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アニマルゲノム  作者: 西玉
首の長さは世界一
8/28

ささやかな被害

 朔間緑子は、四人の仲間たちと児童養護施設の建物に踏み入る直前まで来ていた。建物内に侵入を果す前に、飯塚京子が篠原を振り向いた。

「おい、場所わかるか?」

 飯塚の質問に唯一答えられるのは、篠原美香以外にはいない。

「……大丈夫……」

「何が?」

「泉巡査長、まだ独身だから」

 暗闇を歩きながら、緑子と二人の少女が盛大に転びそうになった。一人、飯塚だけが顔を真っ赤にしていた。暗いのでわからないが、髪の色と同じくらい赤くなっているかもしれない。

「誰がそんなこと聞いたんだよ!」

「ふーん。お前がねえ」

 木刀を肩にしたままで、早房華麗がしきりに笑い転げていた。

「うるせぇ! そんなんじゃねぇよ!」

「そんなに、京子ちゃんの趣味悪くないと思うよ」

 わめき立てる飯塚に、緑子は笑いかけた。

「あーっ、朔間。お前まで裏切るのかよ」

「静かになさいな。誰も取ったりしませんわ」

 波野潤子がやれやれと肩をすくめた。

「篠原、お前が余計なことを言うから……覚えていろよ」

 篠原美香の胸倉を掴む。その手に、篠原の血色の悪い手が添えられた。

「……本気なんだ」

 篠原により近づくというのは、はっきりと心を読まれることを意味するらしい。篠原美香の表情は変わらない。ただ、淡々と言っただけに、緑子は妙に納得してしまった。

「違う! 誰があんな男」

「さっき会ったばっかりじゃねぇか。惚れっぽい奴だな」

 早房は相変わらず笑っていた。波野が目をこすっているのは、痒いのでも眠いのでもないだろう。笑いすぎて出た涙を拭いているのだ。

「いいえ。食べたいんですわきっと。生肉に違いありませんものね」

「なんだとぉ。おい波野、いい加減にしねぇと……」

 飯塚が言葉を切ったのは、ある声が原因だった。決して大声でなかった。だが、泣いている。恐怖に怯えた声で。

 言葉を切ると同時に、飯塚は素早く建物を振り向いていた。緑子達もほぼ同時に注視した。全員が聴力で捕えたわけではない。だが、反応はほぼ同時だった。ただ、篠原美香だけは違った。まるで四人が気づくのを待っていたかのように告げた。

「……子供達に危害は加えない」

「どうしてわかる?」

「……首が長すぎて、手足のまわりに何があるのか全くわからないみたい。本当に……凄い間抜け」

「で、どこにいるんですの?」

 篠原は、懐中電灯を取り出した。児童保護施設を見上げる。三階建ての建物は、小学校などよりもふた周りほど小さな印象を与えていた。天井も低いだろうし、飾り気のないコンクリートの箱だ。

「あそこ」

 懐中電灯の光が、三階の窓を射抜く。

「げっ」

 飯塚が顔をしかめた。暗闇に照らし出されたのは、人の顔だった。人の面影を残した、ケダモノの顔だった。前後に長くなり、角が頭部を破っている。しかし、肌の質感、唇、鼻の盛り上がりは、人間以外にはありえない。

「変わりかけ……か?」

 早房も眉を寄せる。警官たちが背後に離れたからか、早速タバコをくわえていた。

「……ううん。あれが完成体。変わり方は……人によって違うみたい」

 電灯を下げる。三階から、一階へ。

「あれ……胴体?」

 緑子が指差した。

「どうやら、そのようですわね」

 建物内部でどうなっているのかはわからないが、頭が三階、体が一階にある。

「あれで、動けるのか?」

「だから、動けねぇんだろ?」

 飯塚と早房が、ほぼ同時に篠原を見た。ごくかすかに、黄色い髪の少女は首肯した。

「ずっとあそこにいるの? 変化してから?」

 緑子の問いに、すばやく波野が応じた。ぴったりと寄り添うように立っているのは、緑子を守るつもりなのだろうか。キリン男ではなく、ヒョウとタコから。

「そうみたいですわね。さっきも篠原さんがおっしゃいましたけど、凄い、間抜けですわね」

「しかし……どうするんだ? 戦いにくいぜ。あれ」

 いらいらと口にする飯塚とは無関係に、篠原が電気を消した。照らしているのが不快だっただけかもしれない。目視していなくとも、どこにも移動できないので必要はないと感じたのだろうか。暗闇の中で、どうしたらいいかわからず、五つの影はわだかまった。

