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アニマルゲノム  作者: 西玉
首の長さは世界一
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出撃 第二戦

 朔間の自宅前まで駆けつけたパトカーに、朔間緑子と飯塚京子が乗り込んだ。中谷警部補が早口に説明を始めた。

「ニュースで見たと思うが、世田谷区の児童保護施設で、銀行強盗犯人が立てこもっている」

 パトカーは、都内であればもっとも速い移動手段だろう。サイレンを鳴らして疾走する白と黒の車を、邪魔するものはいない。

「京子ちゃん、ニュース見た?」

「そんなわけねぇだろ。一緒にゲームしてたじゃねえか」

「だよねぇ」

 中谷警部補は、頭を抱えたくなったようだ。片手でこめかみを揉んだだけで我慢したのは、運転中だからだろう。

「他の連中はどうしてる?」

 中谷の頭痛などどうでもいい飯塚が、身を乗り出して尋ねた。

「それぞれの家に迎えに行っている。現地で合流する予定だ」

「そんなに、切羽詰っているの?」

 五人を集めるために、警察か自衛隊かはわからないが、全力を尽くしているらしいということは伝わる。

「ああ。既に変化している。そうでなければ、君達を呼ぶことはない」

「立てこもっているってことは、人質かなんかとっているんだろ? 撃ち殺しゃあいいじゃねえか」

 飯塚が言ったことは、乱暴なようでいて正論である。数日前に、素手の相手に銃器を使用できないから、という理由で五人が選ばれたのだ。撃ち殺す口実があるなら、緑子たちが集められる理由はない。

「残念ながら、変化すると自我を保てなくなるのは共通らしい。建物の中に子供が数人いるのは確かだが、人質ってわけじゃない。奴は勝手に暴れ回っているだけなんだが、子供達が恐がって逃げ出せないんだ。どの部屋に子供がいるかわからないから、発砲なんてもっての他だ」

「ふうん。子供は何人?」

 現場に行って見なければイメージできないが、銃器を使えない状況というだということは理解できた。

「正確にはわからんが、二〇人くらいだろう」

「……なんで、こんな時間にそんなにいるんだよ」

「だから、ニュースぐらい見ろ。児童保護施設に立てこもったんだ。親の無い子供たちが生活しているから、夜だって関係ないんだよ」

「偉そうに言うなよ。むかつくんだよな」

 後部座席から、飯塚が中谷の薄くなりつつある髪をむしった。

「や、やめろ。運転中だ」

 朔間緑子も、あえて止めなかった。飯塚と少々同じ気持ちだったのだ。眠い目を擦るのに忙しかったこともある。

「目的はなんなのかな?」

 窓の外に目を転じながら、緑子がぼんやりと尋ねた。都内とはいえ、繁華街でもないので、街頭が寂しく灯っているだけだった。時おり、浮浪者とも酔っ払いとも見える人影が、風景と一緒に流されていく。

「目的?」

 中谷の声が、急に熱を帯びた。

「奴等に、そんなものはないだろう。自我すらないんだから」

「でも、変化する前は、誰かに操られているんだよ。人間の言葉じゃないって、美香ちゃん言っていたよね」

「ああ。そうだ……言っていたかもしれねぇな」

 飯塚も、中谷の髪から手を放し、後部座席にどっかりと腰を据えた。無理やり上向かせられていた中谷は、ようやくまともな姿勢に戻ってから大声をあげた。

「なぜ、そんな大事なことを報告しない!」

「オレが、なぜてめぇに報告しなきゃならねえんだ!」

 今度は座席を蹴りつける。まだ獣の力は解放していないはずだが、直接背中を蹴りつけられたように中谷は飛び上がった。

「そうだよ。私達、自衛隊の所属でしょ。おじさん関係ないじゃん」

「だから、それは便宜上だと言ったじゃないか」

 声の調子が落ちていた。真後ろに座る少女が、普通の人間のままであっても、警戒しなければいけない人物だと思い出したのだろう。

「だって、私達に聞かなかったじゃん」

「そうだ。そもそも、篠原に聞けよ。あいつしか聞こえていないんだからな」

「できるならやっている」

 その呟きが終わるとき、パトカーも停車した。現場であることがわかる。辺りを埋め尽くす、赤い光がめまぐるしく動いていた。ただの警官たちだけではない。盾とヘルメットをした一団は、機動隊だろう。

