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アニマルゲノム  作者: 西玉
手足が無いのが自慢の男
2/28

少女たちの真実

 緑子たちは、中谷警部補に紹介されながら、各々自己紹介を付け足していった。

 短めの髪を黄色く染めた少女が藤原美香ふじわらみかというのは、さっきの会話でわかっていた。遺伝子情報にイルカを組み込まれ、能力を引き上げる操作を行う前から、その能力を開花させていた。そのため、人間不信に陥っているらしい。すでにこの場にはいない。

 赤い髪をした好戦的な少女は、飯塚京子いいづかきょうこという。女子としては極端なほど髪は短く、一生消えないであろう傷が、頬に数本走っている。遺伝子にヒョウを組み込まれ、何よりもその性格に現れているようだ。

 長い髪を背中に垂らし、茶色く染め上げた少女は、早房華麗(はやぶさ かれい)という。よく日焼けした肌をし、学校の制服よりも特攻服を好むようだ。未成年に関わらずタバコを愛飲し、遺伝子にはタコを住まわせている。

 艶やかな黒髪と、同色の眼鏡が印象的な、透けるような白い肌をした少女は、波野潤子なみのじゅんこという。高校生にして、物腰や仕草はすでに大人のものだった。深窓の令嬢でもあり、他人を見下すのが当然となっているようだ。その遺伝子には、ゾウがいる。

 今時では珍しくなってしまった、三つ編みのお下げをした朔間緑子さくま みどりこは、最後に自己紹介をした。血色のよい赤い頬と丸顔のため、実際の年齢よりさらに幼く見られる。その遺伝子情報には、ゴリラが潜んでいると説明された。

「……なんだよ……タコって……」

 茶髪の早房が、タバコを口にしたままいかにも不本意そうに毒づいた。

「あーら、お似合いですことよ」

 高飛車に笑うのは波野である。

「てめぇ……殺すぞ」

「やめとけよ。うざってぇ」

 赤髪の飯塚も、ショックだったのか頭を抱えている。

「あんたはいいさ。ヒョウだもんな。恰好いいじゃん。あたしはタコだぜ。冗談じゃねぇよ」

「宇宙人たちに、復讐してやりたいと思うだろう?」

 中谷が、我が意を得たりと口を出す。

「でも、普通に生活している限りは、問題ないんでしょ?」

 緑子も不安は隠せない。誰にも言っていないが、リンゴを握り潰すぐらいのことは何でもなくできるだけの握力があり、学校の体力測定では力を抑えるのに苦労しているのだ。全く鍛えていないのにも関わらず、力は年々強くなっているような気がしていた。

中谷の表情はさえなかった。普段の顔つきがさえないことを除いても、愉快な話をするのではないことを物語っているようだった。

「問題はないかもしれない。しかし、断定はできない。さっき出て行った篠原美香くんは、既に能力の一部が出てしまっている。いつまでも姿まで変わらないという保証はない。特にこの中でも……心当たりがあるんじゃないのか? 飯塚くんは」

 名指しされた少女は、赤い髪を掻きむしった。

「確かに……能力ってほどのもんじゃねえけど、寝るときは木の上じゃないと落ちつかねぇ。肉は刺身に限る。だからって、ヒョウの遺伝子の影響だと決まったもんでもないんだろ」

「あなた、それ異常ですわよ。遺伝子が原因でなかったら、余計におかしいですわ」

 眼鏡を直しながら、波野は容赦がなかった。波野とても平然としていたわけではない。動揺は、隠しきれていない。黒ぶちの眼鏡を、必要も無いのに執拗に押し上げているだけでも明らかだ。中谷が言い添えた。