「まず、ガキどもを逃がすのが先だろ?」

「あら早房さん、意外と冷静ですのね。それとも、子供好きなのかしら?」

 波野の言葉に片眉を吊り上げた早房の視界を、赤い影が塞いだ。気持ちをそらした、というより、こらえ性がないのでとにかく動いたように見える。

「じゃあ、二手にわかれるか? 子供の居場所は、篠原にはわかるんだろ?」

 黄色い髪をした少女が、こっくりとうなずいた。

「じゃあガキどもは篠原に任せる。誰かついていけよ。俺は、あっちをやる」

 篠原から懐中電灯を奪い取り、飯塚は三階を照らした。同じ場所に、同じ顔があった。キリン男だ。飯塚は、唇を舌で舐めた。

「あれの周りにも、子供がいるの?」

 緑子の問いに、篠原は相変わらず静かに応じた。

「……うん。一階と……三階。三階の子供は、顔が恐くて竦んでいるだけみたい。一階に三人……そのうちの二人、怪我してる。キリン男が暴れたのに、巻き込まれたみたい。離れたところにもいるけど……他はキリン男に気付かないで眠っている」

「怪我人がいるなら、先に言えよ!」

 木刀を放り出し、早房が地面を蹴った。その前に、飯塚が静かに移動していた。

「どけ!」

 いきりたつ早房に、飯塚が舌を出した。

「駄目だね。いまさら急いでも仕方ねぇだろ。お前には、別の役目がある」

「なんだよ! てめぇが決めるのかよ! ……なんだ朔間、邪魔するな」

 立ち止まったところを、早房の袖をお下げ髪をした緑子が引いたのだ。

「一階の子供は、波野さんと美香ちゃんが助けるって。私たちはあいつを外にひっぱりだそうよ。早房さんも協力して」

 赤い髪の飯塚も同調する。

「ああ。三階にいるってガキは、俺が引き受ける。残りは別の離れた部屋だろ。キリン男を外に出しちまえば、気にすることもねぇよ」

「わかったよ……で、どうやって引き摺りだす? 自力で動けないような奴だぜ」

「三階に頭で一階に体ってことは、二階は首だけなんだよね」

 緑子が名推理っぽく言ったが、誰も感心はしなかった。

「当然そうだろうな」

「私が引きずり出すよ。途中で首が折れて死んじゃったら、気持ち悪いけどね」

 推理には感心してくれなかったので、代わりに緑子は拳を打ち鳴らした。

「おい、俺の見せ場をとっておけよ」

 飯塚が、凶悪な笑みを浮かべた。

「華麗ちゃんは、私が二階に上がるのを手伝って」

「わかった」

 早房が応じた。

「それでは、行きますわよ」

 いつの間にか背後に立っていた波野が、高らかに戦闘開始を宣言した。


 篠原と波野が、玄関から入っていく。それを横目に、早房が右腕を掲げた。緑子の頭上を越え、一階を越え、二階と三階の間の壁に触れた。

「おー。よく伸びるなぁ」

「うるせぇ。お前はさっさと三階に行けよ。ほら、朔間、手を貸しな」

 右腕は伸びっぱなしだ。張り付いたようにぴくりとも動かない。差し出された左手を、お下げ髪の朔間緑子がしっかりと握った。

「重かったらご免ね。私、ゴリラらしいから」

「へっ、海の生物はそんなに柔じゃねぇよ」

 言ったのは、隣にいた飯塚だった。早房は片眉を吊り上げたが、屈伸運動をしている赤い髪に、あえて何も言わなかった。

 伸びっぱなしの右腕が縮む。朔間を連れて。早房の右手は、見事に壁に張り付いていた。

 縮みきったとき、その反動で、緑子が窓に激突する。ガラスの割れる音が派手に響いたが、緑子は体を丸め、上手く中に飛び込んだ。

