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アニマルゲノム  作者: 西玉
首の長さは世界一
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続・新しい日常

 波野潤子の提案は、具体的なものではなかった。今後も国家権力に協力していくことになるなら、自分の意見になるべく賛成するように、とのことだけだった。無理強いをする様子でもなかったのでこころよく応じ、帰りは車で送ってもらった。波野の使用人に自宅を見られるのがなんとなく恥ずかしかったので、途中で車から降り、歩いた。

 朔間緑子の家は、一般的な中流家庭である。一戸建てではないが、そこそこのマンションだ。両親も普通に健在で、弟が一人いる。政府の仕事をするといわれ、他の少女達は見返りをくどく要求したが、朔間緑子が給料をもらえるというだけで喜んだのは、緑子の本心だった。

 そのマンションの前まで来たとき、声をかけられた。いろんなことがある日だと思いながら、声の主を探した。中型のオートバイにまたがった、ライダースーツだった。

「おい」

 フルフェイスのヘルメットを被っている。顔はわからない。声に聞き覚えがあった。

「華麗ちゃん」

 つい大声になった。ちょっと警戒していたからだ。フルフェイスのライダー姿の知り合いなど、いままでいなかったのだ。数日前に知り合った、五人少女のうちの一人だった。早房華麗である。

「すごいなぁ。運転免許もっているんだ」

「持ってねぇよ」

「えっ?」

 小首を傾げる朔間に、早房華麗は笑ったようだった。ヘルメットのカバーを下げたままなので、表情は見えていない。声による推測である。

「それより、その呼び方やめてくれ」

「『華麗ちゃん』って? なんで?」

「下の名前で呼ばれるのは、なんだか恥ずかしいんだよな」

 頬を掻いた。ヘルメットの上からなので、指先が滑っているのがおかしかった。

「変なの」

 バイクのハンドルにひっかけてあった、別のヘルメットが緑子に向かって投げられた。

「時間あるんだろ?」

「うん」

「乗りな」

 顔の動きで意味はわかった。早房の後方には、シートに若干の余裕がある。緑子の尻ぐらいなら収まるだろう。

「いいけど、どこに行くの?」

「心配すんな。誰も待ち伏せしたりはしてねぇよ。ツーリングだ」

 つまり、目的地もないのだ。数日前なら確実に逃げ出していただろう。だが、今は戦えるだけの力がある。機械を作動させていないので、ちょっと力持ちの女の子といった感じでしかないが、リンゴを握り潰すぐらいのことはできる。さらに強化するための機械も、手元にあった。

 ヘルメットを被り、バイクにまたがった。制服のままなのでスカートだが、いつも下にはスパッツをはいている。

 初めてのことだったので、かなりきつくしがみついていた。力の加減を誤れば、早房の肋骨を折りかねないが、運転手の早房も能力者である。簡単に折られはしないだろう。早房は体が柔らかいのが特徴なので、そもそも折られる骨も無いかもしれない。色々と想像しながらしがみついているうちに、しばらく街中を疾走した。止まったのは、東京湾を臨んだ埠頭だった。

「よかった。暴走族の集会につれてこられたらどうしようかと思っちゃった」

「あたしだって、そんなことばかりしているわけじゃねえよ。まあ、たまには行くけどな」

 早房がヘルメットを外した。茶色い髪が風に流れる。ライダースーツのジッパーを下ろし、内側からタバコを一本取り出した。口にする。

「あんたも吸うかい?」

 朔間緑子は、盛大に首を振った。

「へぇ。本当にやらねぇんだな。あたしの回りじゃ当たり前だぜ」

 火をつけた。吐き出した息が、白くたなびく。すでに日は落ちかけていた。薄暗い。スタンドをかけて安定させたバイクに、二人はしばらく体を預けていた。

「何か用だったんじゃないの?」

「いや」

「嘘」

「用がなけりゃ会いにきちゃ拙いのか? まあ、当然だろうな。あんた、いい子みたいだし、迷惑だろうな」

 なんとなく寂しげだった。緑子は言い方を間違えたと思った。緑子の普通の友達さえ、用がないのにただ遊びにきたりしないので、つい聞いてしまったのだ。緑子と感覚が違うのは、金持ちの波野だけではないことを、あらためて肝に銘じた。

「ううん、そんなことないけど。だって、早房ちゃんが私の家、知ってるはずないもん。わざわざ探したんでしょ? ただ会いたいだけで、待っているはずないと思って」

「なるほど……普通に考えればそうなるんだな」

 一際大きく息を吸い、早房が上空に顔を向けた。ゆっくり、煙をたなびかせる。その行為自体を、楽しんでいるかのようだった。東京湾では、大きな船がゆっくりと移動している。

「朔間、あたしのことどう思う?」

 唐突だった。

「どうって……うーん、不良、かな?」

「はっきり言うじゃねえか」

「ご免」

「他の奴だったら、張り倒しているところだぜ」

 タバコを口から外し、東京湾に投げ捨てた。それを見ていた緑子が、小さく悲鳴を上げる。理由は一つ、海が汚れるからだ。早房は盛大に笑い声を立てた。

「本当に、いい子ちゃんだな」

「えーっ。だって……」

 緑子が横を向くと、早房の顔がすぐ側にあった。

「寒くねぇか?」

「うん。ちょっと」

「じゃ、帰るか」

 まだ、何の話もしていないような気がした。緑子は口を開きかけたが、言葉が浮かんでこなかった。早房は出発の準備を始めていたので、その背中にすがりつくしかなかった。

 家に戻る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

「今日は悪かったな」

 マンションの入り口で、そう声をかけられた。

「ううん。また、遊びに来て」

 しばらく沈黙があった。朔間が首をかしげる。答えが返ってきた。

「いいのか?」

「うん。なんで?」

「いや」

 相変らず、ヘルメットのカバーで表情はわからない。

 ――結局、なんだったのかな……。

 よくわからないなと思いながら、エレベーターに乗った。自宅にたどり着き、玄関に入ると、知らない靴があった。

「よう、遅かったな」

 緑子の部屋で、赤い髪をした少女に、にんまりと迎えられた。


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