「今の科学力では、遺伝子治療はまだ危険だ。しかし、変化を止めることはできる」

「その、腕時計がそうだっていうのか?」

 早房の質問に、中谷が首肯した。

「そうだ。君達の体から獣の能力を引き出すこともできるが、同時に外見における変化を食い止める」

「確かなんだろうな」

 飯塚京子は、赤い前髪の奥から瞳を輝かせていた。期待しているというより、食欲を増しているかのように、緑子にはどうしても見えてしまう。

「外見まで変化してしまったら、戻す方法は見つかっていない。我々は、君達を守りたいのだ」

「まあ……呆れた。よくそんなことが言えましたわね。わたくし達を利用したいだけでしょうに」

 波野が鼻を鳴らしながら酷評した。

「俺たちを信用できないのはわかるが……」

 いい年をして、中谷はすねたように視線を落とした。

「そりゃそうだ。信用しろって言ったって、所詮はお巡りだもんなぁ」

 早房が携帯用灰皿にタバコを入れながら、追い打ちをかけた。他の三人を見まわす。この瞬間だった。始めて、四人の意思が一つになった。最も先に反応したのは、波野だった。

「そうですわね。わたくし達が動物の遺伝子を組み込まれているって証拠は、何ひとつ無いんですものね」

 お嬢様として育ったのだろう。実に打算的だ。緑子は、波野が取引をしようとしていると理解した。口を出さないに限る。黙って推移を見守ることにした。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうしたんだ急に。さっきまでは、あんなに深刻な顔をしていたのに」

 中谷の顔には汗が浮かんでいた。飯塚が、凶悪な笑みを浮かべた。

「つまりな、人にものを頼むときには、それなりのやり方があるってこった。たとえば……これとか……これとか」

 親指と人差し指で輪を作り、次に親指のみを突き出すように変えた。

「まあ! はしたない! でも、それだけのものは用意して下さるのでしょうね」

 波野が目を大きく開き、顔を隠すかのように口元を手で覆った。飯塚がさらに言いつのろうとしたのを緑子は察し、口を挟んだ。飯塚は口が悪い。本論から逸れてほしくなかったのだ。

「でも、自衛隊の身分をくれるっていうから、お給料はくれるんだよね」

 早房、波野、飯塚の視線が一気に緑子に集まる。友好的ではなかった。3人が求めていたのは、もっと大きなものだったのだろうか。緑子は首をすくめたが、中谷はむしろ救われたようにうなづいた。飯塚が舌打ちし、波野は神経質に眼鏡を押し上げた。早房は鼻で笑い、新しいタバコを口にくわえた。

「当然、それだけじゃないよな」

 早房の言葉に、飯塚も応じた。

「普段訓練ばっかりしている自衛官と、同じ扱いってことはないだろう。オレ達には、変化した化物と戦えっていうんだからな」

「……わかった。善処しよう。君達の望みはなんだ?」

「『善処する』ですって。いかにも、お役人らしいこと!」

 波野は席を立った。

「信用できないよね」

 お下げ髪の朔間緑子も立ち上がる。今度は正解だったようだ。他の三人ににらまれなかったことを喜びながら、波野に続こうとした。

「ま、待て」

 止めようとした中谷とは関係なく、ドアが開いた。立ち去ろうとした波野の目の前だった。そこには、先に退出した篠原美香が立っていた。髪を黄色くそめた、イルカの遺伝子情報を持つ少女である。

「あら、どうしましたの?」

 篠原は波野には一瞥もくれず、素通りした。

「ちょっと、なんとかおっしゃいよ」

 波野が肩を掴もうとしたが、それを予測していたかのようにかわした。困り果てている中谷の前に立った。篠原は目を瞑り、自分の額に細い指を当てた。

「ど、どうしたんだ? 篠原くん」

「静かに」

「すまん」

 全員が、黄色い髪の少女に注目した。篠原の目がゆっくりと開けられる。

「変な感じがする。人間から、違うものに変わろうとしている……わたしのはどれ?」

「これだ」

 五つ並んだ、腕時計型の機械に篠原の視線は注がれていた。中谷は、その中央を示した。篠原は何も言わずにそれを手にとった。

「使い方は……」

「いい。わかった」

「そうか」

「静かに」

 篠原が機械を作動させた。何が起こるのか、まるですべてを承知しているかのようだ。危ないものではないことを、篠原が実践して見せてくれた。もちろん、仲間のためを思って、という理由ではない。

 全員が息を飲んだ。篠原の腕に巻かれた機械が、作動音を発した。

「一人……この建物の中」

 まるで独り言を呟くような声だった。だが、聞き逃していいことではない。緑子も一生懸命篠原の声を聞いた。声は聞き取れたが、何を言っているのかわからなかった。言葉は理解できたが、意味が解らなかった。中谷は理解したらしい。

