其の壱 小森雛子は校舎を走る
真っ暗な校舎のなか、スマートフォンの明かりだけを頼りに小森雛子は走っていた。
月も雲に隠れ、彼女の走る音、息づかいしか、この世界に音が存在しないかのように周囲は静寂に包まれていた。
……今は
さきほどまでは悲鳴が響き渡っていた。
だが、もう悲鳴も聞こえない
いないのだ。
もう誰も
彼女以外の参加者は誰もいなかった。
雛子はふりかえって廊下を見るが、追ってくるものはいない。
………ただ、廊下に倒れている数人の男女の姿が見える。
雛子は足を止める。
息が荒い。
落ち着こうにも、今にも襲われるのではないかと思うと落ち着けない。
全身が汗に濡れ、気持ち悪い。
無駄とはおもいつつ、近くの窓を開けようとするが、窓は微動だにしない。
絶望的な状況に途方にくれる中、突如、雛子が手にするスマートフォンが鳴り響く。
雛子は着信ボタンを押すと、電話の向こう側にいるであろう男に叫んだ。
「どうなっているのよ! お兄さん!」
スマートフォンから流れ出る声は、焦りまくっている雛子とは対照的な落ちついた青年の声であった」
『君が見て聞いているとおりだよ。妹も私も忠告したはずだよ、危険だと』
青年の言うとおりであった。
親友の忠告を無視して、彼女は通ってもいない高校の校舎にいるのだった。
(確かに私が悪いんだけどさ)
雛子は思う。そのことに関してはぐうの音もでないくらい正しい
だけど
「お兄さんがなんとかしてくれるっていったじゃないの!」
雛子は数時間前のことを思い出していた。




