念願の……
学校の屋上でうたた寝をしていた早房華麗の上に、小さな影が落ちた。日はまだ高い。午前中である。当然のことだが、授業時間中のことだ。
「う……ん?」
若干色っぽいと自覚している声を出しながら、早房は薄く片目を開けた。豪快な音が聞こえる。太陽に重なり、楕円形のシルエットが影を落とす。
――ヘリコプターか……でかいな。
誰か、知り合いでこだわっていた者がいたはずだ。精悍で凶暴なある少女の顔を思い浮かべ、口元を吊り上げた。
次第に、大きくなってきた。音も、シルエットも。
――うるせぇなあ……あれ……まさか……。
迷彩模様の外装がはっきりと視認できた。日の丸の紋様も描かれている。所属先は考えるまでもない。
――『早房さん』
頭の中に、直接声が響いた。
――篠原か?
飛び起きた。仲間の一人篠原美香は、人の心を読む力を持つ。最近では、伝えることもできるようだ。早房のほうは、返信できるような能力はない。もっとも、早房が考えるだけで、篠原なら読み取ることもできるのかもしれないが。
屋上の上で立ち上がり、仕方なく軽く手を振った。気づいたのか、ヘリコプターが急降下してきた。頭上一〇メートルほどまで接近して来たが、ヘリポートでもない学校の屋上に降りることはできないだろう。早房は、軽く掲げた腕を、投げつけるように振り上げた。腕そのものが、まっすぐに伸びていく。ヘリコプターの外装に手の平が当たった。腕を縮める。ヘリコプターの外壁に張り付き、乗り込んだ。
「よう。仕事か?」
早房華麗を待っていたのは、世話役の中谷警部補と、黄色い髪をした篠原美香だった。
「……うん。オオカミ男」
「そりゃあ、見ものだな。飯塚あたりが燃えそうだ。他の連中は?」
「……まだ。回収するのに、早房さんがいたほうがいいから」
「なるほどな」
体が伸びる早房は、ヘリコプターの移動に最適なのだ。自衛隊所有の大型ヘリコプターが市街地に気軽に降りるわけにはいかない。篠原が先に乗り込んでいたのは、メンバーの位置を的確に把握することができるからだろう。
「じゃあ、次は朔間か?」
「……うん」
「波野君の学校が近いんだが」
中谷が口をはさんだが、当たり前のことのように無視された。早房がパイロットに指示する間、篠原が携帯電話をかける。
「あいつには、迎えに行くことを知らせておくのか?」
早房のもとには突然来たのだ。確かに、学校の屋上にいることを篠原が把握していたのであれば、連絡する必要もないと感じたとしても無理はない。しかし、面白くはなかった。
「……他の人の番号、知らないから」
篠原の答えは、至極まっとうである。
「それもそうか。じゃあ、後で教えておく」
「……うん……あ、もしもし?」
黄色い髪の少女が持つ小さな機械から、朔間緑子の元気な声が聞こえてきた。相変わらずだ。お下げ髪を思い出し、早房は自然と口元がほころぶのを止めようとも思わなかった。
『美香ちゃん? なに? すごい音がしてない? それより、まずいよ、今授業中だもん。あっ、先生、大切な用なんです。電話取り上げないで』
「……今から、そっちに行くから」
『えっ? 駄目、先生、止めて。そんなことすると、あの日の夜のこと、奥さんに言っちゃうから』
『朔間! いつ俺が、夜一緒にいたんだ! 誤解を生むような……』
焦った大人の声が聞こえる。早房は吹き出したが、篠原は無表情に会話を続けていた。
『忘れたって言うの? ひどい! ……もしもし、ああ、もう大丈夫。廊下に出たから。来るって? 今?』
「……うん。ヘリコプターだよ」
『へぇ、すごーい。やっと乗れるんだね。学校に来るの?』
「……うん」
『じゃ、待ってるね』
切れた。
「朔間の男って、学校の教師か?」
「……違うよ。先生をからかっただけみたい。あの先生、可哀相かも。しばらく噂されるよ、きっと」
「あいつは、そんなこと気にしねぇんだろうな。あいつは敵に回したくねぇな」
「……うん」
早房は笑った表情を戻せなくなっていた。篠原も口元が緩んでいるのがわかる。中谷だけは、少し不安そうにしていた。