「捕まえた犯罪者か?」

「あんたのお仲間だと思う」

 『あんた』扱いされたのは、警部補の中谷である。

「……警官か。ここは警視庁だぞ。仲間なら腐るほどいる。どこにいるかわかるか?」

「……下」

「ここは五階だ」

「……地下……変化する奴は、無目的に暴れる、はずじゃないの?」

 独りでたんたんと語っていた篠原が、はじめて会話らしいことを口にした。質問である。先に中谷が説明したことだ。

「ああ。その通りだ」

「何かを集めている。大きな音の出るもの」

「……地下には、射撃場がある。実弾が置いてある」

 中谷の顔は、蒼白になっていた。篠原に少し待つように言い置くと、壁に備え付けの電話に飛びついた。

「おい、冗談じゃねぇぞ。いくらなんでも、銃を持った相手と戦えっていうのか?」

 いかにも好戦的に見える飯塚も、色を失っていた。それに対し、篠原は静かに応じた。

「その必要はない。銃を使う相手なら、警官達が撃ち殺せばいい。わたし達が相手をするのは、銃を使えなくなってから」

「完全に、化物に変わってからってことか?」

 篠原はうなずきで返した。

「どうしたんですの? さっきは、あんなにやる気なさそうでしたのに」

 波野が興味深そうに篠原を覗き見た。先ほどは取引のために退室しようとしていたことなど、既に忘れてしまったかのようだった。事実、緑子はすっかり忘れていた。篠原の雰囲気に飲まれたこともある。篠原が答えた。

「別に……不快な感じが頭の中に流れてきたから……少し気になっただけ」

 その背後で、中谷が電話口で怒鳴っていた。

「『誰を』じゃない。全員だ。射撃場に今いる人間は、全員捕らえろ。一般人はいませんだと? そんなことはわかっている。警官だろうがなんだろうが、捕まえろ! できませんじゃない。書類なんかあるか!」

 話が長引いているようである。波野はあきれて肩をすくめた。早房は舌を出し、飯塚はいらいらと膝を揺らした。篠原だけが動いた。黄色い髪を揺らして、中谷から受話器を奪い取った。

「捕まえなくいいわ。封鎖して、誰も出られないようにして。中に、人間じゃない奴がいるから」

『了解』

 電話の声は明瞭だった。たった一言だったため、緑子にもはっきり理解できた。中谷警部補を無視して、篠原は受話器を戻した。

「……行こう」

 まるで、中谷がいないかのように四人に言った。

「何でてめぇが仕切るんだよ」

 赤毛の飯塚が、文字通り牙を剥いた。

「そうですわ。大体、まだ交渉がすんでいませんことよ。そうだわ、あなたも一口お乗りなさいな」

 波野が取引のことを思い出した。篠原はとりあわなかった。

「……見返りを約束されたら、引き返せなくなる。一度、本物と戦っておいたほうがいい」

「それもそうだね」

 篠原の静かな物言いは、妙な説得力があった。打算的に考えたわけではないが、緑子は同調する。もっともだと思ったのだ。また余分なことを言ってしまったかと、首をすくめながら三人の顔を伺う。

「じゃあ、行くか。おい、おっさん、これは貸しにしておくからな」

 飯塚が立ち上がった。どうやら責められずに済みそうだと思い、緑子は胸を撫で下ろした。飯塚が実はもっとも楽しそうにしていた。全員の腕時計型の機械を取り、他の三人にも投げ渡した。篠原に使い方を尋ね、全員が作動させた。

「こりゃ、すげえ」

「負ける気がしませんわね」

 飯塚も波野も口々に感嘆した。緑子も同意見だった。少女達は、中谷がいるのをほぼ忘れていた。緑子が邪魔なものをどかした。それが、ほうけたように立っていた中谷だと気付き、暴行罪とか言われる前に掴んで立たせた。大人の男一人、片手で持ち上げ、移動させることができた。中谷の望む方向に話は進んだはずだが、むしろ不安そうに見えた。緑子には中谷の気持ちはわからない。どうせ大人のことだから、ろくな事は考えていないだろうと気にもしなかった。一人、早房が出遅れた。

「……だから……なんであたいがタコなんだよ」

 口にくわえたタバコを携帯灰皿に押し込め、やる気のなさそうに、緑子たちの最後部に従った。


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