎが止まらなくなる。
何かがくる、とてつもない絶望がやってくる
そんな予感がするのだ。
(どうして? どうして?? どうして???)
ちょっとしたスリルを味わいたかっただけだった。
オカルトには興味があったが、実際にあるなんて思ってもいなかった。
こんな”闇”のセカイが……
しかし、それが現実になっていくのを雛子は感じていた。
そして、オカルトの世界で自分がまったく無力であることを雛子は感じていた。
(どうしよう!)
玄関には何人かの参加者が戻ってきている。
校舎から脱出するために、男たちは何とか扉を開けよう体当たりをし、その様子を固唾を呑んで少女たちが見守るという構図ができあがっていた。
『棒立ちになるな、呼吸を整えろ』
零夜の声が聞こえた。
有無をいわせぬ意志の込められた声に、パニックとなり思考が空回りしていた雛子の心が少しだけ落ちついた。
『廊下に向かって走れ!』
零夜の指示に従い、雛子はダッシュした。
なぜとは聞かなかった、聞く必要もなかった。
なぜなら走り出した雛子の後方、玄関のあたりで悲鳴が響き渡ったからだ。
「いやー!」
「なにこれ!」
廊下に辿りついた雛子は、後ろを振り返った。
そして、見た。
身長2メートルを超す巨漢の武者を。
「なによ、あれ!」
武者の手には、長大な日本刀”野太刀”が握られていた。
それだけでも異様なのに、その武者と太刀は半透明だったのだ。
またパニックになりそうだった雛子だったが、スマートフォンの着信音で我に変える。
雛子は慌てて電話にでる。
「お兄さん!」
『右にむかって走れ』
雛子は、異変を察知して様子を見に来た男たちの横を通り抜け、全速力で廊下を走った。
背後から男たちの絶叫が聞こえたが……
……雛子は振り返らずに走った。