 飯塚は自力で壁を登る予定だった。ほとんど脚力だけで軽やかに登っていくのが、二階の窓から緑子にも見えた。途中で、柔らかいものを踏んだらしい。

「コラァ、飯塚、てめぇ、人を足蹴にするんじゃねぇよ」

「けちけちするなよ。助かったぜぇ」

 すでに屋上に着いているのだろう。さらに上から声が降ってきた。

「ほれっ、手につかまれよ。奴は朔間に任せな。子供を助けるんだろ?」

 窓の外から舌打ちが聞こえた。程なくして早房の体が屋上に上っていった。


 二階に飛び込んだ朔間緑子は、戸惑っていた。部屋ではなく、階段の踊り場だったからだ。予想と違っただけで、だからといって何も問題は無い。気持ちを切り替えて、渡されていたペンライトで辺りを照らす。一階から三階に伸びる、丸太のような棒があった。

 ――これかな?

 触ってみる。温かかった。

 ――これじゃあ、キリンっていうより、ろくろ首だよね。

 両手で掴む。力を込めてみる。指がめり込むが、骨格がしっかりしているせいか、絞め殺すには至らない。

 ――やっぱり、簡単にはいかないや。さっすが、キリンだね。

 ゾウと並んで、地上最大の生物の一つだ。

「波野さーん。美香ちゃーん。そっちはどう?」

 階下に声をかける。

『大丈夫、もう助けましたわ。子供たち、大した怪我もしていませんことよ』

 波野の声は、よく響く。続いて階上へ声をかけると、飯塚のがらがら声が響いた。

『子供は助けた。早くしてくれ。近くで見ると、ますます気味がわりい。オレ達も、すぐ外に出るからよぉ』

 ――よっぽど酷い顔なんだろうな。

 遠目で見ただけでも、気持ち悪さは理解できた。近くで見たくは無い。長い首に向き直る。拳を打ち合わした。胸を連打してから、それが無意識の行動であることを自覚する。

 ――あれっ? どうしちゃったんだろ、私。

 気を取り直してキリンの首を掴む。両腕で抱え、後方に下がる。

 ――うーん、重い。

 ずりずりとは下がるが、何かに引っかかっているようだ。

「手伝いますわよ」

 背後から声をかけられた。緑子は飛び上がった。しかし、同時に喜んだ。

「波野さんがいれば、一〇〇人力だね」

「一〇〇人じゃ、足りませんわよ」

 なにしろ、ゾウの怪力である。波野は緑子に引っ張られて出来たキリンの首と壁の間に入り込み、足で壁を押した。建物の中で何かが壊れたような音がしたが、緑子にはわからない。ほぼ同時に、緑子の体がキリンの首ごと一気に動いた。まるで畑から大根を引き抜くかのように、キリンの首と胴体を引き抜いた。

緑子は抱えていたキリンの首を窓の外に向かって投げる。首の部分をたわませながら、キリン男の頭部と体までが勢い良く外に投げ出された。緑子はハンマー投げの要領で投げ飛ばしたつもりだが、緑子にハンマー投げの経験はない。

「朔間さん!」

 波野が絶叫に近い声を発する。緑子自身も、二階の窓から飛び出してしまっていた。踏ん張れず、二階の窓から落下する。

「おっと、危ねぇな」

 そのまま地面に落ちるかと覚悟した緑子は、空中でぶら下がっていた。襟首を、上から長い手が掴んでいた。

「えへへっ。ありがと」

 上向くと、早房が腕を伸ばしていた。

「いいって。それより、急ごうぜ。ヒョウ女は校庭に先に行って待っているってよ。お前が、抱きつぶすような気持ち悪いことをするはずがないから、窓から投げ捨てるっていってたぜ」

