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アニマルゲノム  作者: 西玉
手足が無いのが自慢の男
3/28

初陣 VS 蛇男

 朔間緑子が四人の即席の仲間たちと駆けつけた時には、射撃場の入り口は既に封鎖されていた。封鎖された扉の前で待機していたのはいわゆる機動隊の武装警官ではないが、いずれも手にピストルを携えていた。緊張した面持ちだった。封鎖された部屋の中には当然山ほどの銃器があるのだから、それも当然だろう。日本で銃撃戦の経験がある者など、皆無に近い。

 中谷警部補が後から現れたが、誰も敬意は払わなかった。あまり庁内での立場は高くないらしい。その前にいた5人組が、注意を引いたこともあるだろうが。

「おい、中はどうなっている?」

 入り口の扉の一番近くにいた、若いスーツの男に声をかけたのは飯塚だった。

「なんだ、君は? 高校生が来るようなところではない」

「なんだと!」

 二周りは体が大きな男性の胸倉をつかみ上げた飯塚の腕を、中谷が押さえつけた。

「事情は後で説明する。この子たちに任せるんだ。責任は俺がとる」

 男の視線が中谷の顔を一瞥し、飯塚を始めとする女子高生に戻った。緑子の顔をひときわ不安そうに見たような気がしたが、緑子は無視した。

「静かです。出入り口を封鎖されたことに、まだ気付いていないはずです」

「そう」

 答えたのは黄色い影だった。小柄で、顔色の悪い少女である。人垣を、はじめから人などいないかのように速やかに避け、扉までたどり着くと、振り向きもせず、ただ扉だけを見詰めて言った。

「行くよ」

「だから、お前が仕切るなよ」

 飯塚が怒気を発したが、篠原は聞いていないようだった。あるいは、無視した。無造作に、扉を開けたのだ。

「お、おい、君!」

「邪魔ですわよ」

 慌てる若い刑事に、波野が言った。

「どいて」

 緑子は中谷に言った。

「どけよ」

 緊張した顔の制服警官に飯塚が言った。

「触んな!」

 補導員を想像させる年配の男に言ったのは早房である。

 先頭の篠原は既に射撃場に入っていた。中谷さえ追い出し、五人の少女は内側から鍵を閉めた。

 数人の警官が、射撃の練習に精を出していた。本当に何も知らないようだった。それらは全く無視して、篠原はどんどん進んでいく。緑子は急いで後を追った。他の三人も同様である。

「おい、誰が……オレたちと同類なのか、わかるのか?」

 飯塚の問いに、篠原が足を止めた。

「わからないの?」

 居並ぶ四人を見た。どうも、からかっているのではなさそうだ。

「いいえ。わたくしには、何も感じられませんわ。ただ、体に力がみなぎるのはわかりますけど」

 波野が不安そうに言った。いかにも優等生のお嬢様と言った風情だ。わからないことがあるのが不安なのだ。

「私も」

 緑子は当然のことのように同調した。

「そう。やっぱり、動物によって特性が違うのね。あの人よ」

 射撃訓練場の端、弾薬が積まれたところで、荷物の整理をしている男を篠原が指差した。整理している荷物は、弾薬そのものなのだろうか。持ち出そうとしているのかどうかはわからない。

「どうするの?」

 緑子は誰にともなく尋ねた。誰に尋ねていいかがわからなかった。少なくとも、自分の責任で判断するのだけは嫌だった。その男は、逞しい体つきをしていた。警察官なので弱々しいはずもないが、四角いリング状で戦っていても不思議ではないほど、いかつい体つきをしていた。

「あいつで、間違いないんだろう?」

「うん……でも……」

 飯塚の問いに、珍しく篠原が言いよどんだ。

「どうなさったの?」

 波野が篠原に顔を向けた。

「誰かから、指令を受けているみたい」

「いま、か?」

「うん……話してる」

「口は動いていないよ。電話も持っていないし、どうやって話しているの?」

 緑子の当然の質問に、波野はお下げ髪をよしよしと撫でた。

「宇宙人ですわね?」

「あのおっさんの言っていたことが正しければ、だろ」

 早房はあくまでも懐疑的だった。

「間違いないと思う。人間の言葉じゃない」

「じゃあ、どうして話しているって……篠原にはわかるのか」

 飯塚が一人で納得したが、篠原は小さく首肯した。

「おい、君達、何をしている」

 突然、練習を切り上げた一人の警官が五人に気づいた。まだ封鎖されていることを知らないのだろう。閉じ込められている自覚も無いのに違いない。緑子たちは顔を見交わそうとしたが、唯一それを拒否した篠原が進み出た。篠原は、何も言わなかった。暗い瞳を、男に向けた。男は、無言でくず折れた。

