其の拾 百鬼夜行
「う、うーん」
雛子は目を覚まし。よろよろと立ちあがる。
周りを見回すと、同じように他の参加者も目を醒まし出していた。
(よかった、やっぱりお兄さんの言ったとおり無事だったんだ)
ほっとすると同時に、自分の記憶が甦る。
音楽室内に荒れ狂う嵐
窓が破壊され、吸い込まれ、宙を飛ばされ……
……為す術もなく落ちていく体
「あ、あれ?」
あわてて体の状態を確認するが、疲労感はあるものの、怪我はなかった。
4階の高さから落ちたにも関わらず……
(私はいったいどうしたんだろう?)
思いだそうにも、雛子の記憶は落下を開始したところまでだった。
(あれは夢だったのかな)
ふと地面に自分のスマートフォンが転がっていることに気付く。
よほど高いところから落ちたのか、粉々に砕けていた。
「やっぱり、夢じゃない」
自分の体が無傷なのはきっと零夜がなんとかしてくれたんだろう。
この肝試しのことを思い出してみると、いろいろ不思議なことがあった。
特に零夜の存在だ。
電話越しに話をしているのにまるで同じ場所にいるかのように状況を把握していた。
それに……
(電話をかけていない時も、お兄さんの「声」を聞いたような……)
そんなことを考えていると誰かが叫んだ。
「な、なんだありゃ」
その声につられて校舎を見ると……
廊下で無数の武者が無数の騎士と闘っていた。
それは一方的な闘いであった。
騎士たちが手にした剣で
槍で
斧で
棍で
立ち向かってくる武者を鎧袖一触、瞬く間に打ちのめしていた。
騎士は4階から1階に進行しているようであった。
雛子が最初に見た時は、3階にいたが、瞬く間に2階、1階へと下っていく。
じりじりと後退していく武者たちの最後尾には、タイラーの姿があった。
恐怖にひきつった顔で怒鳴っているようだった。
彼の周りに次から次へと武者が現れ、騎士たちに立ち向かうが、一騎一騎の戦力差がありすぎるのだ。
武者は駆逐され、蹂躙され、無へと還り、やがて騎士たちはタイラーのもとへたどり着く
タイラーはなにかわめいているが、意に介さず騎士は攻める。
為す術はなかった。
まるでタイラーを目の前にした雛子のように。
騎士たちが動く。
札のようなものを突き出したタイラーの右腕を、赤の騎士の長剣が一閃し、肘から先を斬り飛ばす。
銀の騎士が巨大な斧で左腕を肩から叩き斬る。
青の騎士が投じた槍がタイラーの胸を穿つと、そのまま廊下の端の壁に突き刺さり、タイラーの体はまるで昆虫の標本のように固定される。
そこへ碧の騎士が鉾を片手に襲い掛かる。
何度も何度も顔を殴打する。
右、左、右、左、顎、頭
殴るたびのタイラーの顔が揺れ、骨が折れ、顔の形が変わっていく。
距離があるため、音が聞こえないはずなのに、骨の折れる音が聞こえてきそうであった。
もはや意識がないのかタイラーは白目を剥いていたが、それでも騎士は攻撃をやめない
その陰惨な光景を目撃した人々は恐怖した。
あれこそ、”死”の権化、”死”そのものだ。
残りの武者を殲滅し、ようやくタイラーへの攻撃をやめた騎士たちは……
……雛子たちのほうを見た。
「ひいいい」
誰かが悲鳴をあげた。
それはもしかしたら雛子自身の声かもしれなかった。
騎士たちが窓ガラスのガラスを割り始める。
外に出ようとしているのだ。
「に、にげろー」
「殺される!」
「いやあああああああ」
雛子たちは悲鳴を上げながら、駐車場から学校の外へと逃げ出した。
雛子は誓った。
もう二度と絶対、肝試しには参加しないと……