「当たっていたね」

「まあな。あいつ一人に楽しませることはねぇよ」

 反動をつけて、飛び出した二階の窓に投げ入れられた。早房は、器用に壁を下に移動して行った。

「さぁ、急ぎましょ」

 波野に手を引かれ緑子が立ち上がる。手を取り合い、階段を駆け降りた。


「おお、来たな」

 キリン男を投げ飛ばし、建物を出たばかりの緑子まで飯塚の楽しそうな声が聞こえていた。児童を遊ばせるための校庭の中央に仁王立ちしている。篠原も少し離れて立っている。飯塚が『来た』といったのは、長い首をした男に違いない。首がへし折られるような力で曲げられ、さらに二階から落とされても、キリン男が弱っている様子はなかった。建物で封じられていた時より、明らかに興奮し、殺気立っている。

「おい! こっちだ!」

 怒声を発し、目の前の不気味なキリン男に声をかけたのは、キリン男よりもはるかにぎらついた目をした飯塚だった。仲間を待つ、という意識は働かなかったようだ。

 キリン男が立ち上がる。体はやけに小さく、足はむしろ短い。両足でだけでは立てないらしく、手を地面についたままだった。腕は異様に長く、手の先にはしっかりとした蹄がついている。足を延ばし、背中を垂直に立てても、なお手が地面に触れているほど腕は長かった。

「こい!」

 再び飯塚が挑発する。キリン男の頭が高く持ち上がる。

 高い。

 あるいは、本物のキリンよりも高いのではないかと思われた。完全な動物に変化するものと、その動物に似た何かに変化してしまう者がいるのだろうか。飯塚も変わった。こちらはごく一部だ。手から鉤爪が伸びた。歯が、鋭く長くとがった。

 飯塚が走った。

 男に迫っていく。高く持ち上げられた男の頭部が、飯塚に真っ直ぐに振り下ろされた。上から振り下ろされては、さすがに潰れてしまう。飯塚は脇に転がり、かわした。

「ちっ」

 舌打ちをしたのは、避けなければならなかった状況に苛立ったのだろうか。キリンの頭部が地面にめり込んだ。痛みを感じていないかのようだ。変化しきれなかった人間の顔が苦痛に歪んでいるように見えたが、本当に痛いと思っているのかどうかはわからない。長い首は、再びに持ち上がる。

「遅いんだよ」

 体勢を直す間も惜しむように、倒れた姿勢から飯塚は地面を蹴り、飛び掛った。高くまで持ち上がろうとした長い首がはるか高みへ行く前に、頭部の近くに爪と牙を立てた。

 頭が持ち上がった。高く、三階の高さまで。飯塚をぶら下げたままで。血が迸っていたが、致命傷には至らない。皮を引き裂いたものの、肉の内部までは飯塚の爪も歯も及ばない。

「おーい、なにやってんだよ」

 朔間緑子は緊張して飯塚の戦いを見つめていたが、まったく緊迫した感じのしない声が頭上から降ってきた。声をかけたのは、まだ壁に張り付いたままの早房華麗だった。飯塚は凶悪な表情で噛み付いているが、ぶら下がって、ただしがみつくことしかできずにいる。飯塚がキリンの首から口を離した。

「悪い、助けろ」

「助けて下さいじゃねえのか」

 弱音を吐いたともとれる飯塚に、早房は楽しそうに挑発した。飯塚が牙を剥いた。

「誰が、そんなこと言うか」

 鼻を鳴らし、早房が地面に降りる。キリン男は首を振り回した。大した力だといえる。女子高生一人、ぶら下げたままなのだから。

 飯塚が宙を舞った。小さな悲鳴が上がる。朔間緑子のものだった。隣で見ていた波野も早房も、むしろ楽しそうに眺めている。飯塚すら声は出さない。心配したのは緑子だけだったが、心配する必要などなかったようだ。飯塚は、狙い澄まして早房の上に落ちたのだから。

