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アニマルゲノム  作者: 西玉
遠い星の彼方から
27/28

vs オオカミ人間

 緑子は早房の手を握り、空中を散歩した。ただ落ちているというのが実際のところである。

 真下に停止した戦車を見ることができた。止まっている。凹んでいる。この世で最も頑丈な乗り物の一つである戦車が、まるで踏みつぶされたようにひしゃげていた。事実、踏みつぶされたのだ。踏みつぶした張本人が、降りてくる緑子に向かって嬉しそうに手を振っていた。

 地上まで三〇メートル、緑子は早房の手を離した。緑子はゴリラの遺伝情報を持つ。決して身軽ではない。その分、骨密度が人間の非ではない。

 戦車を踏みつぶした波野が近づいてくる。戦車は、波野が立つ位置を中心に、クレーターを形作っているのがわかる。ゾウの巨体は五トンを超える。真上から加速度をもってその質量に襲われては、戦車といえどもひとたまりもなかったのだろう。

 緑子は、狙い通り波野の隣に着地した。つまり、戦車の上である。波野ほどの衝撃ではないだろうが、いったん破壊された戦車には、十分な衝撃だったらしい。緑子の足元で鉄板が跳ね上がり、まるで押し出されるかのように、毛むくじゃらの塊が飛び出した。

「あら、お元気そうね」

 凶暴な目つきを隠そうともしない、ほぼ全身がオオカミそのものの直立した相手に、波野は室内犬でも見るかのようにほほ笑んだ。

「みんなも直ぐにくるよ」

 緑子も、オオカミ男を恐ろしいとは思わなかった。自らの野生の力が上がっている。それは緑子自身も自覚していることだった。波野にしても早房にしても、本来の動物そのものにはできないほどの能力をすでに顕している。オオカミに変身しただけの人間で、さらに人間としての知恵すら失った相手など、怖いとは思わなかった。

「そう。じゃあ、その前に終わらせましょうね」

 いかにも楽しそうに、波野は口元に拳をあて、笑いながら言った。オオカミの姿をしたケダモノは、待つことなく二人に迫ってきていた。逃げるつもりはないらしい。

「ヴォヲヲヲォォォ」

 直立から四肢での移動に移り、四本の足でアスファルトを蹴った。四肢の爪は、長く、固そうだ。犬族の習性だろうか、頭から突っ込んでくる。緑子が前に出た。黒い鼻柱の先端が近づいてくる。避けなかった。白い、額をぶつけた。そのまま、緑子は頭を振り下ろす。

「キャウン」

 そんな声を上げ、ケダモノが仰け反った。がら空きになった胴体に、緑子が腕をまわした。背中まではとても回らない、太い胴体だった。それに捲きついた腕が、鈍い音とともに沈みこんだ。肋骨がへし折れたのだと、抱き付いた緑子は感触で悟った。

 表情はわからないが、苦悶の仕草なのだろう、オオカミは首を左右に振った。口からは泡を飛ばす。両手の鍵爪で、緑子の白く華奢な首筋をかきむしる。皮膚が裂け、血がほとばしるのを感じた。さらに首の奥に潜り込む。緑子は動けない。

「あぶねーなぁ。もう少し注意しろよ」

 オオカミ男の両の腕を、たったいま降ってきた赤髪の少女がねじりあげた。飯塚自身は、オオカミの毛だらけの肩の上にいる。つかんだオオカミの手をつかみ、体を回転させた。緑子が、抱いていたオオカミ男の胴体を放す。飯塚の回転に巻き込まれ、オオカミ男が宙を舞い、結果頭から地面に激突した。

 緑子を突き飛ばし、距離を空けると、飯塚は選手交代とばかりにアスファルトに降り立った。

「来いよ」

挑発的に指を立て、舌で唇を舐めて戦闘に備えたが、状況を不利ととったか、ケダモノは逃走に移った。オオカミ男の背後には、波野が立っていた。緑子を抱き、静かに推移を見守っている。前後を挟まれた。つまり左右は空いている。そのように見えたのだろう。すでにオオカミ男の両腕は肩から外れ、肋骨も数本完全に折れたままで、なおも高く跳躍した。

「逃げますわよ!」

「ちっ、根性無しが」

 毒づきながらも、赤髪の少女の声も余裕を失っていた。逃がしてしまえば、野生の猛獣そのものだ。再び補足するまでに、余計な被害が出ないとは限らない。

ところが、そのケダモノは、空中で不自然に停止した。直後に、まるで叩き落されるたかのように、突然落下した。足首をつかんでいる手があった。

「遅いよう」

 三つ網をした緑子が、飛び上がって抗議した。その相手は、一番遠い位置にいた。その腕が、ケダモノの足首を掴んでいた。

「悪りいな。こいつが飛び降りるのを恐がってよ」

 早房は、背後の黄色い髪の少女を指差した。特攻服の少女は、長く伸びた自分の腕を引き戻そうとした。毛だらけの足をつかんだままである。ケダモノがアスファルトを引き摺られた。

「早く留めをさせよ」

 特攻服の早房の声に、緑子と飯塚が視線を交差させた。迷う場面ではない。いつもなら、飯塚が相談する暇もなくとびかかるところだ。しかし、視線を交わしてしまったことが同様させたのか、飯塚は一瞬の躊躇を見せた。緑子は、もともと自分が相手を殺してしまうとは考えていなかった。二人とも、戸惑った。一人、戸惑わなかった少女がいた。

 戦車から、波野が飛び降りた。眼鏡を指先で直しながら、ケダモノの、心臓部に飛び降りた。ケダモノの体が、踏み潰されて薄くなった。さらに、アスファルトに亀裂を走らせながら、半分めり込んだ。

「最悪の死に方だな」

 好戦的な赤髪の少女すら、目をそらしていた。特攻服の少女は無言でタバコをくわえ、黄色い髪は、無線のインカムを耳に当てた。

「作業終了。目標は沈黙」

『了解』

 その応答は、緑子の耳にも聞こえた。

「『沈黙』かぁ。そんな言い方もあるんだね」

 確かに、死んだとか殺したとかいうより、その言葉は美しく響いた。緑子は、しきりに感心してみせる。

「永遠に、ね」

 留めをさした眼鏡の少女は、潰れたケダモノの上に乗ったまま、にっこりと微笑んだ。


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