「凄い」

 緑子が、瞬間的に口にした。

「いいなあ、その力」

 茶色い顔をした早房も、素直に感嘆する。

「ねぇ、あっちをご覧なさいよ」

 波野が指さした。何者かと交信していた妖しげな男は、五人に注目していた。かき集めた武器を、背中に担いでいた。

「何だお前達は」

 その声は、妙に掠れていた。

「『何だ』ですって? そういうあなたこそ、何者なんです?」

「俺は、警官だ。ここにいても……不思議はない」

「気をつけて。もう、本人の意識はない」

 篠原の声が、静かに響く。いつの間にか交渉役を買って出ていた波野が、小さくうなずいた。

「『不思議はない』ですって? その言い方が、あなたが異物であることを物語っていらしてよ」

「何だと」

「あら、お気に触ったかしら? 異物でなければ、畜生とでもお呼びすればよろしいの?」

 眼鏡を軽く直しながら、つんと澄ました様子で告げる。端整な顔立ちに、白く、きめ細やかな肌は、まるで相手を挑発するために生まれてきたかのような少女である。

「あたいだったら、切れてるな」

 非常に小さな声で、早房が感想を述べる。

「あいつも同じね」

 篠原の声は、いつもと同じだった。

「お前等も、仲間だろうが」

 男の姿をした者が、荒々しい声を波野に投げかけた。

「誰のことをおっしゃっているの? あなたのようなゲスと、一緒にしないで下さらない。黒幕さんに言っているんですわよ。隠れていないで、堂々と出てきたらどうなの!」

「おい『黒幕』って、誰だ?」

 飯塚が早房に尋ねるが、早房が正解を知っているはずがなかった。

「しらねぇ。宇宙人だろ」

 肩をすくめる。男は目を大きく見開き、口から泡を飛ばした。

「貴様等ぁ」

 荷物を落とし、黒い、金属の塊を取り出した。

「伏せて!」

 黄色い髪をした篠原が、珍しく鋭い声を発した。篠原自身も伏せている。

「おい、そっちの警官ども! あいつ、オレ達を殺す気だ!」

 射撃訓練の間は耳宛てをしているが、数人は五人の少女と同僚のやり取りに、気をとられていた。しかし、行動は鈍かった。何が起こっているのか、理解しかねている様子である。そもそも無防備の高校生に銃を向ける警官がいるはずがないという先入観が、居合わせた職業警察官の動きを遅らせた。

「ねえ、あの人、銃使うかな」

 伏せたまま、朔間緑子はお下げ髪を揺らしてほふく前進した。篠原の袖に辿りついた。引っ張る。

「そのつもりみたい……あっや……やめた。ここでそんなことしたら、蜂の巣になるって気づいたんだ」

「で、どうしますの?」

 同じように伏せた波野が顔を寄せるが、服が汚れないか気にしているようである。制服とはいえ、ブランド物なのだ。と緑子はなんとなく悔しい気持ちになった。

「おい、やっちまおうぜ」

 いらいらと飯塚が牙を剥いた。ずっとお預けを食らっていた空腹の猛犬のようである。

「でも、あいつまだ、正体を明かしていませんわよ」

 男は荷物を背負い直していた。顔に薄ら笑いを浮かべている。波野の言ったとおり、あくまでも人間として振舞おうとしているようだった。

「なあ、お嬢ちゃんたち、俺もまだ死ぬ気はないんだ。ここは仲良くしようや」

「変化していないってだけだね。中谷さんは、ああいう奴に手が出ないから、私たちに協力させようとしたんだよね」

 緑子は正論のつもりだったが、あまり意味は成さなかった。

「やっちまおう」

 理屈など、どうでもいいと思っている者がいた。 

「どうぞ」

 篠原の声は、制止するつもりがないことを示していた。結果は一緒だ。

 その声に弾かれたかのように、体勢を低くしたまま、飯塚が床を蹴った。赤い髪の少女はヒョウの遺伝子を持っている。爪が長く、鋭く伸びた。

「ちっ」

 舌打ちしたのはその先にいる男だった。完全に荷物を捨てた。体が肥大化したように見えた。変化が始まった。

 飯塚の脇を、それ以上の速度で黒ぶち眼鏡の少女が滑っていった。驚いて振り向く飯塚に、ゴリラの遺伝子を持つ朔間緑子は手を振って応えた。緑子が波野を投擲したところだった。

 男の肌は緑色に変色し、黒い模様が浮かんでいた。頭蓋骨は顔の部分が突出し、人間以外のものに変形していく。鼻が消え、穴が残る。口は裂け、歯がとがり、伸びた。肩幅はむしろ狭く、手足が縮む。