「てめぇ!」

「助かったぜ。さすがはタコ。いい弾力してるぜ」

「ふざけるな! 早く下りろ!」

 緑子が胸を撫で下ろし、波野は眼鏡を押し上げた。

「仲がよろしいこと。でも、じゃれている場合ではありませんことよ」

「「誰と誰が仲がいいんだ! じゃれているわけじゃねぇ!」」

 二人揃って声を上げた瞬間、一箇所に集まっていた四人に影が落ちた。キリン男の頭部が、破壊槌よろしく振り下ろされたのだ。それを受け止めたのが、頭上に上げた朔間緑子の両腕だった。

「美香ちゃん……なんとかならない?」

 緑子は、先程から少し離れて眺めていた、黄色い髪の少女に聞いた。ゴリラの両腕でも、高みから振り下ろされるキリンの頭部は軽いものではなかった。

「……体は動いていないから、体を狙えばいい」

「それに近づければ、苦労はないぜ」

 一人で苦戦していた飯塚が毒づく。キリン男はまるで鞭のように頭部を振り回している。近づいたら弾き飛ばされてしまいそうだ。

「じゃあ、こうしたらいいんじゃない?」

 緑子が受け止めた頭部が持ち上がろうとした。その首に、両腕を解いた緑子が跳びついた。

「それはさっき俺がやったんだ!」

「波野さん!」

 焦ったように怒鳴る飯塚ではなく、緑子は黒髪の上品な少女に助けを求めた。

「わかってますわよ」

 持ち上げられようとする緑子の体に、波野の腕が巻きついた。体重がかかる。それは、ゾウの体重だ。キリンの首を捕まえているのが、ゴリラの両腕である。

「よしっ。そのままもたせろよ」

 とどめを刺そうとでもしたのか駆け出した飯塚だったが、篠原の言葉が全員に響いた。

『待って』

 声ではなかった。耳で捕らえたのではない、何らかの意思である。緑子の頭に響いたものは、全員の脳を揺さぶったのに違いない。飯塚が怪訝な顔をして振り返ったことが裏付けていた。その脇を、早房が駆け抜けた。

「非力なてめぇだけじゃ、無理だってよ」

「なにぃ!」

 飯塚は、凶悪な顔で篠原を、次いで毒づきながら駆け抜けた早房を見やった。特攻服の少女は、キリン男と飯塚の半ばで立ち止まっていた。飯塚に向けて、手を長く伸ばした。

「そういうことなら、始めから言えよ」

「言う暇もなかったじゃねぇか」

 二人の手があわさる。飯塚が握った早房の腕が縮んだ。まるでロケットが発射するかのように、飯塚の体が舞った。キリン男の胴体の、中心に吸い込まれていく。

 キリン男の体から、力が抜けた。緑子が地面に投げ出された。見越して動いていたのだろう、篠原が支えた。

「あ、ありがとう。終わったの?」

「どうやら、そうらしいですわね」

 緑子の問いに、波野がキリンの胴体方向を顎で示した。ゆっくりと、キリンの長い首が校庭に倒れた。胴体を支えていた短い腕と太い足が崩れ、地響きを上げて胴体が横倒しになる。飯塚がゆうぜんと歩み寄ってきた。早房は、顔をしかめている。

「あんまり勢いよくぶつかったもんでよ。とれちまった」

「『とれちまった』じゃねぇだろ」

 早房がまずい顔をしていたのは、飯塚の持っているものに対してだった。飯塚の手に握られていたのは、人間のものとは思えない、肥大した心臓だった。あれだけの長い首に血流を送り出すための、力強い臓器、だったものだ。

「ま、不可抗力だ」

 言いながら、血まみれの心臓にかぶりついた。

「京子ちゃん!」

「あっ、いけねえ……ついな」

 口の周りを真っ赤にしながら、飯塚は心臓を放り出した。一部噛み切ったのか、口を動かしていた。

 立て篭もりという大事件だったが、女子高生戦隊出動のおかげで、被害は窓ガラス一枚にとどまった。窓ガラスを破ったのは、他ならぬ朔間緑子である。


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