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アニマルゲノム  作者: 西玉
首の長さは世界一
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新しい日常

 手書きの地図を見ながら、女子高校生の朔間緑子が道を歩いていた。学校の帰り道である。都内のある私立高校に通う、誰にでも愛される活発な少女、のはずだった。つい、数日前まで。

「えーと……なんだか、壁ばっかりだなぁ」

 初めて来る場所なので、少しだけ不安だった。朔間緑子は時々立ち止まっては、三つ網を振って場所を確認していた。その脇を、黒塗りの高級車が通過しようとした。

「うわっ……凄い車」

 通過しなかった。緑子のすぐ脇で止まった。黒く塗りつぶされた後部の窓が、機械音をさせずにおりた。

「早かったですのね」

 にっこりと微笑んだのは、見知った顔だった。誰に聞いても美人と答えるだろう、日本人形のような美しさを湛えた、白皙の少女だった。黒ぶちの眼鏡を愛用しているが、コンタクトに代えればモデルとして通用しそうだ。波野潤子である。

「びっくりした。誘拐かと思っちゃった」

「ご冗談でしょう。人さらいが、こんな車には乗りませんことよ」

「うん。そうだね」

 扉が開いたので、緑子も遠慮がちに乗り込んだ。

 車が出発する。一つ角を曲がる。そこは門だった。緑子が探していたのは家ではなく、家に入るための入り口だったのだと、中に入ってから気づいた。


『ちょっとくつろいでいらして』と言われ、朔間緑子は所在なく座布団に座り、足を投げ出した。和風の部屋だ。それ以上の表現を、緑子は知らなかった。居間なのだろうか。応接室にしては質素な感じがする。建物全体も明らかに和風にまとめられている。さっき通りかかった縁側には、庭があった。庭園という風情だ。庭師が手入れをしており、池で鯉が泳ぎ、決して小さくはない橋がかかっているというだけで、並々ならぬ庭であることが知れた。

「おまたせ」

 振り向くと、年代もののちゃぶ台にお茶やらお茶菓子が目に入った。緑子が部屋に来る前から用意されていたのだが、手を出していいのかわからずに放っておいたのだ。波野は制服から着替えてはいたが、それがくつろいだ服だという風には、緑子には見えなかった。

「波野さんって、お金持ちなんだね」

 率直だが、正直な感想だった。

「わたくしが稼いだわけではありませんから」

「他の子達は?」

 数日前集められたのは、五人の少女だった。特異な経歴と、それに相応しい能力を授かってしまった少女達だ。波野と朔間はそのうちの二人で、他の三人同様知り合ったばかりである。

「篠原さんもお呼びしたのだけれど、あの子、自分の部屋からあまり出たくないみたい。学校にもほとんど行っていないらしいのよ。いま流行りの、引きこもりって感じみたい」

「そうなんだ……『流行って』いるのかな?」

 緑子は髪を黄色く染めた、表情の少ない少女を思い出した。篠原美香は、非常に口数の少ない女の子だった。人の心が読めてしまうらしく、それが篠原の精神に負担を与えていたようだ。

「後の二人はほら、不良ですもの。わたくしはなんとも思っていないのですけど、家の人間が嫌がりますもの」

 『家の人間』というのがどれまでを指すのか、緑子には判断できなかったが、金持ちには金持ちなりの苦労があるのだろうと勝手に解釈した。

「不良かぁ……二人とも、ちょっと恐いね」

「ねっ」

 我が意を得たりと、波野がにっこりと微笑んだ。綺麗な少女だった。黒ぶちの眼鏡をかけているために少し神経質な印象を与えるが、笑うとそんな印象も吹き飛んでしまう。

「それで、あなたをお呼びしたのは、わたくし達だけでも同盟を結んでおきたいって思ったからですの」

「同盟?」

「そう。あの二人は、きっと今ごろ悪巧みをしていますわ。だから、わたくし達も協力しあおうと思って」

 どうも話が飛躍しているような気がする。仲良くすることに反発するつもりはないが、緑子は思ったことを口にしてしまう癖があった。

「悪巧み……してるかな?」

「していますとも。今してなくとも同じことですわ。時間の問題ですわよ」

 座布団に足を投げ出して座っていた緑子のすぐ脇に、波野が両手をついて詰め寄った。体がくっつきそうである。女どうしながら、頬を赤らめて緑子は視線をそらした。

「で、具体的には何をするの?」

「それは、わたくしに協力するってことですの?」

 ここで嫌だとは言えなかった。波野の財力を見せ付けられたことが、無関係とは言いがたい。

「うん、いいよ。あんまり無茶なことじゃなければね」

「よかった」

 まさしく満面の笑みだった。片手を差し出された。おずおずと応じると、波野は力強く握り返し、しばらく離さなかった。


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