「私達、一番乗りかな?」

「ふうん。物々しいねえ」

 パジャマ姿の女子高生二人は、非常に目立った。

「そんなわけねぇだろ。早く着替えてこいよ」

 後ろから声をかけられた。振り返ると、木刀を肩に担ぎ、特攻服で決めた早房が、茶色い髪をなびかせていた。

「あっ! 華麗ちゃん」「なんだ、タコ娘じゃねぇか。速かったな」

「その呼び方やめろ」

 早房華麗は二人に言った。

「冗談だ。気にするな」

 飯塚が、肩をぽんぽんと叩く。似たもの同士、とは朔間緑子は言わなかった。

「ねえ、着替えるって、どこで?」

「あちらに護送車がありますでしょ……」

 横合いから声をかけたのは、黒ぶちの眼鏡をかけた少女だった。一部の隙もなく、学校指定の制服を着こなしている。

「波野さん、こんばんは」

「外からは中が見えないようになっていますから。あの中に、服が用意してありますわ」

「ありがと」

 飯塚はさっそうと足を向けた。後に続こうとした緑子の肩を、白く細い指が掴んだ。

「ところで、随分親しそうじゃありません?」

 高いきれいな声だった。波野潤子である。ちょっと怯えながら顔を向けた。波野の、白く整った顔が至近にあった。

「えっ……だって……」

「今日、約束したばかりじゃありませんか」

 同盟を組もうといわれたばかりだ。

「だって、家に帰ったら、京子ちゃんが待っていたんだもん」

「あなた、わたくしを裏切ったりなさいませんわよね?」

「うん。当たり前じゃない」

「そう。信じてますわよ」

 波野の赤い唇がかすかにほころぶ。眼鏡の奥の瞳だけが、笑ってはいなかった。

 護送車に向き直ると、飯塚は丁度入っていくところだった。駆け寄ろうとし、その先に、特攻服を着た早房が腕を組んでいた。さっきまで別の所にいたはずだ。すばやく移動したに違いない。つまり、緑子を待ち受けるためだ。

「なんだ、脅されているのか?」

 波野に聞かれないよう、早房の声は極めて小さい。

「ううん。なんでもない」

「困ったことがあったら、あたしに言えよ」

「……ありがとう。大丈夫」

「そうか……」

 互いにちらりと見ただけで、距離が空いた。早房は波野のいる方向に歩いたが、互いに言葉を交わした形跡は無かった。

 飯塚と緑子がそれぞれ制服に着替え、外に出ると、篠原が遅れて運ばれてきた。ミニパトに乗せられていた。婦人警官が運転していたらしく、車の中で着替えて来たようだ。まだ完全に終わっていなかったため、路上に降りてから、しばらくもぞもぞと動いていた。

「ところで、何でオレ達、わざわざ制服に着替えるんだ? 自衛隊の迷彩服っていうなら、わかるけどよ」

「うん。折角だから、五人お揃いの服とか作ってくれればいいのに」

「理由がある」

 聞きつけた中谷警部補が、コートを翻して拳を振り上げた。

「なんですの?」

「君達が、『女子高生戦隊』だからだ」

「……つまり……女子高生だってわからないと、いけないっていうわけ?」

 相変らず、淡々と低い声で篠原美香が言った。

「そうとも!」

「さいてー」

「頭おかしいんじゃねぇか」

「センスを疑いますわね」

「死ね」

「……変態」

 拳を振り上げたまま顔色を失った中谷警部補を、飯塚が蹴飛ばして横にどかせる。誰に言われるでもなく、五人が一列に並んだ。児童保護施設は、犯人を刺激しないよう、ライトさえあてられていない。暗闇に、不気味に沈んでいるかのようにみえた。

 五人が揃って歩き出す。詰め寄せていた警官たちは、波が引くように道を空けた。

「誰か、状況を説明してくださらない?」

 波野が、周囲の大人たちに視線を投げかけた。

「日本の警察には、まともな奴はいねぇのか!」

 コートを肩にかけた若いスーツ姿が、飯塚の恫喝に恐れたわけではないだろうが、手帳を出して五人の背後に駆け寄った。

「現在、中の状況は全くわかりません。宿直の職員は逃げ出していますが、犯人を恐れて身動きが取れなくなっている子供達が、まだ多数中にいると思われます。まだ……一六人の子供の無事が、確認されていません」

「全員、あの中にいるわけ?」

 五人は、児童保護施設の門扉の前に並んでいた。その手前で、男の説明を受けた。緑子の問いに、的確に答える。

「はい。おそらく」

「怪我人はいるのか?」

 人道的なことをきいたのは、木刀を担いだ早房だった。仲間達に奇異の目を向けられ、歯を剥いて威嚇する。

「いません……あくまで、確認できたものは、ですが」

「中の一六人については、わからないってことね」

 波野の質問には、男は肩を落とした。

「はい」

「で……相手は……何に変化しているんだ?」

 赤く染め上げられた髪をかき上げながら、飯塚が言葉を選んだ。この質問に即応できるかどうかで、この若い男が事情を知っているかどうか判断できる。

「建物内で変化したので全身は目撃されていませんが、おそらく、キリンです」

「ふん」

 鼻を鳴らしたのは、波野潤子だった。波野がゾウであるから、まともにやりあえば、地上最大級の動物が雌雄を決する戦いとなる。

「ところで、お前はあのおやじの部下か?」

「はい。泉といいます。階級は巡査長です」

 飯塚の質に、男は鋭い敬礼で返した。

「歳は?」

「はっ? 二五ですが」

「ふうん」

 言うと、飯塚は軽く跳躍した。ごく軽く。そのはずだが、安々と門扉を跳び越えた。

「やるの?」

「同然だろ。俺は、もうスイッチ入れたぜ」

 暗闇の向こうから、緑子に向けて飯塚が左腕に巻いた時計型の機械を見せた。

 四人の機械も作動する。第二戦が幕を開けた。


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