 その過程で、波野潤子が激突した。男は受け止めようとしていたが、止めきれず壁に激突し、めり込んだ。

 苦しげな雄叫びが上がった。

「どけ!」

 鋭い声に波野が従った。声の主飯塚は、両腕と牙で襲い掛かった。

 外した。標的はするりと抜けた。変化を完全に終えていた。手足がない。太く、巨大なアナコンダだった。

「おい、あいつどうする気だ?」

 推移を見守っていた早房が、黄色い髪に尋ねた。

「変化し始めてから、意識が人間のものではなくなっている。理解できない」

 しかし、見ていれば推測は難しくなかった。長い巨体をくねらせ、早房と飯塚の方に向かってきたのだ。

「おい、何とかしろよ」

「無理。ケダモノの精神には干渉できない」

「な、なんとかするよ」

 すぐ脇にいた朔間緑子が一歩進み出た。戦い方を知っているわけではないが、拳には力があふれていた。

 飯塚が人間とは思えない身の軽さで戻ってくる。それでも、間に合わない。朔間緑子は、覚悟を決めるように顎を引いた。その目の前で、アナコンダが止まった。一箇所にわだかまったと見えたが、次の瞬間には、宙を飛んでいた。緑子と二人の頭上を、長いものが移動する。

「おい、逃がすな!」

 飯塚の怒声に、緑子もどうにもできなかった。

「そんなこと言ったってよ……」

 無意識の反応だったのだろう、早房が手を頭上に伸ばしたのは。手が届くと思ってやったわけではなさそうだ。頭上を越えられるのがなんとなく嫌だったから、手で払おうとした。そのような動きに見えた。早房の腕が、本当に伸びていた。頭上のはるか高くまで。早房の指がアナコンダの鱗に触れ、そのまま指先に張り付いた。それが、あるはずのない自分の吸盤のおかげだと気付いたのか、早房は顔をしかめながら腕を振り下ろした。床にアナコンダが叩きつけられる。

「よし、いいぞ」

 駆け寄った飯塚が、軽々と三人の頭上より高くジャンプした。床に叩きつけられたアナコンダは、たいしてダメージも受けずに鎌首をもたげた。飯塚が頭上から襲い掛かる。長く伸びた鋭い爪がヘビの肉を裂き、剥き出しになった牙が骨を砕いた。血が迸り、飯塚は歓喜に目を細めた。

「危ない!」

 緑子は叫んだが、飯塚は動かなかった。夢中になって聞こえていないのだ。ゴリラの朔間が、近くにいた篠原と早房を両腕に抱え、軽々と後退した。アナコンダの体が、飯塚に巻きついた。アナコンダも深い傷を負っているが、ヘビの生命力では致命傷とは言いがたいのだ。

「くっ……」

 声というより、肺から空気が漏れる音が飯塚の口から漏れた。牙を離さぬまま、身体を巻かれた。絞めあげられた。

 波野が、黒く長い髪を振り乱して戻ってきた。

「どうしましたの?」

「見ての通りだ」

 早房がしかめつらをして顎で示した。

「助けなさいよ」

「どうやって?」

 問い返すのももっともだった。アナコンダに締め付けられているのだ。下手に攻撃すれば、飯塚にも衝撃が及ぶ。動いたのは朔間緑子だった。ぽむと手を打ち、波野に声をかけながら片膝を付き、両手を組んで手の平を上にした。その上に、当然のごとく波野が足を置いた。緑子は両腕に力を込め、思い切り撥ね上げた。ゴリラの腕力で、ゾウの体重を跳ね飛ばした。

「お伏せなさい!」

 頭上から波野の声が振る。飯塚は頑なに牙を離さなかったが、既に意識が遠くなりつつあるのか、瞳からは力強さが消えていた。口からぽとりと肉を離し、呟いた。

「……偉そうに言いやがって」

 体が弛緩した。その目の前に、細い足が舞い降りた。筋骨の強さ、体の重さはゾウのものだ。何重にも巻かれた太い体が、安々と踏み破られていく。

「私も!」

 朔間緑子がアナコンダに飛び掛った。太い胴体を両手で掴み、左右に引っ張った。握力、腕力はゴリラのものだ。らせん状になって巻いていたので、胴体のどの部分かわからないが、引きちぎられて転がった。

 絶叫が迸る。巨大なアナコンダの最後だった。ヒョウの飯塚は立ち尽くしている。意識はない。ふらりと崩れた。それを、遠くから早房が腕を伸ばし、抱き寄せた。

「き、君達は一体……」

 事の成行きを見守っていた役立たずの大人たちが、声をかけながら集まってきた。波野が、満面の笑みで応じた。

「『美少女戦隊』とでも申しましょうか」

「恥ずかしくねぇのか、お前」

 早房の呟きに、このとき始めて、黄色い髪の篠原が笑顔を作った。


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